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9 新しい装備の強さ

 翌朝、俺はいつも通り五時に目を覚ます。

 毎日野球部の朝練があったせいで、もうこの時間に起きることが体に染みついてしまっていた。


 俺は日課のランニングを終えてシャワーを浴び、食堂で朝食を食べる。

 夏休みでも部活に所属している人間は寮に残っているから、当然ながら食堂は開いている。

 そうして特に何事もなく、また部屋に戻った俺は、昼過ぎまで休みを挟みながら五時間ほど集中して勉強する。


 これが今の俺の標準的な夏休みの午前中の過ごし方だった。


 正直なところまだ野球のことが吹っ切れたわけではなく、将来やりたいことが何かあるわけでもない。

 ただやりたいことがないからこそ、いざそれが出来たときに慌てないように日々準備をしておくべきだと、俺は野球の練習を通じて学んだりもした。


 とはいえ今やっている勉強は高校一年生の範囲の復習だ。去年野球ばかりしていたツケがずいぶんと溜まっているようで、特に数学なんかは一から基礎を作り直す必要があった。

 まあ毎日小さなことを積み重ねていくのは嫌いじゃない。


 そうして勉強を終え、食堂で昼飯を食べた後は自由時間ということにしていた。

 本当なら遅れを取り戻すためにももっと勉強をしなければならないのだろうけど、どうやら俺の体は一日中勉強に打ち込めるようには出来ていないらしい。


 これが野球なら問題なく出来たのに、なんてことを思ったりもして。


 まあ自由時間と言っても特に何かやりたいことがあるわけでもなく、適当にその辺をぶらついたりネットで動画なんかを見たりと、退屈な時間を過ごすのがほとんどだったりもしたのだけど。


 けれどそんな俺の状況は、妹のハルカによって大きく変えられてしまっていた。

 それがこのVRゲーム機と、LLOというゲームだ。


 俺はさっそくVR機器を装着し、ゲームを起動する。


「――このゲームを起動して意識が没入する独特の感覚は、しばらく慣れそうにないな。さて、ハルカは……まだインしてないか」


 たぶんハルカのことだから夏休みは昼過ぎまで寝ているのだろう。昔からずっとそうだったから、高校生になったからって急に変わるとは思えない。


 そんな自堕落なハルカだが、勉強は凄く出来るというのだから不思議な話だ。


 さて、ハルカがいないだけで、いきなり手持ち無沙汰になる。

 まあでもこういう状況はこれからも多くなるだろうし、なるべく一人ですることもゲームの中で探していかないといけない。


 ちなみに昨日はあの後ハルカに付き添ってもらって、初期装備の布装備から、店売りの皮装備に全身の装備を更新した。


 その結果、ゲームを始めた当初より体力を示すHPは3倍程度に増えた。防御力も向上しているので、実質的な耐久力はもっと上がっているはずだ。

 まだキャラクターレベルは2のままだけど、少なくともゴブリン程度なら多少の数で襲われても一人で問題なく撃退出来るくらいの強さになっていた。


 ちなみに装備はまだドロップ品のゴブリンランスのままだ。ハルカはレアでもなければそこまで強くもないと言っていたが、それでも初期装備や店売りの装備に比べると遥かに強かった。まだまだ当分はこの武器のお世話になるだろう。


 さてどうしようかと少し考えて、結局俺はその辺の雑魚モンスターと戦闘をして経験値とドロップアイテムを集めることにした。


 理由は単純に新しい装備の強さを確認したかったからだ。装備を更新したところで昨日はログアウトしてしまったので、まだこの装備で戦闘をしたことはなかった。


 街を出るとして、どの方角に進むことにするか。ちなみに東は海なので、北か南か西の三択になる。


 北はゴブリンの集落がある。その先は分からないけれど、さすがにそこまで遠くにはまだ俺の強さ的にも行けないだろう。ゴブリンを狩ってもいいのだけど、どうせなら他の敵とも戦ってみたい。


 そんな感じで北を選択肢から外して、結局俺は南に向かうことにした。特に理由はない。


 南の方角へしばらく歩くと、木々が覆い茂った深い森に着く。

 日の光があまり差し込まないようで、見た感じはかなり暗い。視界の悪さはそのまま反応速度に響くので、俺としてはあまり嬉しくない環境だった。


 ただまあせっかくなので何かと戦ってみることにする。仮に死んでも失うものは特にない。

 あるのはデスペナ(デスペナルティ)と呼ばれるもので、ステータス半減と獲得経験値半減が20分間課される。

 ちなみにこのデスペナはキャラクターレベルが一定数値まで上がるごとに時間が延びるのだとハルカが言っていた。何にせよしばらくは20分なので、気軽に死んでいいという話だった。まあ嫌だけど。


 少し森を進んでみると、コウモリのようなモンスターと遭遇する。名前はバット。そのままだった。

 ふらふらと羽ばたいていて少し狙いづらかったが、何とか槍で一突きすると、それだけで倒せた。うん、弱い。

 その後も何体かバットが現れたので、その度に一突きして倒す。ドロップ品でコウモリの羽というものが大量に貯まっていく。まあ持って帰って売ったらお金になるので、全部取得しておくことにした。


 そんな風に順調に進んでいくと、ある程度奥まで行ったところで、突然女の子の悲鳴が聞こえた。


「きゃっ!」


 俺は声のした方に走る。

 するとそこでは紫色の髪をした見知らぬ女の子が、大きなコウモリに襲われていた。


 モンスターの名前を見るとヒュージバット。そのままだ。


「えっと、もしかして困ってたりする?」


 まあ見れば分かることなのだけど、一応訊いておく。というのもハルカに、他人が戦闘中のモンスターに攻撃を仕掛けるのは「横殴り」といって、基本的にはマナー違反に当たると教わっていたからだ。

 ただもちろん当人がピンチな場合は例外だった。


「え? ええ、そうです、もし可能であれば助けてください!」

「ああ、じゃあやっちゃうね」


 俺はそう言いながら女の子とヒュージバットの間に割って入り、そのままヒュージバットに槍を突き刺す。


「お、さすがに一撃とはいかないか」


 それを確認してから、俺はアビリティの【二段突き】を発動させる。

 こうすることで実質的に三回攻撃を行ったことになるので、かなりのダメージを短時間に集中して出すことが出来たりする。

 ちなみにアビリティの使用タイミングはキリカに教わって、前回のゴブリン討伐でばっちり実践済みだった。


 そんな俺の今出来る最強の攻撃方法を食らったヒュージバットは、予想通りそのまま倒れた。


・レベルアップ Lv.2 → Lv.3


 お、レベルアップした。ステータスが全体的に少し上がって、新しいアビリティも覚える。覚えたアビリティは常時発動型のパッシブアビリティの【槍マスタリー1】だった。


 槍の威力や命中精度、振りの速さや攻撃後の硬直時間の短縮など、全体的に少しずつ強くなるらしい。

 攻撃アビリティの【二段突き】よりは地味だけど、こういうのもたぶん有用に違いない。


 ドロップアイテムは何度も見たコウモリの羽と、こちらは初めて見るコウモリの血だった。

 ちなみにコウモリの血は何故かガラス容器に入っている状態でドロップした……一体どういうことだ?


 まあたぶんあれだ、あらかじめ持参したガラス容器に自分でコウモリの血を採取したということなのだろう。と、自分を無理やり納得させる。


 それにしても戦闘はあっけなく終わってしまった。槍という武器はリーチが長く、大抵は先に攻撃が出来るので、一撃で倒せるレベルの敵なら全く危険な状況にならない。


 そういえばハルカに聞いた話では、槍は近接同士の戦いなら有利だが、パリング補正が低く弓などの遠距離攻撃には顕著に弱いという位置づけになっているらしい。


 まあそんなことは置いといて、俺はとりあえず助けた女の子に声をかけることにした。


「大丈夫だった?」

「あ、はい。助けていただいてありがとうございます」


 紫の髪に金色の瞳をした女の子はそう言って頭を下げて礼をいう。


「さっきまでの道はバットしかいなかったけど、この先は今のレベルの敵が湧くみたいだな」

「ええ、そうみたいです。少し奥まで入り過ぎました」

「えっと、一人で街まで戻れそう?」

「ちょっと消耗が激しいので、厳しいかも知れません」

「バット相手でも?」

「私は戦闘職じゃないのと装備がまだ全然なので、バットを倒すのに三発かかるんです」


 なるほど、確かにそれだとバットの攻撃を食らうことになるので安全に帰るのは難しいかも知れない。


 まあ俺の方もレベルアップしたし、時間的にそろそろハルカがログインしてくるかも知れないから、街に帰るタイミングとしてはちょうどいいだろう。


「じゃあ俺もそろそろ街に帰ろうと思っていたところだから、よかったら一緒に帰る?」

「え、いいんですか? それならすみませんが、よろしくお願いします」


 という形で話がまとまったので、俺はさっそく彼女にパーティー申請を飛ばす。

 すぐに受諾されて、二人パーティーが結成された。


 画面の表示を見たところ、女の子の名前はシャルローネというらしい。


「あ、名前なんですけど長いのでシャルと呼んでください。みんなそう呼びますので」

「分かった、シャルさん」

「私はチトセさんと呼べばいいですか?」

「ああ、じゃあそれで」


 とりあえず名前の呼び方もお互いに定まったところで、さっそく街に向かって二人で歩き出すことにした。


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