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89 影響力

「そういえばチトセ君は初心者だって言ってたけど、何がきっかけでこのゲームを始めたんだい?」


 ジョージさんは採掘を続けながら、見張りで暇そうにしている俺に話を振る。


「俺は妹に誘われて、それで夏休みだしちょうどいいかと思ったから」

「なるほど。妹さんとは仲が良いんだね」

「まあ悪くはないかな。たぶん普通くらいだと思う」


 カーン、カーンと、規則正しいつるはしの音が聞こえる。


「じゃあ次はこっちから。ジョージさんはどうして採掘師を選んだんだ?」

「僕かい? 自分でもよく分からないけど、昔からどのゲームでも何故か最初に採掘師みたいな職業を選んじゃうんだよ。たぶん性格に合ってるんだろうね。こうやって淡々とつるはしを振り下ろすだけの作業が、妙に落ち着くというか心地よくてさ。とはいえ昔からフレンドには、仕事で疲れて帰ってきたのにまるでゲームの中でも仕事してるみたいだってからかわれるんだけどね」


 俺はジョージさんの話を聞きながら、やってきたモンスターを退治する。


 こうして数分おきくらいにこの広場にはモンスターが迷い込むようにやってくるようで、確かに見張りがいないと安心して採掘に専念することは出来なさそうだった。


 ちなみにジョージさんによるとこの採掘ポイントは、時間あたりの採取効率が良く、レア素材なども低確率ながら得ることが出来る場所らしい。

 ただし護衛が必須ということもあって気軽に採掘出来ないことから、あまり人気がないいわゆる穴場だという話だった。


 そんな風に俺が初心者ということもあってか、人の良いジョージさんは色々なことを教えてくれる。


「そういえば採取した素材は、余裕があるなら市場には何度かに分けて出品した方がいいって言われてるね」

「ん? まとめて売ったらダメなのか?」

「ダメってわけじゃないけど、あまり多く出品すると全部売れるまでに時間がかかるから、その間に他の出品者が値下げ合戦を始めてしまうことも多くてね」


 つまりそうして相場が安くなると、すでに採取に費やした時間あたりのリターンが少なくなるという話だった。同様に同じ素材ばかりを採取し過ぎると、供給過多になって相場が崩れてしまうので、可能なら採取する素材はいくつかの種類に分けた方がいいらしい。


 これは得をするためというより、損をしないためのコツなようだった。


「僕もそれで昔初心者の頃に別のゲームで大失敗したことがあってね。何日も黙々と一種類の素材を集めた後、相場が分からないから適当な値段で出品したら、それが相場の半額だったみたいで凄く怒られたんだよね」

「へぇ、安く売って怒られるなんてこともあるんだ」


 ジョージさんが相場より安く売ったら買う人は得をするし、それで損をするのはジョージさんなのだから、俺としては特に怒られることはなさそうに思えた。


「もちろん買った人には何も言われないけど、怒るのは同業者だね。あのときは僕が大量に素材を持ってたせいで一気に値崩れを起こして、買い手ももう元の相場じゃ誰も買わなくなってしまったから、結局他の同業者も相場の半額くらいの値段で売るしかなくなったんだ」

「ああ、そういうことか」

「みんな素材の相場を見て、その素材を採取すれば効率よく儲かると判断してたわけだから、その報酬が僕のせいでいきなり半額になったら、まあ怒られても仕方ないよね」

「うーん、でもそれってジョージさんがどうしても今すぐお金が欲しくてそうしたのかも知れないし、やっぱり怒られるのは理不尽じゃないか?」

「ははは。チトセ君、さては良い子だな?」

「いやまあ悪い子ではないつもりだけど」


 突然ジョージさんがそんなことを言い出すので、俺は曖昧に答えた。


「実際、君の言う通りだよ。あのとき怒った人というのも一部だけだし、その言い分も八つ当たりみたいなものだったから、僕も別にそこまで気にしたわけじゃない。ただそれでも一つだけ覚えておかなければいけないのは、このゲームの世界にはたくさんのプレイヤーがいて、そのプレイヤー一人が世界に与えられる影響は、思いのほか大きいということだよ」

「世界に与えられる影響?」


 それはどこか大げさな話のようにも聞こえるけど、それでもジョージさんはいたって真面目に話を続ける。


「たとえば僕みたいな、平日は仕事終わりに数時間プレイするだけのあまり熱心じゃないプレイヤーでも、市場で不足している素材を採取してきて困っている人たちを助けることくらいは簡単に出来るだろう? それと同じように、僕一人の力で多くの人を困らせることも、一時的にであればおそらく出来てしまうんだよね」


 プレイヤー一人の影響力。

 ゲーム内のそれは、現実のものと比べると圧倒的に大きなものだった。


 それこそハルカが言っていたような、みんなが自分を主人公だと思えるようなものとして、このゲームはデザインされているのだろう。


「たとえばチトセ君が今こうして僕の護衛をしてくれたことで、僕は現時点で市場に不足している稀少な素材を多く採掘することが出来た。これはすぐ市場に流すから、きっと多くのプレイヤーの攻略を助けることに繋がるだろうね。もちろんこれは僕たちじゃなくても出来ることだけど、それでもやったのは他ならぬ僕たちだ」


 誰にでも出来ることだけど、重要なのはその時にやったかどうかだとジョージさんは言う。


 この世界においては、やることの難しさや凄さだけが全てではない。誰にでも出来ることを地道にこつこつとやることでも、この世界では確かな影響を与えられるのだから、と。


「たぶんそういうことを楽しいと思えるから、僕には採掘師が合ってるってことになるんだろうね」


 カーン、カーンとつるはしの音を響かせながら、ジョージさんは優しい笑顔を浮かべて言った。


 おそらく普通に現実の世界だけで生きていたら、ジョージさんみたいな人と知り合うことはなかっただろうし、こんな話をすることもなかったのだと思う。


 ――ゲームの中には色々な人がいる。


 そうした人との交流も、きっとこうしたゲームの魅力の一つなのだと。俺はそんなことを確かに思うのだった。


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