56 ジェフ戦3
ジェフが【グラウンドブレイク】を発動すると、次の瞬間発生した衝撃波によって俺たちはそれぞれ訓練場の端まで吹っ飛ばされる。しかも同時に大きなダメージも受けていた。
回避不能の全体攻撃でノックバック効果まで付いているというのは、かなり強力な攻撃だろう。
しかし全員の体力状況を確認してみると、耐久力が低いはずのハルカやマコトの方が受けているダメージは小さかった。どういうことだろう。
「ジェフの【グラウンドブレイク】は回避出来ない代わりに、距離で威力が減衰する特殊な攻撃なんだよ。だから最初から遠くに立っていた私やマコトは受けるダメージが小さくて済んだってことだね。ちなみに至近距離でアレの直撃を受けると問答無用で即死だから助からないよ」
そんなことを少し脅かすようにハルカは言いながら、ヒールの魔法で味方を回復していく。
即死と聞くと恐ろしい気もするが、さすがにあれだけ大きな咆哮とモーションがあれば直撃を食らう心配はないだろう。それより注意しなければならないのは、他にもあるはずのアビリティによる特殊な攻撃手段だ。
ハルカたちはジェフの他の攻撃パターンも全て知っているのだろうけど、今回に限ってはその全部を教えてはくれなかった。
大まかな戦い方は教えてくれたが、実際にどう動くかという細かい部分に関しては俺の裁量に任されている雰囲気だ。たぶんジェフとの戦いを俺が楽しめるようにという配慮でもあるのだろう。
実際ジェフはモンスターではない人間キャラクターということもあってか、かなり豊富な行動パターンを持っていて、それをしっかり見ながら一つずつ対処していくというのは思っていた以上に楽しい。
トロールと一人で戦ったときのように、自分で考えてゲームを攻略をする楽しみみたいなものを、俺は今も確かに感じていた。
「チトセ、行くわよ!」
「ああ」
キリカに言われ、俺は再度ジェフへと距離を詰めるために走り出す。今の俺たちは吹っ飛ばされたことで隊列が崩壊しており、それを好機と見たらしいジェフは一直線にハルカへと向かって突進していたのだ。
「させるか!」
キリカより素早さのステータスが高い俺が先にジェフの元へとたどり着いたので、そのまま妨害を仕掛ける。槍で攻撃を仕掛けると、ジェフはしっかりと足を止めてその攻撃をハンマーで弾き、そのまま反撃に転じてきたので俺はそれを回避する。
正面からジェフに攻撃を仕掛けてもこうして無効化されてしまうが、俺の目的は最初からジェフの足止めだけなのでこれでいい。それにこうしている間にもマコトの魔法がジェフに対して少しずつだがしっかりとダメージを与えている。
そういえばゴブリンなんかは【ファイアボール】の爆風でのけぞっていた覚えがあるけど、ジェフは魔法を被弾しても全くよろけたりしない。まるではぐれゴーレムのような頑丈さだった。
その後ジェフは攻撃で俺を狙ってくるが、これも俺は回避する。そしてジェフの攻撃後の隙を確認した俺は正面から、キリカは背後からジェフに対してアビリティで攻撃を仕掛けた。
「【二段突き】!」
「【ファストスラッシュ】!」
挟み撃ちの形でしっかりと攻撃が入り、そのままの流れで俺とキリカはポジションを入れ替える。
今のようにハルカを守るために状況に応じて俺がジェフの正面に入ることもあるが、基本的には防御力が高く攻撃力が低いキリカがジェフの正面でやり合い、攻撃力の高い俺がクリーンヒットの狙いやすい立ち位置にいる方が安全でダメージ効率も高くなる。
それにしてもこうしてアイコンタクトだけで何も言わずにポジションのスイッチに成功すると、上手く連携を取れているということが実感出来て楽しくなってくる。
そんなことを思っているのは俺だけかと思っていたが、よく見てみるとキリカも小さく笑みを浮かべていて、確かな手ごたえを感じているようだった。
キリカとはこのゲームを始めてから知り合ったので、俺は彼女のことをほとんど知らない。かろうじて知っているのは俺の三学年上で二十歳の大学二年生ということくらいか。
しかしそれでも今この瞬間の俺は、ゲームでの戦いを通じてキリカの思考や行動の意図を確かに感じ取れていた。
何とも言えない不思議な感覚。でもこれこそがパーティーでゲームを攻略するということなのかも知れない。
その後もしっかりと必要に応じてポジションをキリカと入れ替えながら、二度三度とジェフの【グラウンドブレイク】で崩された隊列を立て直してハルカを守りながら戦い、確実にジェフの体力は削れていった。
ちなみに与えたダメージに関してはずっと黙々と魔法で攻撃しているマコトが多くの割合を占めていた。マコトの魔法は俺やキリカの近接攻撃と違い、ジェフによって弾かれることがなく、常にしっかりとダメージに繋がっていたからだ。
マコトの主な攻撃手段である【ファイアボール】は追尾性が特に高く、安定した命中率を誇る魔法ということもあってか、ジェフがそれの回避に成功することはほとんど無い。
それにしてもマコトはこの戦闘中に一度も喋らず、ひたすら魔法や【魔法陣】などのバフアビリティを最高効率で使用しているだけだった。
ただそれはマコトの真剣な表情を見る限りあくまでも集中しているだけで、退屈を感じているとか機嫌が悪いといったわけではないようで少し安心する。
きっとマコトなりにどれだけダメージを出せるかという部分で、ストイックにチャレンジしながらゲーム攻略を楽しんでいるのだろう。
そうこうしているうちにジェフの体力は残り5%を切っていた。
そろそろ倒せる――そう俺が思った次の瞬間、ジェフは飛び跳ねる形で俺たちから距離を取り、口を開く。
「ははは、最高だぜ! まさかここまで出来るとはな!」
やはり俺たちのことを褒めるジェフ。ただし、まだこれで終わりではないと言外にほのめかすような言い方にも聞こえた。
「だがこの先の未開拓地域で生き抜くために、冒険者に一番必要なものを持っているかどうか……それを最後に確かめさせてもらおう!」
そう言うと同時にジェフは目に見えるほどの闘気を身に纏い、ゆっくりとハンマーを構えるのだった。