67 ゲームの楽しみ方
そうして一瞬の間をおいてから、シャルさんは俺の質問の意味を問い直すように言う。
「私がこのゲームの何を楽しいと思っているか、ですか?」
「ああ。といっても別に変な意味じゃなくて、俺が生産をまだやったことがないから単純に気になっただけなんだけど」
「なるほど、そういうことですか。そうですね……まず生産をすると素材がアイテムになります。素材のままでは使い道はありませんが、生産はそこに価値を生み出すことが出来ます。自分の行動が目に見える分かりやすい形で結果として現れるのは、生産の楽しいところだと思いますね」
シャルさんは俺の漠然とした質問に対して、思っていた以上にしっかりと答えてくれる。
確かにシャルさんの言う通り、自分の行動が確実に結果として現れるのはゲームの分かりやすい楽しさだった。
戦闘職の場合はモンスターを倒せば経験値が入ってレベルアップ出来る。レベルアップすれば出来ることが増えて、より良い装備を手に入れることも出来るようになる。そうした行動の全ては、ステータスという明確な数字となって現れる。現実では実感しづらい成長というものが上手く目で見えるようになっていた。
そしてどうやら生産の場合も基本的な部分は同じらしい。自分の努力が必ず報われて意味を持つ。自分の作ったアイテムがどこかの誰かの役に立つ。そんな風に新たな価値を生み出して、この世界に確かな影響を与えられるのが生産職の醍醐味に違いない。
「ありがとう。とりあえず生産職のことは分かったよ」
「そうですか、上手く説明できたみたいで良かったです」
俺が礼を言うとシャルさんは少し安堵したような雰囲気でそう言った。
野球部にもマネージャーという役割の部員はいたし、他人を支援することが生産職のやりがいに繋がるというのは確かなのだろう。
けれどシャルさんがそのやりがいを感じているかは、また別の話だとも思うのだ。
「で、シャルさんはさっきゲームを全力で楽しんでいる俺たちを支援したいって言ったんだっけ?」
「はい、そうですね」
「俺はそれが少し引っかかったというか……何かそれってシャルさんは俺たちと違って全力でこのゲームを楽しんでいないように聞こえたんだよな。というか最初にクランを作ることに関して俺たちに利益があるとは限らないってシャルさんは言ってたのに、話を聞く限り支援してもらえる俺たちにはメリットしかないように思うんだけど……実際のところどうなんだ?」
「………………」
シャルさんは答えずに沈黙した。
シャルさんが生産を楽しんでいるというのは本当だと思う。初めて会ったときも、生産は覚えることが多くて大変そうだと言った俺に、シャルさんは生産の楽しさを笑顔で語っていた。だからきっとそこに嘘はない。
けれど俺たちを支援したいっていうシャルさんの言葉は、もしかしたら本心ではないのかも知れなかった。
ちなみにハルカたちは俺とシャルさんのやりとりをただ静かに見守っている。口出しするつもりはおそらくないのだろう。
「これは俺の勝手な推測だけど、シャルさんって本当は俺たちのことを支援したいわけではないんじゃないか?」
「でも私は戦闘が得意ではないですし、そもそもが生産職なのでクラン内では支援に回る方が適任なんです」
「確かにシャルさんが言っているのは全部事実なんだろうけどさ、でもそれはシャルさんの意思とは関係ないよな? シャルさんが本当はどうしたいと思っているのか、俺が知りたいのはそれなんだよ」
すでに俺の中にあった疑念は確信に変わっていた。
シャルさんは本心では、支援者ではなく当事者になりたいと思っている。けれどパーティーの人数や職業的な適正を考えて、シャルさんは自分の意思を押し隠した。だから俺はそこに引っかかりを覚えたのだろう。
「私の意思……。私は……チトセさんたちと一緒に強敵を倒して喜んだり、失敗して悔しがったり、そういうこともしてみたいです。もちろん錬金術での生産で挽回はしますから……みなさんに迷惑をかけてもいいですか?」
そうしてようやく俺たちはシャルさんの本心を聞くことが出来た。
もちろん効率や適正といったものも、このゲームにおいては重要に違いない。それでも一番大切なのは、やっぱり自分の意思だと思う。
もちろん現実世界には意思だけではどうにもならないことがたくさんある。けれど幸いなことにこれはゲームだった。意思を持って努力した分だけしっかりと結果に繋がっていく。
非効率的でいい。お利口でなくていい。これは仕事でも学校の勉強でもない。完全に自分たちが好きでやっていることだ。
だったらもっと自由に遊んでみたっていいのだろう。それがゲームの楽しみ方というものなのではないかと、そんな風に俺は思うのだった。