43 翌日の約束
「お兄ちゃん」
街に入るとすぐさまハルカに声をかけられる。もしかしてまた門で待っていたのだろうか。
「ハルカ……だからメッセージをくれればすぐに戻ってくるのに」
「いやー、お兄ちゃんが自主的にやろうとしていることはあまり邪魔したくないからね」
そう言ってハルカは笑う。
どうやらマコトやキリカはすでにログアウトしているようだ。
俺たちはそのまま二人でしばらく歩いて、いつもの噴水前まで来た。
「お兄ちゃん、今日はほったらかしにしちゃってごめんね?」
「いや、ハルカが謝ることじゃないだろ? ハルカたちの狩りの誘いを断ったのは俺だし」
「ああ、そういえばそうだった。私ちゃんと誘ってたね……ならいいか」
「…………」
それは何ともハルカらしい切り替えの早さだった。
「それでお兄ちゃん今日は何してたの? レベルとか見た感じかなり充実した一日を過ごした風だけど」
「えっと、まず昨日のリザードにリベンジしに行った」
「リベンジ?」
「雷魔法食らっただろ? だから回避の練習してた。とりあえず四体くらいなら、グラップラーに攻撃されながらでも安定して避けられる感じにはなったかな」
「えー」
「ん、どうかしたか?」
「ううん、何でもない……それで?」
「ああ、そうしてたら何かそれを見てたプレイヤーに声をかけられて、二人で『打ち捨てられた墓所』っていうダンジョンの一層を攻略した」
「『打ち捨てられた墓所』かぁ……あそこのフロアボスの雑魚ラッシュ、マコトが苦手で大変だったんだよねー。マコトの範囲魔法が鍵なのに」
「マコトってホラー駄目なのか?」
「かなり苦手っぽいね。私もこのゲーム一緒にやるまで知らなかったけど」
「そうなのか。でも正式版ではフロアボスが変わってて、デーモンエグゼクターっていう悪魔のモンスターになってたから、あれならもしかしたらマコトも平気かもな。で、そのモンスターが強そうな槍持ってたから、ドロップするまでひたすら周回してた」
「なるほど、それがその背負ってる槍……ベータテストのときには見たことないから新実装の装備かな? ちょっと能力見せてもらってもいい?」
「もちろん」
そう言って俺はデモンズスピアの詳細情報画面を開き、それをハルカに指で飛ばす。
「うわ何これ超強い……しかもウエポンスキルまで付いてるし」
「やっぱり強いよなこれ」
「うん、強いなんてものじゃないね。これ当分装備更新考えなくていいというか、これ以上の装備が次に手に入るのはいつになるのか想像もつかないよ」
「そんなにか……そういえばウエポンスキルって?」
「この【奇襲Lv.5】ってやつだね。基本的にはキャラクターが習得しているスキルと同じ扱いなんだけど、特徴が二つあるんだよ。一つはウエポンスキルはその装備をつけているときしか発動しないこと、もう一つはウエポンスキルで付いているスキルはキャラクターが習得出来ないものということ」
「へぇ、じゃあこの【奇襲】っていうスキルはキャラクターが習得することは出来ないものなのか」
「少なくとも今のところはそうだね。ただもしかしたらアップデートとかで追加されるかも知れないし、誰も習得条件を満たしていなかっただけですでにキャラクター用に実装されているかも知れないけど、たぶん無いね」
ウエポンスキルは特定の装備をつけることでしか発動しないものなので、その分効果が高くなっていることが多いのだとか。とはいえたまに弱いものも混ざっているらしいが。
とりあえずスキルがキャラクターの個性を表すものなら、ウエポンスキルは武器の特性を表すためのものだと思えば大きな間違いはないだろう。
「そういえばそのダンジョン周回を手伝ってくれた人って、女の人?」
「そうだけど、どうかしたか?」
「いや別に。……あとでマコトに報告したら面白いかな」
小声でハルカが何か言ったがよく聞こえなかった。よく聞こえなかったけど、なんだか俺にとってあまりよくないことのような気がした。気のせいだといいけど。
「とりあえずそれで二人で周回を終えて、ついでに二層を覗いてきたけど即死して街に戻されたからパーティー解散して、一旦晩飯でログアウトした感じだな」
「ログアウトしたのは通知出たからタイミングは知ってる。私たちも直後にログアウトしたし。で、再ログインしたらお兄ちゃんはすでに北の山道にいたんだよね」
「ああ、だいぶハルカたちにレベル差つけられてたから、少しでも追いつこうと思って敵が強い場所をwikiで調べたんだ」
「おお、さっそくwikiを活用してるね」
「まあな」
「それでマウンテンベアとかグレイウルフみたいな強い動物モンスター倒してレベル上げしてたと……それにしては、レベル上がりすぎな気もするけど?」
「レベル10まではその動物モンスターでレベル上げして、それでデモンズスピアを装備出来るようになってもっと強い敵も倒せそうだったから、そこからはトロール狩りに切り替えた」
「あー、トロールか……。トロールって確かにレベルは高いし貰える経験値自体も多いんだけど、凄く耐久力が高くて倒すのに時間がかかり過ぎるから、狩りの効率的には最悪の部類って評価なんだよね」
「そうなのか?」
「うん。例えばトロール1体倒すのにかかる時間があれば、マウンテンベアは4~5体倒せるのが一般的だけど、トロールの経験値量ってマウンテンベアの2.5倍くらいしかないんだよね。もちろんここにレベル差ボーナスが乗るから実際にはもっと多いけど、それでもマウンテンベアを狩り続けた方が、狩る速度や安定性まで考慮すると実は効率がいい場合がほとんどだったりするんだよ」
「……なるほど」
要するに単に貰える経験値が多い敵を倒すのではなく、一体を倒すのにかかる時間も考慮した方が効率よくレベル上げが出来るという話だった。
ちなみにマウンテンベアも耐久力が経験値の割に高いのであまり経験値の効率が良いモンスターではないらしい。
「ただ今回の俺の場合は、死角から【奇襲】を発動させればトロールが一撃だったから、かなりすいすい狩れたんだよな」
「まあその槍の性能だったらそうだよね。……なるほどねー、だから私たちのレベルも追い越すほどの効率が出せたと。ようやく謎が解けたよ」
「そういうハルカたちは何をしてたんだ?」
「んー、普通に範囲狩りだよ? 何度か場所は移したけど、基本的にはキリカと私で敵のリンクを釣って、それをマコトにまとめて焼いてもらうのをひたすら夕飯前まで繰り返してただけだね」
それで夕飯前までにLv.12まで全員育ったというのだから、かなり効率よく経験値を稼いだのだろう。俺のような行き当たりばったりではなく、ハルカたちの場合はしっかりと計算した上での遊び方に思えた。
「夕飯後は狩りをしなかったのか?」
「さすがに疲れたからねー。あと色々素材も集まったから装備更新もしたかったし」
「ああ、そういえばハルカも装備変わってるな」
「え、いまさら?」
気付くのが遅すぎたようで、少し呆れられてしまった。
「どう? 前の装備よりかわいいでしょ?」
「ああ、そうだな。かわいい……けど、少しスカート短くないか?」
「えー、それがかわいいのに」
「だってそれで動き回るんだろ? 大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫、このゲーム全年齢対象だから、中身はちゃんと謎の光が完全防御してくれるし。あ、試してみる?」
「いや、試さねぇよ?」
ハルカは軽いノリでそう尋ねながら、短いスカートの裾をつまんで軽く持ち上げようとした。いくら本人がいいと言っていても、女の子のスカートの中を覗いたらさすがに変態扱いは免れないだろう。それがたとえ妹だとしても。
そんな風にしばらくあれこれとお互いの今日の出来事を中心に雑談していると、気付いたときには結構な時間が経っていた。
「あ、お兄ちゃんはそろそろ寝る時間かな?」
「そうだな。というかよく知ってるな」
「昨日も大体この時間だったからね。というか昔からお兄ちゃんの生活は規則正しかったし」
「誰かさんと違ってな」
「あはは。あ、そうだ。今日は一緒に遊べなかったけど、明日は一緒にクエストでもやって遊ぼうね」
「おう」
俺たちはそう言って翌日の約束を交わしてから、ゲームをログアウトするのだった。