50 デバフの有用性
西門から出てまっすぐに街道を進み、結局最初に馬車の車輪を見つけた場所まで戻ってきてしまった。
そこにジェフと、その補佐を務める少年のスフェンが何やら調べものをしている雰囲気で立っていた。その二人の足元が赤く光っている。そういえば赤い光というのは今までに見たことがない。何か違うのだろうか。
「あの赤い光は戦闘があるイベントってことだよ」
「ああ、なるほど」
俺の疑問を先読みしたかのようにハルカが説明してくれた。つまり危険なのでしっかり準備するように警告の意味を込めた赤色のようだ。
といっても俺たちは最初から準備万端でここに来ているので、さっさとイベントを進めてしまうことにした。
「おう、お前たちも来たか」
来たかって、ここに来たのは二度目なんだが。
そうツッコミを入れたい気持ちを抑えて、俺たちはジェフの話を聞く。というかイベントは基本的に勝手に進んでいくのでツッコミの入れようもないのだけれど。
「ここに馬車の車輪が一つだけ残されていた。しかしそれ以外は馬車の本体も積み荷も乗組員も、一切が跡形もなく消えている……スフェン、お前はこれを見てどう考える?」
「少なくとも人間の仕業ではないでしょうね」
「ほう、それは何故だ?」
「色々理由はありますけど、まず馬車の車輪だけ残っているということは、馬車は大破したということです。大破した馬車を証拠隠滅のために運ぶような大掛かりなことをできる犯罪組織は、現状この大陸では確認されていません。それに人間ならこうも分かりやすい車輪を見落とすとも思えませんし」
「となるとモンスターの仕業か……しかしそうだとしても、馬車を跡形もなく消し去れるようなモンスターなんぞ……いや、いるな」
「ええ。おそらく標準的なサイズではない変異種だと思いますが――」
「――スフェン!」
ジェフと会話をしていたスフェンの背後に、突如そのモンスターは姿を現しスフェンへと襲いかかる。それを間一髪ジェフがかばう形でしのぐ。
「やはりスライムか!」
ジェフはその巨大なモンスターの姿を確認してそう言った。
スライムは透明でねばねばとした肉体を持っている。その不定形の肉体を生かして地中にでも潜んでいたのだろうか。
「ジェフさん! もう一体います!」
「何だと!? ……すまないがお前たち、そっちの一体を任せてもいいか?」
尋ねる形だったが、もちろんゲームの進行の都合上拒否権はない。というか現実でこの場面に出くわして断れる人間は相当メンタルが強いと思う。間違いなくリリーフエースの素質がある。
「お兄ちゃん、スライムだからって油断しちゃ駄目だからね?」
「ああ、もちろん。でも何でスライムだと油断すると思うんだ?」
あの不定形の体がどんな攻撃手段を持っているのか俺には想像できないし、攻撃も通りにくそうだから見るからに厄介そうなのだけど。
「なるほど、チトセは普段ゲームをしないから、スライムに対する先入観がないのね」
「チトセさん、スライムって大抵のゲームでは雑魚モンスターの代名詞なんですよ」
「ああ、そういうことね」
「けどこのゲームだと結構優遇されているというか、色んな状態異常攻撃を使ってきたりして一筋縄ではいかなかったりするんだよ」
とりあえず目の前の巨大なスライムは、厄介なモンスターということで間違いないらしい。
「ちなみにあのヒュージスライムは物理にも魔法にも強くて、全体的に攻撃が通りづらいからアタッカーはとにかく頑張ってね」
「え、それってずるくないか?」
それはつまり弱点がないということだよな。
「デバフがあれば攻撃もある程度通りやすくなるんですけど、私たちのレベルだと誰も使えないんですよ。アビリティがデバフに寄ってる射撃職とかなら、この時点でも二種類くらいデバフがあるんですけど」
射撃職というとヒヨリがそうか。確かにヒヨリは【ヘヴィアロー】でデーモンエグゼクターの物理防御力を下げながら戦っていた。まあデーモンエグゼクターは元々そんなに堅くないから、そこまで目に見えて効果はないという話だったけど。
そういえばこのクエストの推奨レベルは20だった。俺たちのレベルは12~13なので、覚えているアビリティ的には誰もデバフが使えなくても不思議はないのか。
「製作者側としては、このクエストでデバフの有用性を学ばせたいみたいなんだよね。特に防御デバフは割合で防御力を下げるから、堅い相手ほど効果は大きいし」
「そこまで分かってて力押しするんだな、俺たちは」
「あはは。まあそこは一番乗りしようと思ったら多少の無茶はしないとね」
何にせよハルカたちはこのヒュージスライムもデバフ無しで倒せると判断したのだから、おそらく問題はないはずだ。
俺としてもデモンズスピアの強さをハルカたちにお披露目するいい機会だろう。道中の雑魚はおそらくゴブリンランスでも一撃というレベルだったし。
そんなこんなで準備を整えた俺たちは、タンク役のキリカが先陣を切ったことでヒュージスライムとの戦闘に突入した。




