84 マコトのお願い
「じゃあさっそくシャルちゃんも一緒に狩りをしたんだね」
「はい。皆さんの戦い方は、とても勉強になりました」
俺たちは合流したマコトにさっきまでのことを簡単に説明した。
「それよりマコトの方はどんな感じ? クエストやってたってことは武器更新狙いだと思うけど」
ハルカがマコトにそんなことを尋ねる。
マコトが今使っているウィザードスタッフは、魔法石さえ手に入るのなら他は最序盤でも手に入る素材だけで作れるものだった。
その割にはかなり高い性能を誇っていたため、これまで俺たちのパーティーを大いに助けてくれたが、さすがにそろそろ更新しないと辛くなってくるタイミングらしい。
「うん、それなんだけど、少し困ってて……」
ハルカの問いかけに、マコトは少し表情を曇らせる。
マコトによると、次の武器を作るために必要な素材が上手く集まっていないという話だった。
「市場で買うつもりだった素材が急に品薄になったり、出品があっても高騰してたりで……でも自分で取りに行くのも効率の悪いものばかりだし」
「あー、確かに杖のための素材はあまり戦闘で集めたくないよね」
「そういうものなのか?」
「うん。今のマコトが作りたい杖だと、特定の種類の木の良質な原木とかが必要なんだけど、それってこのあたりだと神秘の森のトレント系モンスターのレアドロップとかなんだよね。その点、採集職の木こりの人だと能力さえ充分なら一定割合の確率で良質なものが手に入るから、そもそもの効率が段違いって話」
つまりこのゲームでは欲しい素材のために効率の悪い狩りをするくらいなら、その時間で別の効率の良い狩りをして稼いだお金で買うほうが賢いらしい。
「しかしそもそもの素材があまり市場に出回らない、と」
「うーん、トップ層の木こりならもう普通に市場に流してるはずなんだけどね」
「あ……すみません、それたぶん私のせいです」
そんな話をしていると、シャルさんが申し訳なさそうにおずおずと右手を挙げながらそんなことを言った。
――ああ、そういえばそうだ。
「もしかしてシャルさん、買い占めてる?」
「はい」
「しかもあれだね。これはシャルが自分で市場に並べる量もコントロールしてたパターンだ」
「そうです」
「でもシャルちゃんはさっきまでみんなで狩りに行ってたから、その間は商品の追加が止まっちゃったとか?」
「お察しの通りです」
「……つまりシャルさんに売ってもらえばマコトの問題は全て解決ってことだよな?」
「そうなりますね」
シャルさんによると、そろそろプレイヤー全体のレベルも上がってきてその素材の需要が上がると読んで市場に出品されていた全てを買い占めたらしい。
その後はその素材を少量ずつ割高な値段で出品し、それより安い価格で誰かが出品した場合はそれもシャルさんが購入することで、常にシャルさんの出品物だけが並んでいる状態をキープしていたのだという。
「木こりが新たに採取しても出来ることはシャルより安く市場に流すことだけ。でもそれは結局シャルが買うから、シャルは仕入れ値が安くなって得をする。一方の素材を買いたい戦闘職は、シャルの商品しか並んでないから少し割高でもそれを買うしかない、ってことだね」
「そうです。まだ木こり側が大量供給できない今だから出来るやり方なので、供給が安定して相場が下がる前に手を引かないといけませんけど」
シャルさんは値段設定も相場的には割高だけど、戦闘職が自分で取りに行くよりは確実に得だと考えるラインにするなど、他にも色々と細かい工夫をしているらしい。
とりあえず俺には真似できないことは分かり切っているので、あまり詳しく聞くつもりはなかった。ハルカも理屈は理解したようだが、自分でやる気は起きなかったようだ。
何にせよシャルさんがマコトの必要とする素材を持っていることが分かったので、一旦噴水前から市場に向かって移動することにした。
市場ではアイテムの売買以外に、倉庫というものが個人で使える。倉庫は普段アイテムを持ち運んでいるアイテムボックスとは違って容量がかなり大きいようだ。
どれくらいが限界なのかは確認する方法がないけど、シャルさんでさえ溢れたことはまだないらしい。
とりあえず俺からしたら、倉庫は普段使わないアイテムや装備をとりあえず放り込んでおく場所、という認識だった。ちなみに今は前にクエストで貰ったすり鉢とかが入っている。
シャルさんは倉庫から素材を何種類か取り出して、それを必要としているマコトと取引を行った。
どうやらお仲間価格での取引になったようで、マコトとしては想像以上に費用が浮いたようだ。
「シャルちゃんありがとう! これで必要な素材はあと一種類です」
「残念ながら私は在庫が今ありませんね」
残りの一つの素材はシャルさんも持っていないものらしい。
そしてそれは二人の様子を見る限り、どうやら今市場でも出品がないようだった。
そんな風に思っていると、マコトが少し緊張したような雰囲気で俺の方に近づいてきた。
「えっと、あの、その……チトセさんにお願いがあるんですけど、いいですか?」
「ん? マコトが俺にお願いって珍しいな」
現実でもマコトが俺に何かをお願いしてきたという記憶はあまりなかった。
……もしかしてあまり経験のないことだからマコトは緊張しているのだろうか?
だとしたらもう十年以上の長い付き合いなのに水臭い話だ。まあ日頃から控えめで遠慮がちなマコトらしいけど。
何にせよ俺にとってマコトはもう一人の妹みたいなものだから、大抵の頼み事なら聞いてやれるつもりだった。
「……チトセさんの持ってる魔法石、貸してもらえませんか?」
「え、そんなこと? もちろんいいに決まってるだろ」
どんな内容のお願いが飛んでくるのか少し期待していたのもあって、俺はマコトのそんな些細なお願いに少し肩透かしを食らう。
マコトは一体何をそんなに緊張していたのだろうかと、少し考えてみるものの結局よく分からないまま、俺はマコトに11個ある魔法石を全て渡すのだった。