83 被害者同士
リムエストの街に戻る途中も、シャルさんはヒーラーのパーティーでの戦い方についてハルカに色々と質問していた。
真面目で勉強熱心なその姿勢にはハルカも好感を持ったようで、セオリーと経験則を交えながら教えている。そんな風にゲームの話をしているときのハルカは本当に楽しそうだった。
「チトセ」
「ん、キリカ、どうかしたか?」
「いや別にどうって話じゃないんだけどね。ただあっちがヒーラー談義で盛り上がってるから、こっちも何か話そうかなって」
「そうだな、確かに暇だし」
「でしょ?」
そういえばキリカとはあまりゆっくりと話をしたことはなかった気がする。
キリカの性格的なところはゲームを通じて何となく掴めてきてはいるものの、やはり会話によって知れることの方が多いと思う。
「そういえばキリカって、こういうゲームはもう何年もやってるのか?」
「んー、高校入ったときからだから、今で五年目かな。ちゃんとやる作品としてはLLOが二作品目ね。ちょっとだけ触った作品とかならいっぱいあるけど」
「へぇ。じゃあその一作品目の時にハルカたちとは出会ったんだな」
「そうね。チュートリアルが終わってからゲームを始めて三分で友達になったわ」
「早いな」
「ハルカがいきなり話しかけてきたのよ。『私たち初心者なんですけど、次何をしたらいいですか?』って。こっちも初心者だから何も分からないって返したら、『じゃあ一緒に探しましょう』って感じで、気付いたらもうハルカのペースだったわね」
「あー、確かにハルカは昔から初対面の相手でも物怖じしないタイプだったなぁ」
ハルカは昔から誰とでも上手く話せるし仲良くなれるタイプだ。とはいえハルカが仲良くなりたがるかは別の話だったけど。
実際、ハルカの友達として長く続いているのはマコトしか俺は知らなかったりする。俺が知らないだけ、ということはおそらくないはずだ。
「それからだいぶ経った後、ハルカにあのときどうして私に話しかけたのか訊いてみたら、ハルカは『キリカが話しかけて欲しそうだったから』って言うのよ。チトセはこれ、おかしいと思わない?」
「ははは、確かにおかしな話だな。まあでも、凄くハルカが言いそうではあるけど」
何というかハルカは、自分の意図とか行動原理を他人に知られるのを嫌がることが多いのだ。だからそれをはぐらかすために、ハルカはあれこれ適当なことを言ってこちらを煙に巻いたりする。
キリカに対するそれも、たぶんその類だろう。
「でもあのおかげで今もこうして楽しくゲームが出来てるわけだし、よく分からないけど私もハルカには感謝してるのよ。よく分からないけどね!」
よく分からないという部分を強調しながら、少しおどけた調子でキリカはそう言った。
傍から見るとハルカは適当に思い付きで行動しているように思えることも多々あったりする。しかし実際は色々なことを考えているはずだった。
そうでなければ俺にVR機器を送り付けてゲームに誘ったりなんてしないだろう。というか単なる思い付きで送り付けるには、いささか値段が張る物だ。
ハルカがどういう考えで俺をゲームに誘ったのかは正直なところまだよく分からない。
けれど、今の俺はこのLLOというゲームを充分に楽しめていた。
だったらとりあえずはそれでいいのかも知れない。
「それなら俺もキリカと同じだな」
「同じ?」
「ああ。俺もゲームに誘ってくれたハルカには感謝しているんだ」
「つまりハルカのよく分からない行動力に巻き込まれた被害者同士ってことね」
キリカがそんな風に冗談を言って笑うので、俺も一緒に笑った。
キリカは年上だけどそこに距離を感じさせない人物だ。しっかり者のようだけど、実際に付き合っていくと結構適当でノリや勢いが軽い面も見えてくる。
本人はハルカに巻き込まれたと言っているけど、たぶん本人も積極的に巻き込まれに行ったのだと思う。
そうした意味では本当に巻き込まれて苦労しているのはマコトに違いない。
ハルカが初めてキリカに話しかけたときも、ハルカは「私たち」と言っていたようなので後ろにマコトもいたはずだ。人見知りなのに、年上の女性といきなり友達になってパーティープレイを始めるハルカに振り回されたのだろう。
そうこうしているうちに、俺たちはリムエストの街に着く。行きもそうだったけど、帰り道でもあまりモンスターとは遭遇しなかったので、時間があまりかからずスムーズだった。
「それじゃあ私は一旦離脱するわね」
キリカはそう言うとパーティーを抜けて、さっそく集めた素材を使った装備更新のために生産職を探しに行ったようだ。
「んー、私たちはどうしようか? お兄ちゃんがいるから、タンク無しでも大抵のモンスターは狩れると思うけど」
「でもそれだとチトセさんは一人で狩った方が効率良いでしょうし、パーティーを組むメリットは薄そうですよね」
「それなんだよねー。デモンズスピア並みとは言わないから私たちも装備を整えて、早くフェリック周辺でいい感じに狩れるようにならないと。といっても私は癒しのコサージュがあるから、ヒール量はすでに充分あるんだけどね」
ハルカはそういって手首につけた花飾りを見やる。
「癒しのコサージュですか。ベータテストではある程度供給はありましたが、正式版の現時点ではまだ市場出品はゼロですね」
「ああ、やっぱりシャルさんも癒しのコサージュって欲しいんだ」
「ええ、まあ。序盤で手に入るものとは思えない高性能アクセサリーなので、ヒーラーならみんな欲しがると思いますよ。とはいえドロップ率2パーセントを狙う気は起きないので、出品があったときに資金力で解決するつもりですけど」
何でも癒しのコサージュはベータテストのときの統計でドロップ率が2パーセント程度だったらしい。五十回に一回と考えると、さすがに狙うのは少し厳しいようだ。
そう考えると一発でそれを引き当てたハルカの運はもの凄いのかも知れない。
「まあうちのクランとしては、マコトの装備更新次第でメインの活動をフェリック側に移せそうだから、そこの進捗次第だね。ちょっと確認してみようか」
フレンドリストを確認したところ、別パーティーでクエストを攻略していたマコトはすでにリムエストの街に戻っているようだ。
ハルカがマコトにメッセージを送ると、すぐに合流すると返事があったらしい。
ということで俺たちはマコトがやってくるのを、いつもの噴水前でとりあえず待つことにするのだった。