69 価値の証明
宿屋を出て、俺たちはクランの設立のために冒険者ギルドに向かう。冒険者ギルドには専用の窓口があり、そこで登録の手続きをすれば俺たちはクランとして活動を開始することが出来る。
「そういえばクランの名前を決めないといけないね」
「確かにそうだな。みんなは何か希望とかあるか?」
「私は特にないわね。変な恥ずかしい名前じゃなかったら別に何でもいいわ」
「私もキリカさんと同じ意見です」
「チトセさんは何か案とかありませんか?」
「そうは言われても、こういうクランの名前ってどういうのが一般的なのかも分からないからなぁ」
「その辺はどこも結構適当だよね。かっこいい横文字のところも多いけど、普通に漢字でなんとか騎士団とかなんとか同盟なんてのもよくあるし、こうじゃないといけないってルールはないかな」
「一番有名なところですと、Gramさんがクランマスターをしている≪LeapFrog≫ですね。意味としては色んな困難を飛び越えていく、みたいな感じらしいです」
「なるほど」
確かにそうした感じで何か意味を持たせた名前の方が思い付きやすいかも知れない。
「お兄ちゃんは何か好きな言葉とかってないの?」
「好きな言葉? 奪三振とか、ホームランとか?」
「……チトセ、とりあえず野球から離れましょうか」
「チトセさん。たとえば座右の銘とか、何か思い入れのある言葉はないですか?」
「思い入れのある言葉……」
シャルさんがそう言ってくれたので少し記憶を辿ってみると、俺はある言葉に思い至った。
「……価値を証明しろ」
「え?」
「中学時代のチームの監督が口癖でよく言ってたんだよ。自分という選手の価値とか、今までやってきた練習の価値とか、あるいは自分という人間そのものの価値とか。とにかくそういったものの価値を試合で勝って証明してこいって。といってもあれは価値と勝ちをかけたダジャレで、試合前に俺たちの緊張をほぐすのが監督の狙いだったんだけどさ」
「でもチトセさんはその言葉を、今でも気に入っているんですね?」
「ああ」
俺はマコトの言葉に頷きながら肯定する。
――野球なんて遊びだろう。そんなことに必死になってどうするんだ。
そういった言葉を投げかけられたのは一度や二度ではない。野球をやることに意味はあるのか。どんな価値があるのか。考えれば考えるほど、その答えは分からなくなるものだった。
だからそんなことに悩んでいた時期もあったけど、俺はあの言葉のおかげで色々と楽になった。価値は最初からあるものではなく、あくまでも自分の手で証明するものなのだと。
「いい言葉ですね。私は好きです」
「私も良いと思うわ」
「さすがに≪価値の証明≫そのままだとクラン名っぽくないから……≪Proof of Value≫だったらどうかな? 略称はPoVって感じで」
ハルカが持ち前の学力を生かしてすぐに英訳してくれる。横文字になっただけで何だかかっこよく思えてしまうのは俺が単純すぎるのかも知れないけど、それでも結構いい名前のように思えた。
「いいんじゃないか、それ。みんなはどう思う?」
俺はそう言ってみんなに確認を取るが、誰からも反対の声は上がらなかった。
「じゃあ決まりだね」
ハルカがそう言ったので、俺たちのクランの名前は≪Proof of Value≫に決定した。
ということでさっそく手続きを進めていく。といっても難しいことは特になく、初期メンバーの署名と登録料の支払いをするだけだった。
クランの乱立を防ぐためか登録料はそれなりの額だったが、今の俺たちはシャルさんが買ってくれた新素材の売り上げなどで金銭的には充分な余裕があったので、とりあえず五人で割って払うことにする。
ちなみにシャルさんは全額払うと言ってくれたが、これからは平等な仲間としてやっていくのだからそのあたりは今からきっちりとしておいた方がいいだろう。
「まあ立て替えてもらわないといけない程の金額が必要になったときは、借金という形でシャルさんに頼らせてもらうよ」
「そうですね、分かりました」
「あ、ちなみにシャルって今どれくらいお金持ってるの?」
「お金ですか? そうですね、現金だけだと5Mくらいです」
「5M?」
「5Mっていうのは500万ってことだよ、お兄ちゃん」
なんでもこうしたゲームの世界では金額を表すときに、単位などで扱うkやMを使う文化があるらしい。
それにしても500万か。俺の今の所持金の軽く100倍以上だ。ちなみにクランの登録料は2万だった。
「シャルさんってお金を稼いでる理由ってあるのか?」
「いやお兄ちゃん、お金なんてあるだけあった方がいいからに決まってるじゃん」
「いやまあそうなんだけど、シャルさんは他の人と比べてもそこにかなり力を入れてる感じだから、何か特別な理由があるのかなって」
「えっと、そうですね。基本的にはハルカさんの言ったとおりで、お金はあればあるだけゲームで有利になるというのが大きいです」
「ほら、やっぱり」
「そんな中でチトセさんが言うような理由があるとすれば、私は戦闘に自信がないので、市場に出回る最新の装備を購入することでそこを少しでも補いたいという話になるでしょうか」
「ああ、なるほどな」
シャルさんは自分の弱点を理解した上で、どうすればそれを補えるのかを考えた結果として金策に力を入れていたようだ。それがシャルさんなりのゲームの攻略法なのだろう。このゲームは装備品による強さへの影響がかなり大きいので、そうした方法も充分に成り立つのだ。
山を登るのが360度どこからでも出来るのと同じで、ゲームを攻略する道筋というのは必ずしも一つではないのかも知れない。もちろん道の険しさは違うのだろうけど。
そういった意味ではこのクランというものも、ゲームの攻略においては絶対に必要なものではない。
このクランに一体どれだけの価値があるのか。それは今後俺たちの手によって証明されていくものなのかも知れなかった。