88 採掘師ジョージ
「さてと、今から何をしようか――」
夕食から戻ってゲームにログインした俺は、そんな独り言を呟きながら頭を悩ます。
というのも、今日の夜はマコトが家の用事でログイン出来ないらしい。
さすがにマコト抜きでフェリック周辺での狩りは現時点だと難しいので、話し合いの結果今日の夜は自由行動ということになった。
まあせっかくの機会なので一人で出来るクエストでも適当にこなそうかと、そんなことを考えたところで不意に声をかけられた。
「あー、そこの君。ちょっといいかい?」
「俺ですか?」
声のした方を振り向くと、そこには小太りの中年男性が立っていたので、俺は反射的に丁寧口調で応じた。
LLOというゲームは性別こそ偽れないが、外見はキャラメイクである程度自由に弄れる。
だから実際のところ相手の年齢までは分からないのだけど、雰囲気からしてこの人はたぶん年上だろうと俺の勘が告げていた。
「もし暇だったら護衛の仕事をお願いしてもいいかな? 北の採掘ポイントに行きたいのだけど、一人だとまだ辿りつけなくてね。報酬は2時間で30kってところでどうだろう?」
「えっと……? すみません、俺まだこのゲーム始めたばかりで、そういうのはちょっとよく分からなくて」
「ああそうなんだ。かなり装備整ってるからてっきり上級者かと思ったよ。といっても難しい話じゃなくて、採掘ポイントまでの道中と僕が採掘している間、パーティーを組んで僕のことを守ってくれないかって依頼だね。やってくれたら2時間で30k払う、どうだろう?」
「えっと、少しだけ待ってもらってもいいですか?」
俺はそう言って即座にフレンドリストを開く。ログインしているフレンドはシャルさんだけだった。そういえばシャルさんはこないだも夕飯タイムが短かった印象がある。ちゃんと食べているんだろうか?
いや何にせよ今はそんなことを心配している場合じゃないか。俺は急いでメッセージでシャルさんに要点だけまとめた質問を送る。
シャルさんはすぐに返事をくれた。
≪今護衛の依頼ってのをお願いされてるんだけど、2時間で30kってどう思う?≫
≪現時点だとかなり割の良い依頼だと思います。ただ全滅時の扱いだけは事前に取り決めておいた方が無難ですね≫
なるほど、全滅時の扱いか。やっぱりシャルさんに聞いといてよかった。
「それって、護衛に失敗して全滅した場合ってどうするんですか?」
「うーん、そうだねぇ。デスペナがあって採掘できる時間が減っちゃうから、1回全滅につき10k減額、という契約でどうだろう?」
「ああ、それなら分かりやすくていいですね。……分かりました、護衛の依頼を引き受けます」
「そうかい? いやぁ、助かるよ。あ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕はジョージっていうんだ」
「俺はチトセです」
「チトセ君だね。さっそくで悪いけど、よろしく頼むよ。ああ、あと別に喋り方とかは適当でいいからね。ゲーム内に年功序列とかはないから」
「じゃあ今後は適当に砕けた感じで話すようにするよ」
「うん、その方が僕も慣れてるから」
ジョージさんはそう言ってさっそくパーティー申請をしてきたので承諾する。
話からも分かったけどジョージさんの職業は採掘師で、戦闘ではタンク役をこなす。というか採掘師は職業的にタンク役しか出来ないらしい。
ちなみにジョージさんのレベルは9。戦闘用の装備はキリカが最初の頃に装備していたのと同じリムエストの店売り装備ということで、確かにジョージさん一人で北の目的地に向かうのは厳しそうに見えた。
たぶん道中のマウンテンベアやグレイウルフに襲われた場合、一対一で何とか、二体以上だと倒すのは難しい感じだろう。
俺たちはさっそく北門から街を出て、採掘ポイントがあるという北の山を目指す。目的地は俺が以前トロールを狩った場所のすぐ近くなようだった。
「ふんっ!」
ジョージさんは平原で襲い掛かってきたウサギのモンスターに武器の棍棒を振り下ろす。
本人も戦闘能力は期待しないようにと事前に言っていたが、まっすぐ突っ込んできたモンスターに攻撃を合わせるのが精いっぱいといった感じで、お世辞にも良い動きとは言えない。
いやまあ俺がいつも見てるタンク役がキリカだから、大抵のタンク役がそう見えてしまうのは仕方ないのだろうけど。
「はっ! そら! 【二段突き】!」
俺はジョージさんが一体のモンスターと対峙している間に、他のモンスターを次々に倒して行く。
幸い採掘師は耐久力だけは段違いに高い職業のようで、盾での防御に失敗することが多いジョージさんでも一対一なら大したダメージは食らっていなかった。
他のモンスターを全て倒し終えた俺は、最後にジョージさんがずっと棍棒で殴っていたモンスターにトドメを刺す。
「いやぁ、チトセ君凄いね。これで初心者だって言うんだから、やっぱり若い子はセンスが違うなぁ」
「そうか? うん、じゃあまあ、ありがとう」
俺としてはそこまで変わったことはしていないつもりだけど、ジョージさんが褒めてくれたのでとりあえずお礼を言っておくことにする。
そうこうしているうちに山道までやってきた。この先はマウンテンベアやグレイウルフといった攻撃力の高いモンスターが多く生息しているので、いくらタンク役とはいえジョージさんの今の装備では前に立たせるのは危険だろう。
「ジョージさん、ここから先は俺が先導するよ。極力敵とは戦わないようにしながら、横や背後からの襲撃だけ警戒をよろしく」
「了解した、じゃあ戦闘はチトセ君に任せるよ」
俺の指示にジョージさんは素直に従ってくれる。ジョージさんは自分の戦闘能力を正しく把握しているようで、決して無理はしない人だった。
まあそうでもなければ他人にお金を払ってまで護衛を依頼したりはしないだろう。
ちなみに俺の装備だと、この辺りのモンスターは全て通常攻撃一撃で倒せる。
複数の敵が出てきた場合は少し厄介だが、それでも充分にやりようはあった。
「【ペネトレイト】!」
リンクしている敵モンスターが一直線に並ぶように位置を調節して、俺は複数の敵に貫通するアビリティを放つ。
「おお! 五体を一撃で!」
「まあ、たまたま位置関係が良かったから」
「強そうだと思ってチトセ君には声をかけたんだけど、まさかここまで強いとは。これは予定より早く目的地につけそうだね」
ジョージさんは少し興奮気味にそんなことを言った。喜んでくれているようなので、俺としてもやりがいがある。
その後も極力無駄な戦闘は避けつつ、向こうから襲い掛かってくる敵だけを相手にしていく。
途中で一回だけ捌ききれずにグレイウルフが俺の横を通過してジョージさんを狙いに行ったが、俺は落ち着いて【ウォークライ】を発動することでジョージさんを守った。
ジョージさんの耐久力なら囲まれない限りはそうそう倒されることはないだろうけど、まあ念のためだ。
そうしてこのまま道なりに進むとトロールの集落にたどり着くが、ジョージさんの目的地はここから横道に逸れたところにある行き止まりの広場だった。
「ここでいいんだっけ?」
「そうだね。じゃあ僕は装備を戦闘用から採掘用に着替えるから、もしモンスターが徘徊してきたら退治をよろしく頼むよ」
俺から見ると何も見えないが、採掘用の装備を身に着けるか、採掘師のアビリティがあるとこの場所に採掘ポイントが見えるらしい。
装備を変更したジョージさんはオーバーオールにバンダナという、いかにもな作業着という姿になっていた。もちろん手には棍棒ではなく採掘用のつるはし。
そうしてさっそくジョージさんは採掘作業を開始したので、俺も言われたように見張りを開始することにした。




