46 一番乗りを目指して
翌日の昼頃に俺がゲームにログインすると、すでにそこでハルカ、マコト、キリカの三人娘が待ち構えていて、俺の姿を確認するなりハルカが芝居がかった声で全員に言う。
「えー、今日皆さんに集まってもらったのは他でもありません」
「いやハルカ、皆さんっていつものメンバーだろ?」
どうにもわざとらしい雰囲気のハルカに、俺は思わずツッコミを入れてしまう。
「もうお兄ちゃん、話の腰を折らないでよ。今後の方針についての大事な話なんだから」
「今後の方針?」
「チトセは知らないかも知れないけど、このゲームのプレイヤーに与えられた最大の目的は、大陸にかつて栄えた伝説の文明が何故突如滅びたのか、その謎を探ることなの」
「だからゲーム名も『Lost Legend Online』……そのまま『失われた伝説のオンライン』なんです」
そういえばゲームを始めた直後にそんな世界観の説明があったような気もする。
「といってもまだサービス開始直後だし、どんなに頑張っても謎を全て解き明かすことは無理なんだけどねー」
「え、どうしてだ?」
ハルカの言葉に俺が疑問を投げかけると、代わりにマコトが答えてくれる。
ちなみにマコトも以前から装備が更新されており、とんがり帽子と黒いローブを身にまとっていた。見た目からも魔法使いだと一目瞭然だ。
「それはまだクエストやダンジョンなどが全部実装されていないからです。今後のアップデートで少しずつコンテンツやアイテムが追加されていって、同時にプレイヤーが得られる情報や体験も少しずつ増えていくようにこのゲームは運営されていくんです」
「へぇ、それは知らなかった」
どうやらMMORPGは古くからこうした運営形態であることが多かったらしく、それはVRMMOの時代になっても本質的には大きな違いはないのだという。
すでに完成された世界で遊んでいるのだとばかり思っていたけど、この世界は今後も少しずつ成長していくようだ。
そうして俺がゲームの理解を深めていると、キリカが補足の説明をしてくれる。
キリカも例にもれず、銀色に輝く金属の胸当てやズボン、ブーツにガントレットなどに装備が更新されていた。シルエットがスマートで、キリカの凛々しい雰囲気によく似合っていた。
「そうしないとすぐにゲームクリアしちゃう人とかも出てきちゃうから、長くゲームを続けてもらいたい運営としても困るってことね。ということでメインの目的は謎を探ることだけど、その全部はゲーム的に出来ないって話で……それじゃあ私たちは何をするのか? というのが今回の議題ね」
「なるほど。でも今まで通り強い装備に更新したり、レベルを上げたりっていうのじゃダメなのか?」
「別にお兄ちゃんの言う通りしばらくはそれでもいいんだけどね。強くなるというのは手段であるようだけどこのゲームの中では目的としても両立するし。でもここまでみんな順調に装備更新して強くなったし、特にお兄ちゃんの装備ってもうアクセサリーくらいしか更新出来るところ残ってないから、このままただ経験値を稼ぐというのもあまり効率が良くないんだよね」
「確かにそうだな」
ドロップなり素材なり、次の更新出来る装備が狙える敵と戦いながら経験値も稼いだ方が狩りの効率は良いだろう。しかしこの近くではもうそれを望める敵はほぼいない。一応いくつかあるダンジョンの二層以降なら望みはあるかも知れないけど。
「というかたぶんだけど、今このゲームの世界だと私たちってトップクラスの強さを誇るパーティーなんだよね。だったらせっかくだし、西の街の一番乗りを目指してみようかなーって思ってるんだけど、どう?」
「いや、どうって言われても……」
ハルカから提案されたところで、それはゲーム初心者の俺には判断できない話だった。
ちなみに西の街というのは、プレイヤーたちよりも先にこの大陸にやってきた人々が作り上げた調査拠点の一つだ。
そこに行くためにはクエストをこなすことなどで得られる名声が一定値あると発生する、特定の連続クエストをクリアして通行許可証を手に入れる必要があるとwikiには書いてあった。
「ちなみに一番乗りをしても得られるものは何もないわね。ちょっと掲示板で話題になるくらい?」
「キリカちゃんの言う通り、特に先行ボーナスとかはないんで、普通のプレイヤーが効率を考えるなら優先度自体は現状だとかなり低いんです」
「いずれはみんな行くことにはなるけど、西の街周辺のモンスターは最弱クラスでもトロールより強いから、ほとんどのプレイヤーはまだあっちで出来ることがないんだよね。というか通行許可証を貰う最後のクエストのボスがそもそも倒せないだろうけど……でもお兄ちゃんの場合はトロールが一撃で倒せるとなると、もっと強い敵と戦えたほうが効率いいよね?」
「そうだな……というかそれってつまり俺のためか?」
「確かにチトセさんのためというのも少しはありますけど、単に一番乗りしてみたいっていう私たちの遊び心がほとんどです」
マコトのその言葉にキリカが続く。
「実はとある有名プレイヤーのパーティーが西の街一番乗りを目指してるって公言しているんだけど、意外と装備更新に手間取っていてまだ目途は立ってないらしいのよ」
「となると装備更新がすでに完了している私たちには、一番乗りのチャンスは充分にあるんだよね」
なるほどな。とりあえず俺たちの現状は把握出来た。
西の街に一番乗りしても、特別に何か得られるものがあるわけではない。一番乗り自体は完全な自己満足の世界だ。
でもそうした自己満足こそが、このゲームの世界を心から楽しむという意味では重要な気もしたりする。
プレイヤーたちを縛る要素が少なく色々と自由度が高いこのゲームでは、どのように遊ぶかというところからそれぞれのプレイヤーに任されているような気さえしてくる。
だったら、そうした一番乗りのようなことに力を注いでみるのも悪くないだろう。
「そうだな、じゃあ次は西の街の一番乗りを目指してみるか」
「うん、お兄ちゃんならきっとそう言ってくれると思ったよ」
俺の言葉を聞いたハルカは、どことなく嬉しそうにそんなことを言うのだった。