42 収穫
レベルがハルカたちに追いついたことと、トロールも安定して倒せるようになったことで、俺にはだいぶ心理的な余裕が生まれていた。
ということでせっかくなので俺はこの戦いの中でずっと気になっていたことを検証してみることにする。それは【奇襲】における「死角」の範囲だった。
「相手から見えていない位置が死角だとするなら、真上が絶対に死角とは限らないんだよな」
実際に戦っている最中も、トロールの攻撃後などの隙以外のタイミングで跳んだ場合、トロールは普通に上を向いて目で俺の動きを追ってきていた。
しかしそうして俺の姿を視界に捉えられていても、頭上からの串刺し攻撃にはしっかりと毎回【奇襲】の効果が発動していた。
つまりこのゲームにおける死角の判定には、見られているかどうかは関係ない可能性が高い、というかほぼ確実にそうだ。
まあ草食動物とかだとほぼ全周囲見える視野を持っていたりもするらしいし、そういった種類のモンスターだと死角が無くなってしまうので、ゲーム的にはそれを防ぎたかったのかも知れない。
何にせよ、死角と判定される場合とそうでない場合の違いは、早いうちに知っておいた方が良いだろう。デモンズスピアとはきっと長い付き合いになるのだから。
今トロール相手にそれを検証するのは少し危険かとも思ったが、しかし他のモンスターだと正面からでもデモンズスピアだと一撃なので、【奇襲】が発動しているかどうかは判別できない。
ということでトロールの数を減らした状態で、俺は色々な角度から攻撃を仕掛けてみることにする。
そのまましばらくそんなことを繰り返した結果分かったのは、トロールの正面120度以外の位置であれば全て死角扱いのようで【奇襲】は発動するということだった。
同様に上下にも120度という範囲はあるみたいで、仰角60度以上の深さまでしっかりと跳べば【奇襲】は確実に発動していた。
面白かったのは攻撃の隙にトロールの股の間にスライディングで滑り込んで真下から攻撃してみたら、これも【奇襲】となっていたことだ。まあそこは確かに急所ではあるし、一番【奇襲】らしい攻撃には違いないのだけども。
そんな風に色々と検証しながらトロールを倒していくと、通知が出る。
・レベルアップ Lv.12 → Lv.13
「お、もうLv.13まで上がったのか」
【奇襲】の検証に熱中していたせいで、気付いたらレベルが上がっていた。
しかし俺は今日だけで一体どれだけのトロールを倒したのだろうか。Lv.10のときからずっと狩っていたので、確実に100は越えるだろう。
さすがにしっかり数えてはいなかったが、アイテムボックスに山のように溜まったドロップアイテムの数から逆算しても、おそらくそれほど外れてはいないだろう。
ただLv.20のトロールをそれだけの数倒してようやくレベルが3上がると考えると、確かにレベル10までの上がり方とは明確に違いがあった。そしてこれからもレベルアップに必要な経験値の量は増え続けるのだろう。
そうなってくるとさらに強いモンスターとの戦いが必要になり、戦い方にはもっと様々な工夫が求められていくはずだ。まあそれはまたそのとき考えればいいか。
とりあえず気になっていたことの検証も出来たし、レベル上げも一旦はもう充分だろう。
夜もいい感じの時間になってきたし、そろそろ街に帰った方がいいかも知れない。
そう思った俺はさっそく下山を開始する。
そうしてある程度のところまで来たところで、俺は気付く。
「……これってわざとトロールに殺されて街に戻された方が早かったかもな」
デスペナも今日はもうこれ以上狩りをしないのだから痛くも痒くもない。街の近くならともかく、街からある程度離れている場合のそれは単純に移動時間が短縮できる移動法なのではないだろうか。
もしかしたらそういうのもプレイヤーの間では常識だったりするのかも知れない。ヒヨリと二人でダンジョンから戻ったときのことを考えれば、もっと早く気付いても良かった気がする。
まあここまで来たらそれほど強いモンスターももういないし、マジックレザー装備のせいで死ぬのに時間がかかるようでは本末転倒だ。いやまあ装備を外したらいいのだけど、そこまでしてわざと死にたいかというと少し気持ちとしては微妙だった。
……ああ、でもそういえば一体強いモンスターがいたな。
ふとその事実を思い出した俺は、そのままの足ですぐ近くのそのモンスターがいる場所に向かう。
そうして俺の目の前には昨日戦ったはぐれゴーレムの姿があった。
まあ戦ったと言っても、俺はずっと逃げ回っているだけだったけど。
昨日の時点では物理防御力が高いというはぐれゴーレムに、俺の攻撃はかすり傷一つつけられなかった。けれど今ならどうだろう。デモンズスピアなら、もしかしたら少しはダメージを与えられたりしないだろうか?
まあ別に負けても帰りの移動の手間が無くなるだけだし、もし仮に勝てたりすれば大量の魔法石が手に入る。
今戦ってみる理由としては充分な気がした。
俺はさっそくはぐれゴーレムに駆け寄って、正面から槍で攻撃する。
「お、ダメージが通った」
はぐれゴーレムの体力が3%と少し削れた。しかしトロールなら正面からでも40%は削れていたことを考えると、はぐれゴーレムは本来やはり物理攻撃で戦うべき敵ではないのだろう。
その後前回と同様の攻撃パターンで、はぐれゴーレムは右手を大きく振って薙ぎ払うように攻撃してきた。俺はそれを後ろに跳んで回避し、反撃する。地道ではあるが確実にダメージが与えられているので、このままいけば時間はかかるがきっと倒せるだろう。
次にはぐれゴーレムは両手を広げ、手を叩くように挟み込む攻撃を仕掛けてくる。俺はそれをチャンスだと思い、その手の上に飛び乗って、そのままはぐれゴーレムの腕の上を走って肩に乗る。
そうして頭を狙って、さっきまでトロールに散々してきたように、串刺し攻撃を行う。
すると一気にはぐれゴーレムの体力が10%ほど削れた。クリーンヒット+【奇襲】で大体ダメージ量が通常の3倍くらいに増えることがこれで分かった。今まではトロールが一撃で死んでいたので、超過した分のダメージがどれくらいあるのか分からなかったのでこのデータはありがたい。
何にせよこの攻撃を繰り返していけば、はぐれゴーレムもすぐ倒せるだろう……と思っていたのだけど、二回目の串刺しでははぐれゴーレムに5%ほどのダメージしか与えられなかった。
この感じだとクリーンヒット分のダメージしか上乗せされていないようだ。
「……? もしかして【奇襲】は一回限りしか発動しないのか?」
それもトロール相手だと一撃で倒していたから気付かないことだった。
とりあえず【奇襲】はどうやら同一対象に一回だけしか発動しないらしい。まあ確かに毎回発動するならさすがに強すぎるよな。
これがパーティー戦闘だったらタンク役のキリカにターゲットを取ってもらえば敵の後ろから攻撃し放題だし、通常攻撃の3倍の威力で毎回攻撃出来るとしたらさすがにダメージ効率がおかしなことになる。
ただそうなると、一回限りの【奇襲】は可能な限り【パワースラスト】のような威力の高い単発攻撃とセットで使った方が良いのか。
思い付きではぐれゴーレムと戦ってみただけだったけど、色々と新しい発見があった。これは思いがけない収穫だ。
そんな風にはぐれゴーレムとの戦いを続けていくと、体力が減ったはぐれゴーレムは【アースシェイカー】の構えを取ったので、すかさず俺は【ウォークライ】でスタン状態にさせる。
以後はそれまでと同じパターンの戦いの繰り返しで、特に問題もなく【二段突き】や【パワースラスト】を交えながらしっかりとダメージを与え続けて、時間はそれなりにかかってしまったがついに俺はソロではぐれゴーレムを倒すことに成功する。
「魔法石11個か……使い道何かあるかな?」
そのあたりの知識もやはり俺にはまだまだ不足している。まあゆっくりと覚えていけばいいか。
それに魔法石はたぶんあって困るものでもないし、自分で使わないなら誰かと取引にも使えるだろう。
そんな風に色々と収穫を得た俺は、ようやく街へとたどり着いたのだった。
9/21
トロールの討伐数を 4桁に近い→3桁は越える→100は越える
3倍くらい→通常の3倍くらいに
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