66 クラン
クランというのはプレイヤーが集まるチームみたいなものだ。
ちなみにこのゲームでクランを作るのには特別な条件はあまり必要ない。メンバーを集めて冒険者ギルドに行って登録料を払えば作ることが出来る。
そのクランを作る気はないかという言葉の意味は理解できる。ただその言葉がシャルさんの口から発せられたというのは、少し意外だった。
「クラン自体にはメリットも多いし、確かに今後もこの調子で攻略を進めていくなら、設立するのはありなんだよね」
「そうなのか?」
「うん。例えば同じクランメンバー5人以上でパーティーを組んだ時は経験値やドロップのペナルティが緩和されたりして、大人数での攻略や活動がやりやすくなるのは分かりやすいメリットだね。クランのランクが上がっていくと特典も増えていくし、生産職や採集職にも当然メリットはあるよ」
このLLOというゲームは、基本的にプレイヤー同士で協力しあうこと前提の設計になっていた。戦闘ではタンク、アタッカー、ヒーラーと役割分担がされていて、そのどれか一つが欠けると途端に戦闘の難易度が上がったりする。
素材の収集にしてもアイテムの生産にしても、一人で完結しようとするよりは他人を頼った方が効率的になるように出来ていた。もちろん一人で出来ないわけではないし、シャルさんのように市場や取引を駆使すればその限りではないのかも知れないが、それは特例中の特例だろう。
様々な職業のプレイヤーがそれぞれの個性を発揮しながら協力しあうことが求められるゲームの中で、クランというものが果たす役割はどうやらかなり大きいようだ。
「でもそれをシャル側から提案してくる理由が分からないわね」
「そうだね、それは私も気になるかな」
キリカの言葉にハルカも同意する。ちなみに俺も同じことを思っていた。
確かに生産職にとってもクランはメリットがあるらしいが、それだけがシャルさんの目的だとは思えない。
「というかシャルさんだったら、すでに引く手あまたな気もするけど」
「そうですね。実際にベータテストから正式サービス開始後までの間に、様々なクランからお誘いを受けました」
「それなのに新クランの設立を俺たちに提案するってことは、俺たちと一緒にクランとして活動したいって話でいいんだよな? でも、どうして俺たちなんだ?」
シャルさんはなぜ俺たちとクランを作りたがるのか。
一番の疑問はそこだった。
確かに俺たちが四人でフェリックへの一番乗りを果たしたのは目立った功績かも知れないけど、あれはいくつもの幸運が重なった結果でしかない。
仮に俺の【大声】のような、敵に序盤からスタン効果を与えられるスキルを他の多くのプレイヤーも習得して同じ条件でスタートしていたなら、きっとこうはならなかったと思う。
今はまだ攻略を先行出来ているけれど、すでにその差は一部のプレイヤーによって埋められつつあるし、あと数日もすれば確実に追い越されるはずだ。
というかフェリックへの一番乗りはたまたま攻略可能な条件が整ったから遊び心でやってみようという話になっただけで、計画的に攻略したという話ではない。
最初からクラン単位で計画的にこのゲームをやっているプレイヤーたちに、俺たちが勝ち続けられるはずはないし、最初からそのつもりもなかった。
実際のところハルカたちがどう思っているのかまでは分からないけど、少なくとも今の俺は寄り道とかもしながら自分のペースでこのゲームを遊ぶつもりでいる。効率とかは度外視だ。
だからもしシャルさんが俺たちに、そうしたいわゆるガチで効率的な攻略といった面を求めているのであれば、残念ながら俺たちはそれに応えることは出来ないだろう。
と、俺はそんなことを考えていたのだけれど、しかしシャルさんは俺の想像とは全く別のことを言った。
「初めて会ったときのチトセさんが、凄く楽しそうだったので……この人と一緒にプレイ出来たらきっと楽しいんだろうなって、そう思ったんです」
「あ、分かります! チトセさんって戦闘の動き一つ一つを楽しんでいるのが、後ろから見ても伝わってくるんですよね」
「そうなのか?」
「まあ、そうだね。戦闘は素材や経験値を得るための作業って考えるプレイヤーも少なくないけど、お兄ちゃんは戦闘の中で常に試行錯誤してより良い戦い方を探している感じだし」
「……お兄ちゃん?」
「ああ、言ってなかったっけ。俺とハルカは実の兄妹なんだよ」
「……なるほど、どうりで」
そう言ってシャルさんは俺とハルカの顔を交互に見た。
……どうりで、何なのだろうか。
「確かにチトセと一緒にプレイするのは楽しいわね。こう動いて欲しいと思ったら、しっかりその通り動いてくれるし、連携がスムーズで心地いいわ」
「いや、それが体感できるのは前衛職のキリカちゃんだけだよ」
「確かにそうかもね」
マコトの言葉に、キリカはそう返しながら小さく笑う。そうしてその言葉に続くようにシャルさんが口を開いた。
「ただ私はみなさんのように戦闘はあまり得意ではありませんし、パーティーの人数も役割も揃っている現状だと足手まといになるかと思います。だから私は生産職として、このゲームを全力で楽しんでいるチトセさんたちを支援したいと、そう考えているんです」
「なるほど、それでクランという話になるんだね」
ハルカは納得したようにそう言ったが、しかし俺はシャルさんの言葉に少しの引っかかりを覚える。
その引っかかりの正体は何なのだろうか。俺は自問自答するようにその答えを探すが、すぐには見つからない。
だったら仕方ない、本人に直接訊いてみるとするか。
「ちなみにシャルさんって、このゲームの何を楽しいと思っているんだ?」
そんな俺の不躾な質問は予想外だったのか、それを聞いたシャルさんは少し驚いたように目を丸くするのだった。




