79 コボルトシーフ
そういえばこのナリア廃坑の二層はコボルトという犬のようなモンスターの住処になっているらしい。
コボルトは以前リムエストの街の西で戦ったことがあるけど、ここのコボルトはそれよりもレベルがかなり高くて数段強いらしい。同じ名前のモンスターでも生息する場所によって強さが異なるというのはよくあることだという。
モンスターもプレイヤー同様、レベルによって使える技が増えて動きが変わったりするようなので注意が必要みたいだ。ちなみにここのコボルトのレベルは16で、シャルさん以外にとっては一応格上に当たるレベルだった。
そうして俺たちは最初にコボルトの5体リンクと遭遇する。
ハンマーを持ったコボルトクラッシャー2体に短剣を持ったコボルトシーフ1体が前衛、杖を持ったコボルトマジシャンと弓を持ったコボルトハンターが後衛という構成は、ヒーラーこそいないもののなかなかバランスが良さそうで厄介に見えた。
「シーフがいるわね。チトセ、シーフは素早い上に耐久力の低い後衛を優先的に狙ってくるから最優先でお願い。たぶん私の素早さのステータスだと抑えられないから」
「ああ、分かった」
「あとハンターの弓はたぶん例によって状態異常かデバフがくっついてるはずだから、二人とも極力当たらないようにしてくれるとヒーラー的には嬉しいね」
「そうね、ある程度はパリング出来るように努力するわ」
「私は……とにかく私なりの最善を尽くします」
そんな風に簡単に打ち合わせをして、俺たちはさっそく戦闘を開始する。
キリカが先頭を走り、まずクラッシャー2体の注意を集める。
しかし直後にクラッシャーの後ろから飛び出したシーフがこちらの後衛に向かって走ってきた。確かにシーフだけはキリカのことを完全に無視していて、他のコボルトとは別の思考で動いているようだ。
何にせよそのシーフを通すわけには行かないので、俺はシーフの前に立ちふさがり、そのまままっすぐに槍を突き出した。
しかしシーフは真横に滑るような動きで俺の攻撃を避けると、攻撃の隙で動けない俺の横を通りすぎていった。
「うお、マジかよ」
「あ、それアビリティの【身かわし】だよ。次に受ける物理攻撃を一回だけ確実に回避するって効果の」
……そういうのは先に言って欲しかったなぁ。
俺は慌てて反転してシーフの背中を追うが、想像以上にシーフの足が速くて追いつけそうにない。
後衛のハルカとシャルさんは散開しており、進路を見る限りどうやらシーフの狙いはシャルさんらしい。
シャルさんもそれに気づいたようで、直前まで詠唱していた魔法の詠唱を中断してシーフに対処する判断を下す。戦闘は苦手という話だったけど、迷いがなくて良い判断力をしていた。
「えいっ!」
そして何やら薬の入った瓶を取り出したシャルさんは、それをシーフ目掛けて【投擲】する。
そのフォームはいわゆる女の子投げで、どう見てもまともに投げられそうな感じではなかったけど、【投擲】のスキルの効果もあってか不思議と瓶はシーフにまっすぐ飛んでいた。
しかしシーフはそれを楽々回避する。どうやら【身かわし】のアビリティが発動していなくても、元々の素早さが高いシーフはこちらの攻撃などをしっかり回避してくるようだ。
シーフはそのまま短剣を構えて、無防備な状態のシャルさんに襲い掛かろうとする。それを止められる仲間は誰もいない。
俺もシーフには追い付けないし、近くにいるハルカもクラッシャー2体とハンターから攻撃を受けているキリカにヒールしている最中だ。
――しかし今この瞬間に一つだけ、幸運なことがあった。
シャルさんが投げた瓶が俺の胸元に絶好球として飛んできていたのだ。
俺は瞬時に槍を手から離してその瓶をキャッチし、そのまま即座に投げる。それは野球の練習で何万回繰り返したか分からないクイックスローの動作だった。
俺が横手で素早く投げた瓶がしっかりとシーフの背中に直撃すると、シーフは直後その場に崩れ落ちるようにして眠りに落ちた。
なるほど、どうやらシャルさんが投げた瓶の中身は「睡眠薬」だったみたいだ。確かに1体の敵から身を守るという点ではこの上ないアイテム選択だろう。
無防備に眠りこけている相手を攻撃するのは少しずるい気もしたが、これもゲームだから仕方ない。
俺が槍でその背中を貫くと、その一撃でシーフを倒すことが出来た。
「あ、ありがとうございますチトセさん! ……本当に助かりました」
「いやまあシーフを止めるのは元々俺の仕事だったし、それに半分はシャルさんのおかげだよ」
実際シャルさんの投げた睡眠薬がなかったら俺に出来ることが何もなかったのは事実だ。
まあ何にせよ、今はまだ残っている他の4体を倒す必要がある。さすがのキリカでも格上モンスター4体から攻撃を受け続けるのはきついはずだ。
シャルさんはまだ何か言いたげだったがとりあえずその話は後にして、俺たちはキリカを助けるために戦線へと復帰するのだった。