75 アップデート
「あらチトセ、一人?」
「おお、キリカ。そっちもか? 珍しいな」
市場の中でキリカと遭遇した。近くにハルカやマコトの姿は見えない。
「実はそんなに珍しくもないのだけどね。そもそも全員職業が違うから、欲しい素材とかやりたいクエストもバラバラだし」
「ああ、そう言われてみればそうか」
「まあ大がかりなことをやるときはチトセも含めて全員で集まるから、チトセの目から見たらいつも一緒にいるように見えるのかもね」
確かに俺が参加するときは全員が参加するときでもあるので、おそらくキリカの言う通りなのだろう。
「そういえばチトセ、パッチノートって見た?」
「パッチノート?」
「えっと、ゲームのアップデートの内容を告知した文章なんだけど……その様子だと見てないわね」
「ああ、存在すら初めて知った。それってどこで見られるんだ?」
「ゲームの中でも見られるわよ。いつもの通知のところから、お知らせの項目を選ぶの」
「……ああ本当だ、パッチノートってのがある」
「今回のはそんなに大きなパッチじゃなくて、バグの修正とかバランス調整がほとんどだから新要素の追加はないんだけど」
「うわ、凄い量だな」
パッチノートを見てみるとゲーム内容の変更点がずらっと羅列されていた。書いてあることの意味はどれも何となく分かるが、あまりにも膨大すぎて上手く頭に入ってこない。
「さすがに職業とかスキルの数が膨大だから、変更点を全部書き出すとこうなっちゃうのよね。一応言っておくと、別に全部読まなくても大丈夫だから。自分に関係のありそうなところだけ読む感じ」
「自分に関係のありそうなところ……ん、ハルカからメッセージが届いた」
パッチノートを読もうとしたところでハルカからメッセージが届いたので、まずはそちらを先に見ることにする。
≪お兄ちゃんのために今回のアップデートの変更点でお兄ちゃんに関係のある部分だけをまとめといたよ≫
その言葉の下には、パッチノートから抜粋された文章が簡潔に記載されていた。
「ハルカは何か言ってた?」
「ああ、何か俺のために今回の変更点をまとめておいてくれたらしい」
「あら、ちょうどいいタイミングね」
「本当にな。どこかで見てるんじゃないのかって疑いたいレベルだ」
「ぎくっ」
「…………」
「…………」
「……ハルカ。そこにいるのは分かってるから、出てきたらどうだ?」
俺は声のした方を振り返り、何が入っているのか分からない樽の影に隠れているハルカにそう言った。ハルカは観念したようで、すぐに姿を見せてこちらに合流する。
「ふふっ、ハルカ、あなた何がしたいのよ」
「陰から兄を支える献身的な妹、みたいな?」
笑いながらツッコむキリカに、ハルカはボケを重ねる。
「というかずっと探してても見つからないと思ったら、後ろをつけてきてたのか」
「偶然お兄ちゃんを見つけたんだけど、話し中だったから声かけにくくてねー。せっかくだしお兄ちゃんがいつ気付くか試してみようかと」
「いやまあ確かに全く気付かなかったけど……というかそれだと俺とギョクが話してたところから見てたのか?」
「そうだね」
「あらチトセ、ギョクと話してたのね。ちなみにどんな話をしたの?」
「いや普通に世間話だよ。クラン入ったんだなと言われて流れでギョクも誘ってみたけど、他にも4つから誘いがあるから考えさせてくれって、やんわりと断られたり」
「ああ、ギョクは人気者っぽいもんねー」
「うーん、私はそれ意外と脈ありに思えるけどね」
「え、そうなのか?」
「まああまり確実なことは言えないけど、ギョクって性格的には誰かに必要とされたい人間だと思うのよね。だから4つも勧誘を受けて決めあぐねているのは、きっとその辺りで引っかかっているように思うわ」
一番ギョクとの付き合いが長いキリカがそんな風に言った。その分析が正しいのかは俺には分からないけど、そういう考え方も出来るのは確かだろう。
今すぐギョクに何かするという話ではないが、キリカの言葉は頭の片隅にでも入れておこう。
そんな感じで一旦ギョクに関する話は終わり、元々のアップデートの話題に戻った。
「それで今回のアップデートなんだけど、お兄ちゃん的に一番大きな変更点は【大声】だね。【ウォークライ】を使った時のスタンが範囲じゃなくて単体対象になったことは要注意かな」
「それは結構大きな変更だな」
「まあさすがに強すぎたからねー。最序盤から使えるのに、パーティーをピンチから救う能力が高すぎたし」
「範囲スタンって覚えられない職業もあるし、覚えられるとしてもLv.20以上は必要だからスキル枠1つにしては破格の効果だものね」
ゲームのバランス的には【大声】と【ウォークライ】の組み合わせが弱体化するのは当然の調整みたいで、ハルカもキリカも妥当だと思っているようだった。
俺としては確かに少し痛い調整ではあったが、とはいえ範囲スタンがなければ勝てなかった相手というのは一番最初のゴブリンくらいな気もする。
一応デーモンエグゼクターの周回でも二体をまとめてスタンさせたりはしたけど、あれは別に倒すのに必須というわけでもなかったし。
「というか俺としては低レベルからスタンが扱えるってこと自体、強すぎる気がするんだけどな」
「それは間違いないよね。でも【大声】ってもう習得条件も判明してて凄くお手軽に取れるスキルだから、もしかしたらこのくらいでちょうどいいのかもね。計画的にスタンを序盤から使いたい人はスキル枠を1つ使えって感じで」
「単体スタンならレベルを上げていればみんなそのうち覚えるからね。しかも【ウォークライ】みたいに5分に1回しか使えないのと違って、普通のアビリティの間隔で使えるし」
「敵の注目も集めないから使いやすいもんね」
何にせよ運営側も色々と考えて調整しているんだろうということは分かった。これでまずかったらまた調整すればいい話で、それが出来るのもゲームならではに違いない。
確かに自分のキャラクターに関連する部分が弱体化されたら悲しいけど、それが弱体化されなかったら他の人全員が悲しいのかも知れないし。
とにかく与えられたルールの中で自分なりの最善を尽くして戦っていくのがゲームというものなのだろう。
ちなみに単体スタンのアビリティだったらLv.15になったときに俺とキリカは習得しているので、実は【大声】によるスタンはもうあまり重要ではなかったりもする。
「んで送ったメッセージの下にも書いてあるけど、槍は少し強化されたんだよね」
「強化? 槍は元々強かったように思うけどな」
「チトセの感覚だとそうでしょうね。敵の遠距離攻撃も避けたりパリングしたり出来るから」
「でも普通の人からすると敵の遠距離攻撃には無防備だし、リーチの長さを生かせるのも最初の一撃だけ、って感じで強みより弱みの方が目立ってたんだよ。被弾が多いから現状ヒーラーからもあまり評判良くないし」
「……なるほど」
槍はリーチが長いから一発目を当てた後、相手が反撃のために前に出てくる動きを見てから回避行動を取る余裕があるので、1対1の近距離戦では最強というのが俺の実感だった。確かヒヨリもそういう風に言っていたので、たぶん大きくは間違っていないだろう。
しかしそもそも集団との戦闘が前提のこのゲームだと、その利点はあまり大きくないというのが一般的な見解になるらしい。
……うーん、どうなんだろう。俺は他の武器を使ったことがないので比較のしようがなかった。
とはいえ槍が強くなるというなら別に何か損をするわけではないので、まあいいか。
「でも調整内容が凄く地味なんだよね。通常攻撃やアビリティの隙が短くなるとか、攻撃発生までの早さがアップとか」
「近接職としてはどれも嬉しい調整だけど、実際にパーティーへの貢献度って視点だとあまり実感しづらい部分よね」
「そうなんだよね。結局のところ遠距離攻撃を被弾しまくる問題は、攻撃の隙を少なくしたから頑張って少しでも避けろってことだし。むしろこの調整だと、お兄ちゃんがさらに手を付けられなくなりそうだね」
そんな風に調整内容の意味などを、二人は初心者の俺にも分かりやすく話してくれた。
「と、まあアップデートの内容はそんな感じだね。それじゃあお兄ちゃんもログインしてきたことだし、今日もみんなで何かやる?」
「そうね。私は用事も終わったから行けるけど」
「俺も大丈夫だ」
「じゃああとはマコトとシャルにメッセージ飛ばして、誰が釣れたかでやること決めようか」
ハルカはそう言って手際よくメッセージを二人に送信する。
そうしてしばらくすると二人から返信があって、マコトは今クエスト攻略のために別のパーティーに参加しているらしい。まだしばらくかかりそうなので、あとで合流するから先に出発しておいてという話だった。
一方のシャルさんは特に問題ないようで、すぐに合流しますという内容のメッセージが丁寧な言葉遣いでハルカに送られてきたようだ。
「そういえばシャルはまだ西側に行けないから、近いうちにみんなでジェフのクエストを手伝ってあげないとね」
「ああ、そうだな」
「……そういえばシャルって、ベータテストのときはあのクエストどうしてたのかしら?」
「そういえば謎だね。まあシャルは元々謎だらけだけど」
そんな風にシャルさんについてあれこれ雑談をしながら彼女を待つ。
「すみません、お待たせしました」
しばらくして、そう言いながら丁寧に頭を下げたシャルさんが合流したので、俺たちはさっそくこの後の活動について作戦会議を始めるのだった。