85 手じまい
俺から魔法石を受け取ったマコトはお礼を言うと、すぐに知り合いの木工師を探しに行くといって飛び出していった。
ちなみにハルカもついでだからと言って一緒に付いていった。何がついでなのかまではよく分からないけど。
「それにしてもマコトは、一体何をあんなに緊張してたんだ?」
俺がそんなことをぽつりとつぶやくと、隣で何やら忙しそうにしているシャルさんは作業を続けたまま口を開いた。
「それはきっと、チトセさんなら断らないとマコトさんには分かっていたからですよ」
「ん? それだったらむしろ頼みやすいんじゃないのか?」
「普通の頼み事ならそうですね。でも金銭的な貸し借りになると話は別かも知れません。親しい間柄だからこそそういう話は持ち込みたくない、という人も少なくないと思いますよ?」
「でもあれはゲームのアイテムの話で……ああ、そういうことか」
少なくともマコトにとって、あれは現実のお金の貸し借りと同じくらい重い話だったのかも知れない。
そうであるならマコトは、親しい関係を利用して良心につけこむような罪悪感を覚えたとしても不思議ではない。
つまりさっきのマコトはその葛藤が緊張となって現れていたのだろう。
もちろん確証はないけれど、これはそういう可能性もあるという話だった。
「何にどれだけの価値を感じるかは、人それぞれですから」
「そうだな」
――所詮はゲームのデータだろう、なんて。
そんなことを思う人間は、最初からこの世界にはやってこないのだろう。
「そもそもチトセさんだってクランの登録料を私が全額出すって話を却下しましたよね? あれと同じ話ですよ」
「確かに言われてみれば……というかシャルさん、さっきから何を忙しそうにしてるんだ?」
「アイテムの在庫の整理です。ずっと市場に張り付いていたときと状況が変わってしまったので、在庫を売り切ってそろそろ手じまいをしようかと」
どうやらシャルさんは市場での活動を縮小するつもりのようだった。
今回みたいなパーティーでの狩りを行う機会が増えていくと、今後は今までのように市場に張り付いてはいられないという判断らしい。
「俺は市場のこととかよく分からないけど、色々複雑そうだな」
「まあこんな買い占めが成立するのはあと数日が限度なので、少し早くなっただけですけどね。あくまで私の本業はポーション屋なので、結局はそこに落ち着きます」
「ああ、そういえば言ってたっけ。買い占めは供給が増えると成り立たないとか」
「そうですね……というかチトセさんたちって、買い占めとか転売を悪く言わないんですね」
「え、だって前にハルカに聞いた感じだと、このゲームでは結構みんなやってることなんだろ?」
確かこのゲームの市場は、今のところ転売も買い占めも何でもありの状態で回っているという話だった。
ベータテストの初期の頃は色々問題もあったそうだが、素材の産出量やクエスト報酬など様々な調整が入った結果、「奇跡的に」上手く市場が機能するようになったのだとか。
「それはそのとおりですが、市場での転売などをやっているのは採集職か生産職の人間がほとんどで、だから戦闘職の人からは評判が悪かったりするんですよ。お金を右から左に動かして楽に儲けている、とか……」
「うーん、俺は同じルールでやってることなら別にいいと思うけどな。たとえば150キロの凄い球を投げるピッチャーがいたとして、それを打てないとかずるいとか言ってても仕方ないだろ? だったら打てるように練習するとか、自分も150キロ投げられるようになるとか、そういう方向で努力したほうがずっといい。だから市場の話も同じでさ、儲けている人に文句を言うくらいなら自分もやればいいんだよ。文句を言ったところでお金は増えないんだから……って俺は思うんだけど、どうかしたのかシャルさん?」
シャルさんが意外そうな表情で俺の事をぼうっと見ていたので、俺は少し気になって尋ねた。
「あ、いえ、別に……チトセさんは強い人なんだなと、そう感心しただけです」
「さあ、それはどうなんだろうな。まあ人生の大半を野球っていう勝負の世界で生きてきたから、考え方が一般からズレてるのはあるかも知れないけど」
「確かにそうかも知れませんけど……私はチトセさんの考え方、好きですよ」
シャルさんはにっこりと笑いながらそう言った。
好きという言葉に俺は一瞬どきっとさせられるが、当然ながらそこに深い意味はない。
そんな風にあれこれ話しているうちに、キリカが装備更新を終えて合流した。
ちなみにキリカの装備は胸当てから上半身全体を覆うような鎧に変わっていて、他の部位も少し装飾が増えているなど全体的に格好いいデザインになっている。
「あれ、ハルカとマコトは?」
「マコトは新しい杖を作れるようになったから、知り合いの木工師を探しに行くってさ。何故かハルカもそれについていったけど」
「あー、はいはい。あの子のところね」
「あの子?」
「レンって名前の小さい女の子よ。ベータの頃からなりきりプレイでかわいいキャラクターを演じていたから、一部の界隈ではちょっとした人気者ね」
「ああ、ギョクと最初会ったときに名前だけ聞いた気がするな。シャルさんは知ってた?」
「いえ。そのギョクという方なら知っているのですが」
シャルさんは知らないようだけど、キリカによるとそのレンという子はマスコット的な人気がある人物らしい。
「そうね、それじゃあ今から私たちも会いに行ってみましょうか」
「確かに俺も興味はあるけど、別に用もないのに冷やかしに行っていいのか?」
「そんな細かいこと気にしなくても大丈夫よ。何ならマコトたちを迎えに来たとか適当に理由つければいいし」
まあ人との交流もこうしたゲームの醍醐味には違いないし、キリカがそう言うなら大丈夫なのだろう。
「シャルさんはどうする?」
「そうですね、ちょうどこちらの用事も終わったのでご一緒します」
「それじゃあ案内するわね」
そうして俺たちはキリカに先導される形で、市場の一角にある生産街の方へと歩き出した。