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87 絶縁

「お兄ちゃんってさ、自分が結構特殊な価値観を持ってるってのは自覚してる?」

「まあ、それなりには」


 俺はこれまでの人生でずっと野球の試合に勝つことだけを考えてきた。


 幸いなことに俺と同じことを考え、同じ目的のために熱意をもって必死に努力する仲間に恵まれた野球人生だった。


 けれどそうした仲間にばかり囲まれてきたからこそ、俺の価値観はきっと普通の人からは大きくズレているのだと思う。


 だからたとえば、「心の底から勝ちたいと思っていない人間にはグラウンドに立つ資格はない」「闘志なき者は去れ」なんていうチーム全体で共有されていた価値観なんかも、普通の人にはほぼ理解されなかった。

 むしろ「何をそんなに熱くなっているのか」と、冷笑の対象ですらあっただろう。


「こういうゲームってさ、色んな境遇の人がそれぞれの価値観を持ちながら一つの世界に集まってるんだよね。だからみんなゲームをやる目的も熱意もプレイ時間もバラバラでさ。それこそお兄ちゃん的に言えば、闘志のない人間がたくさんいたりする」


 ハルカは続ける。


「でもVRMMOって相手も人間だから仕方ないんだよね、みんな自分が主人公だって思ってるわけだし。だから仮にこのサーバーに今5000人のプレイヤーがいるとしたら、それは5000人の物語が一つあるんじゃなくて、1人の物語が5000個あるって考えた方がきっと正しい」


 このLLOの世界では、みんながそれぞれ異なった価値観を持ちながら、自分なりの生き方をしている。

 これはおそらくそういう話なのだろう。


「……ハルカの言いたいことは何となく分かるけど、でもどうして急にそんな話を?」

「いいから最後まで聞いて」

「はい」


 ハルカにこう言われたら俺は最後まで大人しく聞いているしかない。これは長年の付き合いから導き出された最適解だ。


「同じゲームをやっているからって、みんなが仲良く出来るわけではないし、協力しあえるわけでもない。だからたとえばだけど、私たちが仲良くしてるからってお兄ちゃんがレンと仲良く出来るとは限らないし、無理に仲良くする必要もないよね」

「それはそうだな」


 実際のところレンのことは面白い子だと思うから、たぶん俺も仲良く出来るとは思うけど、まあこれはたとえ話だ。


「じゃあさ、仮に私たち……たとえばシャルともの凄く仲の悪い人がいて、でもお兄ちゃんはその人ともの凄く気が合ったとしたら、どうする?」

「どうするって、それは……俺がシャルさんと仲が良い事を正直に話すかなぁ」

「まあそうだよね。じゃあすでにフレンドになってる人……たとえばヒヨリさんがそうだったら、どうする?」


 どうするって……どうすりゃいいんだ?

 その状況だと何をやっても今より悪い方向に転がる気しかしなかった。


「まあ正しい答えなんてないんだけどね」

「ないのかよ」

「ないよ、だって人間関係の話なんだから」


 人間関係の話。

 そうハルカに言われて、ようやくハルカが何を俺に伝えたかったのかが見えてきた気がする。


「面倒くさいよね、人間関係」

「本当にハルカは正直だな」

「まあねー。というかフレンド同士が絶縁状態って、こういうゲームだとたまに起きるんだけど、正直あれは針の筵なんだよね」

「……で、シャルさんの周りではそれが起きる可能性があるから気をつけろ、ってか?」

「さすがお兄ちゃん。妹の言いたいことをよく分かってるね」

「そりゃどうも」


 しかし気をつけろと言われたところで、正直どうしようもない話だった。

 とはいえ事前にそういったことを想定しておけば、まだダメージは少なくて済むとハルカは思ったのかも知れない。


「というかその言い方だと、ハルカは経験があるってことだよな、それ」

「ん、まあそうだね。前のゲームの話だけど」

「参考までに、ハルカはそのときどうしたんだ?」


 さっきハルカは正しい答えなんてないと言っていた。

 けれど実際にその状況になったときに、ハルカは必ず選ばなければならなかったはずだ。


 ――正しくないかも知れない答えを。


「私は……両方と縁を切ったよ」

「……そうか」


 ハルカは少し悲しそうに言う。だから俺もそれ以上深くは聞かなかった。


 そんな風にしていると、直後にキリカからハルカにメッセージが届く。もう冒険者ギルドに到着したから早く来いという内容だったようだ。


「あはは、ごめんごめん。長話しちゃったね、それじゃあ行こうか」

「ああ、そうだな」


 そういって歩き出したハルカの隣に並んで俺も歩き出す。


 その後俺たちは前にやった通りに連続クエストをこなしていく。シャルさんは過去にこのクエストの経験があるようで、NPC探しもすんなりと終わり、ヒュージスライムやジェフも問題なく倒すことが出来た。


「そういえばシャルって、ベータテストのときはこのクエストってどうしたの? 誰かとパーティー組んだ?」

「いえ、ソロで攻略しましたよ。あのときは当時の最強装備を整えてから、ステータスの暴力で押し切りました」


 ハルカの質問に、シャルさんはそう答えた。どうやら継続ダメージ魔法を与えてから逃げ回るというのを繰り返していけば、生産職の錬金術師でもジェフを一人で倒せるらしい。


 そうこうしているうちにいい時間になったので、全員で一旦夕飯のためにログアウトすることになった。


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