81 パーティープレイ
「信頼、ですか?」
「そう、信頼。何だかシャルは全部一人でやろうとしている気がするんだよね。それも出来るからやるんじゃなくて、出来ないことでもやらなきゃいけないみたいに、自分で自分を追い込んでる感じ」
ハルカは続ける。
「例えば最初のシーフが来たところは、シャルが普通に防御していればすぐにお兄ちゃんがシーフを倒してくれるから、何も慌てる場面じゃなかったんだよ。でもシャルは自分ひとりで対処しようとして、慌てて睡眠薬を投げた。あれってさ、お兄ちゃんに直撃してたらちょっとしたピンチだったんだよね」
確かに言われてみれば、シーフの攻撃を受けたからってシャルさんは別に即死級のダメージを受けるわけではない。特に難しいプレイをしなくても、ガードをすればそれで充分な場面だった。
そしてシャルさんが投げた睡眠薬を、俺がもしあのときキャッチ出来ていなければ、俺は睡眠の状態異常にかかっていただろう。
ちなみにアイテムは味方の体にぶつけても効果を発揮する。例外は相手がアイテムを手で受け取ったときで、これは手渡したのと同じ扱いになる。
「その後のマジシャンに攻撃魔法を撃ったところも同じだね。柔らかくて倒しやすいアタッカー役の敵から倒すのは確かにセオリーだし、あの場面はシャルの手が空いてたから攻撃するのも間違ってない。だけどヒーラーは味方のいざという時にすぐ動けるように、常に余裕を持っておいた方が結果的にパーティー全体の安定感は増すんだよね。だから少しでも自分が狙われたりして危険になる可能性があるなら、あえて何もしない方が結果的に良かったりもする」
「何もしない、ですか?」
「そう。そもそもヒーラーが何もしないで大丈夫な状況ってのは、誰もダメージを受けてなくて順調ってことだからね。パーティー全体で見たらちゃんと戦果を挙げてるんだから、安心していいんだよ」
「なるほど……そういう考え方はしたことなかったです」
シャルさんはハルカに感心したような声でそう言った。
パーティープレイには味方がいるんだから、シャルさんが無理をして敵を足止めしたりダメージを出したりしなくても大丈夫なのだ。
だから勇気を持って、「何もしない」を選択出来るようになること。
それこそが仲間を信頼することへの第一歩なのかも知れない。
「とまあ、一気に色々言っちゃったけど、シャルなりに無理しない範囲で適当に参考にしてくれれば嬉しいかな?」
「いえ。ハルカさん、ありがとうございました。すぐには無理かも知れませんけど、私なりに頑張ってみます」
「あはは、どういたしまして」
シャルさんは礼儀正しく頭を下げてハルカにお礼を言う。そんな風に言葉遣いはクールだけど素直でまっすぐなシャルさんの反応に、ハルカは少し照れくさそうにしていた。
「たぶんシャルはまだパーティープレイに慣れてないだけで、ちょっとやればすぐに上手くなるわよ。チトセもそう思うでしょ?」
「ああ、間違いないな」
「お二人も、ありがとうございます」
キリカが少しフォローするように言ったので、俺もそれに同意する。そんなキリカの気遣いはどうやらシャルさんにも伝わったようで、シャルさんからはそう丁寧にお礼を言われた。
そうして一旦とりあえず話は終わりにして、俺たちはナリア廃坑の二層の奥へと進んでいく。
道中で何度かコボルトのリンクと遭遇して戦闘になったが、ハルカのアドバイスを素直に聞き入れたらしいシャルさんは目に見えて動きが良くなっていた。
シーフに狙われても落ち着いてガードをしてくれるし、攻撃する場合も自分が敵から狙われないように上手くタイミングや対象を工夫するようになっている。
味方が戦いやすいように。味方の強みを生かすように。
シャルさんがあれこれ試行錯誤しながら楽しんでプレイしているのが、見ていても伝わってきた。
何というか最初のシャルさんは色々と気負いすぎていたように思う。マコトがいなくてパーティーの攻撃力が落ちていることなんかも、もしかしたら自分のせいだと思っていたのではないだろうか。
だから出来る限りダメージを出してマコトの分の役割も果たそうと、少し無理をしていたのかも知れない。
もちろんそれは俺の憶測でしかないのだけど、責任感が強そうなシャルさんだったら充分にあり得る話に思えた。
「キリカさん、右のクラッシャーから順番に【アシッド】と【ベノム】を撃ちます」
「了解。ターゲットの維持は任せて」
「もう少ししたらお兄ちゃんが後衛を倒して戻ってくるから、それまでに両方とも体力を半分まで削りたいね。そうすれば【奇襲】で一撃だから」
シャルさんもパーティー内でしっかり連携を取れるようになってきて、だんだん効率的に敵を倒せるようにもなってきた。
そうして俺たちはパーティーとしての成長の手ごたえを感じながら、ようやく二層の最深部にいるフロアボスにたどり着く。