5 アビリティ
「せいっ!」
俺はゴブリンランサーの攻撃を避けながら、逆に槍で攻撃し返す。
その感触は貫いたとか刺したとかいうよりは、肉を削ったという方が近い。当たり所が良くないのか、とにかく致命傷ではないようだった。
「キリカ! ハンターがそっち狙ってる!」
「分かってる、けどっ……くっ!」
ハルカの声を聞いてキリカはゴブリンハンターの攻撃に対処しようとしたが、ゴブリンファイターとの戦闘中ということもあって、ハンターの矢を被弾してしまった。
ゲームだから血こそは出ていないが、それでも肩に刺さった矢が痛々しく映る。
ハルカは即座にヒールでキリカを回復するが、しかし何やら様子がおかしい。
「あれ、キリカちゃん、麻痺してる!」
「うそ、ゴブリンハンターって状態異常攻撃してくるようになったの? 私まだレベル1だから状態異常治せないよ」
よく分からないが、キリカが食らった矢には麻痺する毒のようなものが塗られていたようで、ハルカはまだそれを治せないらしい。
「もしかしてピンチか?」
「だね……そうだお兄ちゃん、さっき戦闘の基本で最初に説明したアビリティってあるよね?」
「ああ、あるな」
「これイチかバチかなんだけど、【ウォークライ】を使って敵全部のタゲ集めてもらってもいい?」
「おっけー」
ウォークライというのは雄叫びのことで、大きな声を上げて敵を威嚇する効果があるらしい。使用すると敵全体から狙われるようになるので味方を守れる一方、集中攻撃を浴びることになるので使いどころを間違うと逆に自分がすぐ倒されてしまう恐れもあった。
なので最初のうちは誰かの指示があるとき以外が使わないように言われていたアビリティだ。この状況でそれを使えということは、キリカの麻痺が時間経過で解けるまで俺が囮になって耐えろということに違いない。
実際のところ初心者の俺が集中攻撃を受けて耐えきれるかは怪しいが、それでも今はそれが最善だとハルカは判断したらしい。
ということで俺は迷わずアビリティの【ウォークライ】を使用する。
すると――。
「あれ、チトセさんの【ウォークライ】で敵が怯んでますよ……?」
「……あ、もしかして【大声】の追加効果?」
「えっと、これ俺はどうすればいいんだ?」
「お兄ちゃんチャンスだよ! 目の前のランサーを倒して!」
ハルカの声を聞いて、俺はすぐさま動きを止めたランサーの喉元に自分の槍を突き刺す。
すると今度はさっきまでと違い、明確な手ごたえがあった。
・ゴブリン族の討伐数 2/10
通知が出る。どうやらランサーはこれで倒せたようだ。
しかし落ち着く暇もなく、怯み状態から回復したファイターとハンターが次の瞬間一斉に俺の方に目掛けて攻撃を仕掛けてくる。
俺は飛んできたハンターの矢を何とか回避するが、その先に回り込んでいたファイターから攻撃される。それを何とか槍で弾いて防ぐ。
間一髪だったが、何とか攻撃を受けずに済んだ。けれどこのままでは反撃することは難しい。
と、そんな風に考えていると、後ろの方からマコトの声が聞こえた。
「いきます! 【ファイアボール】!」
マコトがそう言うと、杖の先から発生した二つの火の玉がファイターに向かって飛んでいく。
高速で飛来する火の玉を、ファイターは避けることも出来ずに被弾する。
「お兄ちゃん、今!」
「よし、任せろ!」
爆風の衝撃で大きくのけぞったファイターに、俺はすかさず槍を突き刺す。
・ゴブリン族の討伐数 3/10
通知が出た。ということはあと残すはハンターの一体だけだ。
そう思ってハンターの方に向き直ると、ハンターはすでに弓を構えて攻撃体勢に入っていた。
しかも狙いは俺――ではなく。
「マコト! 避けて!」
「む、無理だよ!」
さっきの魔法を見てハンターは俺よりもマコトの方が危険だと判断したらしい。
マコトは魔法を放った直後ということもあるが、職業的に元々の回避能力が低いこともあって避けるのは難しいようだった。
マコトの魔法使いという職業は遠距離から強力な攻撃が可能だが、その一方で極端に打たれ弱いという弱点があった。また移動をすると魔法の詠唱がキャンセルされることもあって、戦闘時の位置取りがとにかく難しいらしい。
また攻撃能力の高さから敵にも狙われやすく、攻撃するタイミングなんかも重要だという。
そんな風に魔法使いは攻撃面に優れるが、防御面に大きな弱点を抱えている職業だとハルカは言っていた。
ちなみにLv.1で初期装備の今のマコトだと、ハンターの矢でさえ当たり方が悪いと即死しかねないらしい。
そんなマコトに向かって、ハンターの矢が放たれる。
射線に入ってかばうのはぎりぎり間に合いそうにない。
なので俺はイチかバチか、両手で握った槍を矢に向かって強く振りぬいた。
「よし、当たった!」
「え、嘘……チトセさん、凄い!
「槍でパリングって……いや今はそれより、お兄ちゃんハンターを!」
「よし任せろ!」
俺はそのまま走ってハンターに近づき、槍を一突きする。
ハンターはファイターやランサーと違って打たれ弱いようで、防御行動も取らなかったので一撃で倒すことが出来た。
・ゴブリン族の討伐数 4/10
これで敵は全滅したので、とりあえずは安全が確保できただろう。
そんなことを思うと同時に、何やら別の通知が出る。
・レベルアップ Lv.1 → Lv.2
「お、レベルアップって出たけど」
「うん、私も出たからたぶんパーティー全員そうだね」
ちなみに今上がったのはキャラクターレベルという方らしく、ステータスが全体的に上昇する他、職業ごとに使えるアビリティなども増えていくようだ。
俺も今のレベルアップで新しいアビリティの【二段突き】を覚えた。文字通り二回突く攻撃が出来るらしい。アビリティはクールタイムがあって連発は出来ないが、ここぞというチャンスに攻撃を集中させればかなり有効だとハルカが解説してくれた。
「そうだキリカ、ごめん。せめて毒消しや麻痺治しくらいは街で買っておくべきだったね」
「いや、あれはファイターの攻撃よりは安いと思って矢を食らった私のミスだから……というかゴブリンハンターの矢に状態異常がついてるとは思っても見なかったし」
「というかチトセさんが最初にメイジを倒してくれてなかったら、いきなり全滅してましたね」
「確かに。さすが私のお兄ちゃんだね」
「いやハルカは関係ないでしょう?」
その後も、三人娘は口々に俺のことを褒めてくれる。少し持ち上げすぎな気もするけど、まあ褒められたら当然嬉しい。
「でも最後のパリングは、本当にびっくりしました」
「というか、確か槍ってパリング補正マイナスに振り切れてなかったっけ?」
「そう。だから私は剣を選んだんだけどね……」
しかしどうやら槍で矢を叩き落とすのはこのゲームの常識だと考えられないことらしい。
まあ実際あの矢は200km/hくらいの速さは出てただろうし、俺も毎回叩き落せる自信はさすがにないのだけど。
「あ、そういえばドロップアイテムどんな感じ?」
「人獣の骨とか皮とか普通の素材がそこそこと、あとゴブリンランスが落ちてるわね」
「お、ラッキー。さっそくお兄ちゃんに回そう」
「え、何?」
「お兄ちゃんこの槍、特別レアでもないしそこまで強くはないんだけど、初期装備よりはだいぶマシだから装備してみて」
「ああ、でも俺が貰っていいのか?」
「チトセさん以外に槍を使う人はいませんし、それにチトセさんが強くなればそれはパーティー全体の強さに繋がりますから」
「そゆこと。だからお兄ちゃん遠慮しないでいいよ。まあこれが全員装備出来る防具だったらダイス振って全力で取り合いだけどねー」
「ハルカのダイス運の強さにまた泣かされる日々が始まるのね……」
どうやら俺が貰うのがベストだと全員の考えは一致しているらしい。
そういうことならと、俺も遠慮せずに貰ったゴブリンランスを装備してみる。
すると攻撃力だけでなく、HPや防御力、他にも素早さなどのステータスが上昇していた。
「このゲーム、キャラクターのレベルも重要だけど、それ以上に装備によって得られるステータスが大きいんだよね。だからいい装備を手に入れて、強い敵を倒せるようになって、またいい装備を手に入れて、って感じで装備を整えてどんどん戦える敵と攻略できるエリアを増やしていくのが当面の目的だね」
「……なるほどなぁ」
つまり強い装備を手に入れれば、それだけで強くなれるということだ。
そう聞くと何だか少しずるい気もしてくるが、強い装備を手に入れるためにはそれ相応の苦労と努力が必要になることが今の戦闘だけでも分かった。
努力をして成長し、少しずつ強くなる。それは現実で俺が今までやってきたことと何も変わらない。
それに何より、こうして数字で目に見えて成長を実感できるというのは、俺にとっても分かりやすい楽しさだった。
それは一生懸命練習して、球速が1km/h速くなるたびに大喜びしていたかつての日々と近い感覚だ。
今まで俺はあまりゲームをやったことはなかったが、だけど今なら少し分かる気がした。
――ゲームって、楽しいな。