53 ヒヨリとの再会
ハルカたちと一緒にリムエストの街に戻ると、そこで俺は偶然ヒヨリを見かけた。
「ん、お兄ちゃん知り合い?」
「ああ、昨日話したダンジョン周回手伝ってくれた友達。ちょっと挨拶してもいいか?」
「もちろん」
ハルカたちは快諾してくれたので、俺はそのままヒヨリに近づいて声をかける。
「よう、ヒヨリ」
「あ、チトセさん。こんにちはっす! ……後ろの方たちはお友達っすか?」
「ああ。こっちからハルカ、マコト、キリカだ」
「皆さん初めまして、自分はハンターをやってるヒヨリっす。チトセさんとも昨日知り合ったばかりなんで、もし良かったら皆さんも自分と仲良くしてくれると嬉しいっす」
「ヒヨリ……ってもしかしてGramさんのところのクランメンバーの?」
ヒヨリの自己紹介を聞いたキリカがそんなことを尋ねる。
「Gramさん?」
「ベータテスト時代の最前線攻略組の中でも、一番有名だったクランのリーダーがGramさんです」
「色々な情報を掲示板で惜しみなく公開してくれる人だったから、ゲーム中でもファンが多いプレイヤーだね」
「へぇ……ハルカたちもファンなのか?」
「私は別に、だね。情報をくれる便利な人だとは思ってたけど」
なるほど。俺はよく知らなかったが、とりあえずゲームの中にもそうした有名人がいるものらしい。そしてヒヨリもその有名人のクランに所属していたメンバーとして名前を知られていたようだ。
あれ、でもそういえばヒヨリはクランを抜けたとか言っていたような覚えがある。なんてことを俺が考えているうちに、ヒヨリがキリカの問いかけに応えていた。
「そうっすよ。といってもそのクランは一昨日に脱退したんすけどね。あ、別に揉めたとかじゃないっすよ?」
「それは別に誰も疑ってないと思うけどな」
「そうだね。あそこはガチ攻略系のクランでも珍しくギスギスしてないって評判だったし」
「それよりチトセさんたちは、今日は何をしているんすか?」
「俺たちは西の街への通行許可証を手に入れようってことで、連続クエストをやってる最中だな」
「ああ、なるほど。確かGramさんたちが一番乗り目指してたけど、見た感じだとチトセさんたちの方が早そうっすね」
「そうなの?」
キリカが聞き返す。
「ええ。あそこは鈍器職がようやくスタン技を覚えてはぐれゴーレムが狩れたみたいで、課題だった火力不足が解消してスタートラインに立ったところらしいっす。一応8人攻略でレベル不足は補うつもりなようっすけどね」
8人攻略というのは、文字通り8人でパーティーを組んでクエストを攻略することを言うらしい。このゲームは一応8人までパーティーを組めるが、5人以上のパーティーは1人増えるごとに経験値やドロップアイテムが少なくなるペナルティがある。
ただしそれはクエストの達成や報酬には特に影響しないので、ドロップアイテムが目的の狩りでなければ8人でパーティーを組むことにはデメリットがあまりない。
なのでクエストをクリアしたいだけの場合は8人攻略というのは比較的よく行われるものらしい。
「え、じゃあ何で俺たち4人で攻略してるんだ?」
「私たち友達少ないので」
俺の問いかけにはマコトがすぐそんな冗談で答える。
「ははは、そんなまさか」
「お兄ちゃん、それがあながち冗談でもないんだよね。私たちってベータテスト期間は学校があったからあまり活動時間が取れなくてさ、貴重な時間はほとんど攻略に当ててたのもあって、プレイヤーとの交流はほとんど出来てないんだよ」
「その攻略も最前線からは結構離されてましたし」
「そういえばあの頃はハルカもマコトも、テスト期間になると昼には帰れるからって、逆にイン率が上がって私は心配したりもしたわね」
キリカは少し懐かしむような雰囲気でそう言った。
テスト期間にそれは問題があるのかも知れないが、俺も野球をしていた頃はずっと同じようなことを繰り返してきたので何も言えない。
それに昔から頭と要領の良いハルカなら俺とは違って、それでも問題なく成績は維持しているはずだった。
「あれ、お兄ちゃんって……もしかしてチトセさんとハルカさんは、実の兄妹だったり?」
「そうだよ」
「ああよかったっす、チトセさんが趣味でそう呼ばせているとかじゃなくて」
特に隠すつもりもないようで、ハルカは普通に俺との関係をヒヨリに教えた。
というかヒヨリは俺を一体何だと思っているのだろうか。まあ冗談なのだろうけど……冗談だよな?
「それでヒヨリは今何をしてるんだ?」
「私は相変わらず装備集めっすよ。チトセさんと集めた素材で作れた合成弓のおかげで、狩りの効率が一気に上がったんで。やっぱり火力は正義っすね」
見てみるとヒヨリはLv.11と順調に育っていて、装備も全体的に強く更新されていた。防御面をあまり考慮しなくていい遠距離職ということもあってか、防具も攻撃力の上昇幅が大きいタイプの皮装備で統一されている。
このゲームは同ランク帯にも防具は複数のタイプが存在しており、それぞれどのステータスが重点的に伸びるかが違ってくる。俺のマジックレザー装備は攻撃力も防御力も平均的に伸びる上に、魔法防御力も上がる少し特殊なタイプ。
一方でヒヨリのは攻撃力の伸びが大きい代わりに防御力がそこまで伸びないタイプだった。防具なのに防御力が伸びないというのも不思議な話だが、おそらくゲームというのはそういうものなのだろう。
そしてヒヨリはアクセサリーも見覚えのない髪飾りをつけている。明るい水色の髪に映える金色の小さなものだ。
「ヒヨリのその髪飾りかわいいな」
「そうっすか? これ結構性能の良いレアドロップで、さっき手に入れたばかりなんすよ。アビリティの再使用時間が短縮されるから、デバッファーには嬉しい装備っす。こういうレアドロップを狙うのが個人的には好きなんすよね」
「……チトセさんがかわいいって言った」
「ん、マコト、何か言ったか?」
「い、いえ、何も!」
マコトが何かボソッっと呟いたような気がしたが、特に重要なことではなかったようで言い直すことはなかった。
ヒヨリとしては、自分のためのレアドロップをひたすら狙うようなプレイが難しかったことも、クランを脱退した理由の一つなのかも知れない。
「……ねえハルカ、チトセってもしかしてアレなの?」
「いやー、どうなんだろうね? 昔から野球一筋でそういう浮いた話って無かったから私も把握してないんだけど……もしかしたらそうなのかも」
後ろではキリカとハルカもボソボソと小声で何かを話していたが、そっちもよく聞こえない。まあ大事なことなら俺たちにも聞こえるように言うだろうし問題はないか。
「あ、そうだ。もし良かったらみなさん私とフレンドになってくれませんか?」
「ぜひお願いします!」
ヒヨリのお願いに、珍しくマコトが誰よりも早く反応する。その勢いにハルカとキリカが苦笑いしていたのが印象的だった。
そんなマコトに続いて、ハルカとキリカもヒヨリとフレンドになったようだ。
「それじゃあ皆さん、クエスト頑張ってください。一番乗り応援してるっすよ」
「ああ、ありがとう」
そう言って俺たちはヒヨリと別れて、クエストのために冒険者ギルドに向かって歩き出す。
クエストなら5人パーティーでもデメリットは特にないので、ヒヨリを誘っても良かったのだけど、仕様的に連続クエストはパーティー全員が同じ進度まで進めていないと一緒に出来ないらしい。
残念ながらヒヨリはこの連続クエストにはノータッチらしいので、誘うことは出来なかった。
とはいえ俺たちとしても、誰も口には出さないしそこまでこだわりがあるわけでもないのかも知れないが、それでもこの4人だけで一番乗りすることには意義があるだろう。
そんなことを考えているうちに、俺たちはジェフが待ち構えている冒険者ギルドに到着するのだった。