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65 市場の支配者

 リムエストの街の市場エリアに着く。やはりここは今一番人が多い場所というのもあって、かなりの賑わいを見せていた。この喧噪の中でシャルさんを探すのは少し骨が折れそうだ。


「シャルさんにどのあたりにいるかメッセージで訊いてみるか」

「そんなことしなくても、たぶんシャルローネなら定位置にいると思うよ」

「定位置?」

「シャルローネは市場にいるときはいつも決まった位置にいるんです」

「まあそうじゃないと取引とかは申し込めないからね」


 どうやらハルカたちによると、シャルさんはだいたいいつも同じ場所で生産と市場での売買を行っているらしい。


 ということでハルカたちに言われるがまま市場エリアの一角、一等地からは少し外れた場所に行くと、そこには確かにシャルさんの姿があった。


 しかし何だろう。その周辺だけ少し空気が違うというか、あれだけ人がいて賑わっていた場所と同じエリアとは思えないくらい、人の姿もまばらでこのあたりだけしんと静まり返っている。


「シャルさん」

「あ、みなさん。来てくれたんですね」


 俺が名前を呼びかけると、シャルさんは小さく笑みを浮かべてそう言った。


「えっと、まずこっちのパーティーメンバーを紹介した方がいいかな?」

「いえ、全員面識あるので大丈夫です。ハルカさん、マコトさん、キリカさんですよね?」

「ベータテストのときに数回取引しただけなのに、よく覚えてるね」

「記憶力には自信がありますので」


 シャルさんはハルカの問いかけにそう答える。まあ確かにこのゲーム上に存在する膨大な数のアイテムや装備、素材や生産レシピをしっかり覚えていないとシャルさんみたいに有名な生産職のプレイヤーにはなれないだろう。


「それでシャルローネ、さっそく本題に入りたいんだけど」

「そうですね。あと私のことはシャルと呼んでください」

「じゃあ今後はシャルで」

「はい。マコトさんとキリカさんもお願いしますね? さて、それではさっそく本題に、といきたいところなのですが、さすがにここでは人目に付くので場所を変えましょう」

「ん、人に聞かれたくない話なのか?」


 俺がそう尋ねると、シャルさんはくすりと笑って答えた。


「ええ。私こう見えて秘密主義なんです」

「いや、見たまんまだからね?」

「ふふ、冗談です」


 ハルカのツッコミに満足気な表情をするシャルさん。俺もあまりシャルさんとしっかり話をしたことは無かったけど、こうした冗談を言うイメージではなかったから少し驚いた。


 そして同じように思ったらしいキリカが、そのことについて口を開く。


「シャルって冗談も言うのね。以前だと淡々と取引に必要なことだけ話してたから、真面目でお堅い印象だったけど」

「冗談は最近覚えました」


 それもおそらく冗談だろう。


 そんなシャルさんの雰囲気を見て、それまでは少し緊張していた様子のマコトも、何となく親しみやすさをシャルさんに感じたようだった。


「前は何だか少し近づきにくい感じだったから、ちょっと意外です」

「ベータテストの頃は、そうですね。わざとそういう風に振舞っていたので」

「わざと?」

「はい、わざとです」


 シャルさんは俺の問いかけにはただそれだけ答えた。理由を詳しく話すつもりはないらしい。まあまだそこまでの信頼関係は築けていないということだろう。


「それでは移動します。ついてきてください」


 そう言って先導するようにシャルさんが市場の出口に向かって歩き出したので、俺たちはその後ろをついていく。


 しかし人のいない場所なんて、少なくとも今のリムエストの街には存在しないように思う。


「なあシャルさん、これってどこに向かっているんだ?」

「宿屋です」

「へぇ、宿屋なんてあったのか」

「あまり使う機会がないから教えてなかったね」

「宿屋は個室が借りられるんです。といってもゲームが有利になるような効果は何も得られないんですけど」

「まさしく今みたいに、落ち着いて話せる場所が必要なときに使う感じね」


 確かに人目が気になって話に集中できなかったり、他人に聞かせたくない話をする場合には必要なのだろう。それくらい今のこのゲームは人で溢れかえっているのだ。


 そうして宿屋に着くとシャルさんが料金を払って部屋を借りたので、俺たちはその部屋に全員で入室した。


 宿屋とはいうものの、どちらかというと会議室のような雰囲気で、大きなテーブルと椅子が部屋の真ん中に用意されている。


 部屋自体はかなり広く、寝心地の良さそうなベッドも用意されてはいる。といってもゲームの中で寝るつもりはないというか、たぶんVRゲーム機の仕様的にも眠るのは不可能なので寝転がるのがせいぜいだろうけど。


「お好きなところにかけてください」

「ああ」


 そう言われて好きなように座ると、自然に俺たち四人とシャルさんが向かい合う形になった。ちなみに俺たちの並びは俺の左にハルカ、右にマコト、その右にキリカという順番だ。


「それではみなさん、改めまして。今回は急な呼び出しに応えていただいて、本当にありがとうございます」


 シャルさんはそう言うと丁寧に礼儀正しく頭を下げた。


「シャルさんから呼ばれるなんて予想外だったから俺も驚いたよ」

「そうですね、私もこういったことをするのは初めてのことです」

「でも市場の支配者であるシャルが今の私たちに用があるとしたら、確実にフェリックへの一番乗りに関することだよね?」

「一つ目はそうですね。西側に渡れるみなさんにいくつか調達していただきたい素材があります。報酬は相場より高めに設定しますので、その素材を手に入れた際には市場に流すのではなく私に直接納品していただけないか、という相談ですね」

「ちょっと確認したいんだけど、それってさっきみたいに俺たちが市場に流したものを買うのではダメなのか?」

「ダメというわけではないのですが、私も常に全ての素材の出品を把握できるわけではないので、同業者たちに先を越される可能性がそれなりにあります。先ほどチトセさんたちが出品した素材を購入出来たのも、単なる偶然ですので」

「だから少し多めにお金を出してでも確実性が欲しい、ということね」

「そうです」


 キリカの言葉にシャルさんが同意した。


 そうしてこちらのパーティーメンバーはシャルさんの話について簡単に相談する。といっても全員の意見は最初からほぼ一致していたけど。


「私たちとしては高く売れるなら素材の売り先はこだわらないから、その話を受けるのは充分にありだね」

「そうだな」


 特に損をするわけではないというかむしろ金銭的には得をするし、素材を即座に、そして確実に換金出来るという点も俺たちにとっては美味しい話だろう。


 ということでこの話についてはあっさりと決まり、俺たちとシャルさんの間で取引が行われることになった。


「みなさん、ありがとうございます」

「こちらこそ。……でもシャルさんは、一つ目はって言ってたからまだ他にも話はあるんだよな?」

「……はい、そうです。ただこちらの話はみなさんにとって、必ずしも利益があるとは限らないのですが……」

「まあとりあえず何でも言ってみてよ」


 少し言いよどむようにするシャルさんに、ハルカがそう言って続きを促した。


 そうしてわずかな沈黙の後に、シャルさんは意を決したように口を開く。


「――みなさん、クランを作る気はありませんか?」


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