71 ブレビア湿原
晩飯を終えたハルカたちと合流したので、俺たちは話し合いの結果フェリック周辺でシャルさんに頼まれた素材の収集をすることにした。
「私はまだ橋の西側にいけないですし、みなさんはせっかく先行しているので今回の狩りはみなさんだけでお願いします。それに私はまだ売りかけの商品がたくさんあるので」
「そうだね。クランとしてどういう風に活動していくかは、とりあえず明日から考えていこうか」
もう夜なので今からだとそれほど活動も出来ないだろうし、本格的なクランとしての活動は明日からということになった。
ということで俺たちはいつもの四人でフェリックまで移動し、その南に広がるブレビア湿原へと向かった。ハルカによると、シャルさんに頼まれた素材のほとんどはここに出現するモンスターが落とすものらしい。
このブレビア湿原に出現する主な敵は、角の生えたヘビのホーンスネーク、毒々しい色をしたヒルのマッドリーチ、大きなカエルであるスワンプトードの三種類だった。もちろんもっと奥にいけばさらに強力なモンスターも出現するというが、さすがに現時点では歯が立たないだろう。
珍しいところといえば、それぞれ違う種族なのに同じリンクに含まれていたりすることだろうか。同じ獲物を協力して狩って分け合う習性があるモンスターなのかも知れない。
「お兄ちゃん、ここのモンスターは状態異常攻撃が豊富だから注意してね。あと足場も良くないから、あまり無理しないで回避優先する感じで」
「おう、了解」
そんな風にハルカから軽く注意点を教えてもらいながら、さっそく戦闘を開始する。
敵はスワンプトードが1体、ホーンスネークとマッドリーチが2体ずつの計5体だった。
「――お兄ちゃん、毒の解除は少しだけ待ってね。キリカ、麻痺の解除いくよ」
「うん、ありがとうハルカ」
やはりレベル的にかなり格上のモンスターということもあって、俺たちはそれなりに苦戦を強いられた。
ホーンスネークとマッドリーチはまっすぐに飛び掛かってくる攻撃が主体だったが、素早さのステータスが高いのか動きが速く、またその攻撃の全てに状態異常効果が付いている。威力自体はそこまで高くないことは救いだが、厄介なことは間違いない。
キリカはしっかり盾で攻撃を防いでいるように見えたが、それでも状態異常になっていた。盾で防御に成功しても、どうやら攻撃に付加されている特殊な効果までは無効化できないらしい。
俺の方も敵の攻撃を回避しようと動いてはいたが、足首から脛あたりまで泥に埋まる足場のせいで、上手く動けないまま被弾してしまうことがあった。たぶんこのエリアでは素早さのステータスにもマイナスの補正がかかっている気がする。
そんな状況もあって、相手の後ろに回り込んで【奇襲】を狙う余裕もほとんどなかった。一応槍の長さを生かして動き回るマッドリーチやホーンスネークに対して反撃を仕掛けたりはしたが、致命的なダメージを与えることは出来ていない。
何より少し離れた距離から長い舌を使って攻撃してくるスワンプトードには手つかずの状態だった。状態異常はハルカが治してくれるが、すぐにまた状態異常になってしまったりと、じわじわとこちらのダメージが蓄積していく。
「……何というか、いやらしい戦い方の敵だな」
「そうね。それに見た目も気持ち悪いし、私は苦手だわ」
前衛の俺とキリカはそんな感じで敵について愚痴を言いあう。確かにヘビやカエル、ヒルといった動物は苦手な人も多いだろう。女の子ならなおさらだ。俺だって好きじゃないし。
「ほらそこ。喋ってる余裕あるならもうちょっと頑張って回避してよ……いや本当に」
「分かってるけど、でも現状のステータスだとさすがに厳しいわよ」
そんな風にハルカが珍しく俺たちに要望を言った。こうして泣きついてくるというか、余裕がなさそうなハルカは初めて見たかも知れない。
確かにハルカにとっては今までになく忙しい戦闘だった。俺とキリカのダメージだけでなく状態異常と戦いの状況を見ながら、どちらにヒールをするのか、あるいは状態異常を解除するのか。そうした複数の判断を常に迫られ続けていたのだから。
可能であるならどうにかしてハルカを楽にしてやりたかった。しかし敵の方が動きが素早い上に数も多いとなると、近接アタッカーの俺に出来ることはそれほど多くない。
ただこうした足場の悪い戦いにおいても、普段どおりの動きが出来る仲間が俺たちにはいたりする。
「【アイスファング】!」
マコトの魔法がマッドリーチに命中する。【アイスファング】には敵の移動速度を低下させる効果があり、そのおかげで俺は一気にマッドリーチの死角に回り込むことに成功した。
「せいっ!」
さすがにアビリティを発動させる余裕はなかったが、手負いのマッドリーチを倒すには【奇襲】が発動した通常攻撃だけで充分だった。
敵が一体減れば戦況は一気に楽になる。キリカを狙って飛び掛かるホーンスネークを俺の槍が空中で貫いて撃破し、その後再度放たれたマコトの【アイスファング】が残っているマッドリーチに命中したことで、そこにキリカが通常攻撃からの連携でアビリティを叩き込んでトドメを刺す。
残るホーンスネークとスワンプトードは、先にキリカに囮となってもらって敵の死角から俺が攻撃を叩き込むパターンで2体とも倒すことに成功した。
「ふぅ、何とか倒せたな」
「でも全然狩りっていう効率じゃないね。超しんどい」
「やっぱりもう少し装備とか整えてからじゃないと、狩りというには厳しいかもね」
「そうだねー、もう少しマコトの装備が強く出来たらこのエリアは楽出来そうなんだけど」
「うーん、現時点で狙える私の装備だと……スネグーラチカのレアドロップ?」
「却下! ここの敵でしんどいのに雪山なんていけるわけないじゃん!」
「そうね、素早さのマイナス補正もここ以上に厳しいし。専用装備の準備無しだと確実にチトセが実力を発揮できないわ」
「そうなんだよね。足場が悪いとお兄ちゃんの強みが生きなくなるってのは盲点だったかも」
「ここまではチトセさんの攻撃力で色々誤魔化してきただけだから、チトセさんの実力が発揮できない戦いは避けた方がいいかも知れませんね。チトセさんがうちのパーティーのエースなので」
「それに関してちょっと聞きたいんだけど、このゲームって足場が悪くても普通に動けるようにはならないのか?」
「方法はあるよ。そういう効果の付いた靴装備やアクセサリーを装備するとかね」
「ただまだ市場に装備が出回ってないから今すぐには無理でしょうね。あとアクセサリーとなるとかなりのレア物だから、たぶん自分でドロップを狙わないと手に入らないと思うわ」
「なるほど」
「その辺りは今後の課題だね。とりあえず今日のところは5体リンクを避けて、戦う相手を選びながら狩る感じでいこうか」
とりあえずハルカの言った方針に従って、俺たちはしばらくこのブレビア湿原で狩りを続けていく。本来の動きが制限される中でも少しずつ戦い方には慣れていくが、それでもやはり根本の解決にはならなかった。
そうして今日の活動が終わる頃には、俺たちは全員Lv.15まで成長したのだった。