86 木工師のレン
「レンちゃん、ありがとう!」
「マコトに喜んでもらえてよかったですー。……それで、ハルカも何か用があるです?」
「いや、今のところはないよ」
「じゃあ何で来たです?」
「そんなのレンを愛でるために決まってるでしょ?」
「マコト、私を助けるです! ハルカが危険な目をしてるです!」
「え、え、ちょっと二人とも――」
キリカに案内されてたどり着いた場所では、何故かマコトを中心としたハルカと小さい女の子の追いかけっこが繰り広げられていた。たぶんあの子がレンなのだろう。
「何をやってるんだ、ハルカは?」
「あ、チトセさん!」
「はい捕まえた! ほらなでなでなでー」
「のわわわ、止めるです止めるですー!」
俺の声に反応したマコトがこっちを向いたせいか、マコトを盾にしていたレンはハルカから逃げきれずに捕まってしまったようだ。
ちなみにレンを捕まえたハルカは一心不乱にレンの頭を撫でまわしている。
……いや、本当に何をやってるんだろうハルカは。
「レンちゃんはハルカのお気に入りで、いつもああなんです」
「へぇ、そうなのか……あまりハルカのキャラじゃない気もするけど」
「え、ハルカって昔から結構可愛いものとか好きですよ?」
「そうだっけ? ……というか、あれ放っておいていいのか?」
「あの二人なら大丈夫だと思うけど、一応止めてくるわね」
俺の言葉にキリカはそう反応すると、レンからハルカを引きはがして小脇に抱えたまま戻ってくる。
「あ、お兄ちゃん。何か用事?」
「いやまあキリカが戻ってきたからこっちの様子を見に来たんだけど」
「ああ、そういうこと」
ハルカはキリカに抱えられたまま平然と話を始めた。いやハルカ、その体勢でいいのかよ。
「むむ、新しいお客さんですー?」
「そういうわけじゃないんだけど、一応レンにも紹介しておこうかな。こっちはチトセっていって、今私たちと一緒に活動してる槍術士。ちなみに私の実の兄ね」
「チトセは、ハルカのお兄さんです? よろしくですー。私は木工師のレンというです」
「ああ、よろしく」
レンは白銀の髪に緑の瞳をしていた。身長は130センチくらいで、身振り手振りや口調もかわいらしい印象を受けるが、それ以上にどこかわざとらしさも感じる。
みんなの話だと確かレンはロールプレイといって、自分で作ったキャラクターのなりきりをしているプレイヤーなので、そのあたりで他のプレイヤーとは明確に違うところがあるようだ。変わった口調もその一部だろう。
少し面を食らうところもあるけど、今のところ特に悪い印象は受けない。
「そんでこっちはシャルローネって言うんだけど、レンは知ってる?」
「シャル、ローネ……です? あの悪い錬金術師の、です?」
「そうですね、私がその悪い錬金術師のシャルローネです。もしよろしければ、親しみを込めてシャルと呼んでください」
「のわわわ、いきなりラスボス登場ですー!」
レンは目を丸くしながら、怯えるような素振りでマコトの後ろに隠れた。
「シャルさん、悪い錬金術師って?」
「チトセさんの感覚だと分からないかも知れませんが、私ってゲーム内だと嫌われ者だったりするんですよ」
シャルさんによると、買い占めや転売といった行為には強い嫌悪感を示すプレイヤーが一定数いるらしい。
市場でそういったことをしているプレイヤーは何十人もいるが、シャルさんもその一人として批判を集めているという話だった。
「そういうわけで、悪名高い私はこうしてレンさんに怯えられてしまっているのです」
「シャルローネに逆らったら人身売買で一生奴隷生活ですー」
レンはマコトの後ろからそんなことを言った。
もちろんこのゲームにそんなシステムはない。
「レンは可愛いから真っ先に狙われるもんねー」
「のわわわ、怖いですー! ……と、冗談はここまでにしておくのです」
「あ、冗談だったのか」
いきなり普通のテンションに戻ったレンに、俺は少し驚く。
何というか俺にはまだレンのキャラクターが上手く掴めていなかった。
「お兄ちゃん。一応言っておくけど、別にレンはシャルのこと嫌ってたりはしないからね?」
「ああ、そうなんだ」
「そもそも買い占めなんかは昔からこういうゲームでは行商人プレイとか呼ばれたりしてて、最近では許容してるゲームの方が圧倒的に多いんだよ」
「というかLLOは運営が公式に転売を許容する声明を出しちゃってますからね」
「運営は今のシステムで市場機能を破綻させない自信がある、ってことなのでしょうね」
マコトによると、LLOの公式フォーラムでは過去に運営側から「LLOは行商人プレイなどを広く許容するゲームコンセプトのため、現時点では市場利用に制限をかける予定はない」といった内容の声明が出されているらしい。
ちなみに世の中には買い占めや転売などの対策を行っているゲームもあるらしいが、そこではまた別の問題があったりするようで色々と難しい話らしい。
「でもマコトたちがシャルローネと仲良しだとは思わなかったのですー」
「えっと、元々ポーションの取引とかはしてたんだけど、色々あってこないだから一緒にクランで活動することになったの」
レンの言葉にはマコトが答える。
「レンさん、もし良ければ私のことはシャルとお呼びください」
「分かったですー。そのかわりにシャルもレンと呼ぶです」
「……分かりました、レン」
「それでいいですー、ってあれ、何かメッセージが来たのです……ああっ、狩りの約束を忘れてたです! ごめんなさいです、また今度一緒に遊んで欲しいですー」
シャルさんと会話して若干打ち解けたところで、どうやらレンは事前に約束していた友達に呼び出されたらしく、慌てて飛び出していった。
それでも俺とシャルさんにしっかりとフレンド申請を飛ばしていたので、おそらく彼女の言葉に嘘はないのだろう。
そんなことを考えながら、俺はレンからのフレンド申請を承諾する。
しかしこうしてフレンドリストを改めて見てみると、ギョク以外は女の子ばかりだった。現状に不満があるわけではないけど、ギョクみたいな男友達も増やしていけたらいいなと少し思う。
まあ今後もゲームで活動を続けていたら人と知り合う機会も増えるだろうし、特に焦ることはないか。
「さて、それじゃあレンもいなくなっちゃったし、私たちも何かしようか」
「でももうすぐ夕飯時だし、あまり集中して狩りをする時間はなさそうね」
「じゃあシャルちゃんもフェリックに行けるように、みんなでクエスト手伝わない?」
「え、良いんですか?」
「まあその方が私たちとしても都合良いからねー」
マコトの提案で、俺たち全員でシャルさんのクエストを手伝うことになった。ジェフも今より弱い装備の4人でクリア出来たから、今の5人なら楽勝に違いない。
それにシャルさんもフェリック側に行けるようになると、俺たちのやれることも確実に増えるだろう。
ということでシャルさんの連続クエストを開始するために、まず冒険者ギルドに向かうことになった。
「……お兄ちゃん」
「ん、どうしたハルカ?」
みんなはもう歩き出しているが、ハルカはその場に立ち止まったまま俺を呼び止める。
「さっきの話だけど。シャルの買い占めとか転売とか」
「あれか。あれがどうかしたのか?」
「んーと、私たちが言ったことは嘘じゃないし、ゲーム内でもシャルを認めているプレイヤーがたくさんいるのは事実なんだけどさ」
ハルカはそこで一旦言葉を切った。
そうして一呼吸おいてから、その言葉を続ける。
「……シャルを敵視するプレイヤーがいるってのも、事実なんだよね」
俺のことをまっすぐに見ながら、ハルカは真面目なトーンでそんなことを言うのだった。




