64 心配性のハルカ
俺たちは一旦フェリックを離れ、リムエストに戻ることにした。
また道中でスパイクビーストに襲われたが、しっかりとしたパーティーの連携で問題なく対処する。このドロップアイテムもまた高く売れるのだと考えると、時間が出来たらそれを目的に狩りをしてもいいかもしれない。
そうして橋を渡ると一気に安全になる。モンスターはちらほらと見かけるが、向こうから襲い掛かってくるのはそれほど多くないし、仮に襲われても今の俺たちなら一撃で倒せるレベルだった。
そんな風に少し気楽な感じで俺たちは雑談しながら歩いていたが、そこでふと俺はハルカが真剣な表情をしていることに気付く。
「ハルカ、どうかしたのか?」
「ん……ちょっとね」
これは別に機嫌が悪いというわけではなく、単に考え事をしているときのハルカだ。
普段なら考え事の邪魔をしてはいけないと思うところだけど、ハルカが今考えているのはおそらくシャルさんのことだろう。
それだったら俺が話を聞いてみた方が、もしかしたら上手く考えがまとまるかも知れない。
「シャルさんのことか?」
「うん……お兄ちゃんはゲームを始めて二日目にシャルローネとフレンドになったけどさ、それって本当に偶然だったのかな? って考えてた」
「いや偶然だろ? 俺がモンスターに襲われてるシャルさんを助けたのは」
「そこはそうだね。シャルローネが格上のモンスターに襲われて困ってたのは事実で、そこをお兄ちゃんが助けたのは偶然。けどフレンドを申し込んできたのはシャルローネの方からなわけで、そこにはシャルローネの意思があるよね。……今までは一切フレンドを作らなかったのに、何でシャルローネはお兄ちゃんとフレンドになろうと思ったのかな?」
「何でって、本人はいつか助けてもらったお礼がしたいから、って言ってた気がするけど……というかハルカは一体何をそんな風に考えているんだ?」
俺には今のハルカがどういったことを考えているのかよく分からなかった。
「うーん、たとえばだけどさ。お兄ちゃんがフェリックへの一番乗りを果たすってその時点で分かっていたら、先行投資ではないけどシャルローネが利益のためにお兄ちゃんとフレンドになろうとしてもおかしくないよね。まあそれはちょっと無茶な仮定だけど、それでもお兄ちゃんの実力をあの時点である程度見抜いたとすれば、シャルローネはお兄ちゃんに利用価値があると判断するはずなんだよ」
「えっと、つまりハルカは、シャルさんが俺とフレンドになったのは俺を利用するためって言いたいのか? うーん、さすがに考え過ぎだと思うけどなぁ」
「もちろん私もそう言い切るつもりは全く無いよ。ただ今考えていたのはそんな感じってだけで、もしかしたらそういう可能性もあるのかもって程度だし。まあでもお兄ちゃんから見て良い人に見えたなら、シャルローネは本当に良い人なんだろうね」
そう言ったハルカは「考え過ぎるのは悪い癖だよね」と少し自嘲するように笑った。
確かにハルカは昔から答えが出ないことを考え過ぎてどうにも動けなくなることがたまにあったように思う。
「でもお兄ちゃんはまだ自覚してないけどさ、すでにチトセというプレイヤーには大きな利用価値が生まれているんだよ。そうなるとお兄ちゃんの周りにはこの先いろんな人が集まってくる。でもそれって、みんながみんな良いプレイヤーばかりじゃないんだよね」
「まあこのゲームをやっているプレイヤーにはいろんな人がいるだろうしな」
「そうだね。私はお兄ちゃんがゲーム内で交友関係を広げていくのは良い事だと思うし、そうやってゲームを楽しんで欲しいとは思うけど……そうして寄ってきた悪質なプレイヤーにお兄ちゃんが嫌な思いをさせられるのは、やっぱり嫌だからね」
「ハルカが嫌って、それはどうしてだ?」
「どうしてって、だってそれでお兄ちゃんがゲームを嫌いになってやめちゃったら、一緒に遊べなくなっちゃうし」
「……ぷっ、ははは! 相変わらず心配性だな、ハルカは」
俺はそう言ってからかうようにハルカの頭を撫でる。昔だったらすぐ抵抗されて怒られていたのだけど、何故か今回はそうならなかった。
そのせいで俺はやめるタイミングを逃してしまい、そのまましばらくハルカの頭を撫で続けていた。
「……お兄ちゃんに」
「ん?」
「お兄ちゃんにこうして頭を撫でられるの、二年ぶりくらいだよね」
「そうだっけ?」
ハルカとは一年半近く会っていないから、最後から数えると確かにそれくらい経っているかも知れない。
ハルカは何か言いたそうな目でこっちをしばらく睨むように見ていたが、そのうちどこか呆れたような雰囲気で大きなため息をついた。
「変わらないよね、私たち」
「それは良い事なんじゃないか?」
「どうなんだろうね」
そんな風に意味があるような無いような会話をしながら、俺とハルカはお互いに笑い合うのだった。