40 ゲームの実力
山道を進んでいくと何度もモンスターに襲われるが、俺はデモンズスピアでそれらを一撃で倒していく。
そうしてしばらく行ったところで、少し開けた場所に出る。ここは雰囲気が少し違うというか、さっきまで襲い掛かってきていたような熊や狼といった動物系のモンスターの姿は見えなくなっていた。
「wikiの情報によるとこの先にトロールの集落があるんだけど……いた」
さっそく俺は目的のモンスターを見つける。トロールというのは怪力を持つ身長2m越えのモンスターで、手に持った棍棒を振り回すなど力任せの戦い方をしてくる。
知能はあまり高くないらしいが、高威力の攻撃と高い耐久力を併せ持ち、見た目に似合わず動きもなかなかに機敏ということで、近距離戦闘ではとにかく危険らしい。
言ってしまえばステータス全般においてシンプルに強いのがトロールというモンスターだ。剛速球を投げるピッチャーは単純に打たれにくいというのと似たようなもので、シンプルだからこそ対処も難しいタイプ。
ちなみにここにいるトロールはLv.20もあり、倒すことで手に入る経験値はかなり高くなる。もちろん倒せるならの話だが。
「しかし厄介だな……リンクしてる」
まずは1対1で敵の強さを測ろうと思ったが、トロールは最低でも4体のリンクを形成していて、多いものでは10体のリンクを形成していた。10体ってとんでもないな。
とにかく力と数にものを言わせたシンプルさがトロールの特徴なのだろう。それに対抗するためには、こちらもトロールをしっかりと倒せるだけのダメージを出せる必要がある。
まあ考えていても仕方ないので、とりあえず一番数の少ない4体リンクのトロールに戦いを仕掛けることに決めた。
石を投げてみたらトロールの耐久力もある程度測れるだろうと思って30mほどの距離から投げてみるが、石が与えたダメージは1%程度だった。マウンテンベアには5%ほどダメージは通っていたので、トロールは単純計算でマウンテンベアより5倍ほど耐久力が高いということになりそうだ。
そして次の瞬間、俺との戦闘状態に突入した4体のトロールが一直線に走ってくる。
「というかめちゃくちゃ足速いな!」
トロールは片手に棍棒を持ったままの不格好な走り方なのに、ものすごいスピードでこちらに駆け寄ってきていた。なんというか、見た目と速さがマッチしてなくて少し気持ち悪い。
そういえばこのゲームの足の速さは素早さのステータスが影響するようで、俺も初期装備のときは現実の自分よりも随分と足が遅く感じられたりした。そのあたりは現実の身体能力でゲームが不平等にならないように出来ているのだという。
一方で反応速度や物を投げたりするときの感覚的な部分に関してはもろに影響が出ている。となるとやっぱり格闘技の経験とかある人はこのゲームで有利なのだろうかと思って以前ハルカに訊いてみたが、どうやらそういうわけでもないらしい。
『前にボクシングやってたっていう人とパーティー組んだことがあって、確かに反応は早いんだけど回避行動に無駄が多かったり、攻撃とかアビリティの隙がしっかり把握出来てないみたいで無理なタイミングで仕掛けて被弾したりで、お世辞にもそんなに上手いプレイヤーじゃなかったんだよね。だから結局のところ必要なのはゲーム的な上手さと工夫なんだよ』
といった感じで、そのときのハルカは「今私良い事言ったよ」みたいな顔をしていたが、残念ながら当時の俺には話している内容の半分も理解できなかった。まあでもある程度ゲームの戦闘を経験した今なら、あのときハルカの言っていたことの意味も大体理解できる。
そうしたことも考えると、ゲームとしての戦闘のコツなどを感覚的に掴めているかどうかでこのゲームの実力は決まるに違いない。
今の俺は槍の長さを生かして普通にセオリー通りの戦い方をしているだけで、ゲームの実力ではハルカたちに遠く及ばないだろう。
投石も攻略に役に立ったのは結局最序盤だけなので、この先は純粋にプレイヤーとしての実力も磨いていかないと、いずれはハルカの言っていたボクシングの人みたいになってしまいかねない。
といってもこうしたことには近道があるわけでもないので、地道に戦闘をこなしながら一つ一つ気になることを確認していく他ないだろう。
トロールとの戦闘でも、その辺りを意識して戦っていきたい。
なんてことを考えていると、あっという間に戦闘距離目前まで近寄られてしまった。さすがに四体同時に戦うのはきついので、まずは確実に数を減らしていきたい。
先頭の一体に向かって槍を突き出す。体力は4割ほど削れた。あれ、意外と柔らかい?
……いや、デモンズスピアが強すぎるのか。
しかし【二段突き】などの追撃を入れる余裕はなさそうで、俺の前方を扇形に囲んできたトロールが棍棒で次々に攻撃を仕掛けてくる。しかも横に振るのもいれば縦に叩きつけるように振るのもいて、どうにも対処に困ってしまう。
その上スイングも早く、それぞれの手数も多いのが手伝って、反撃のタイミングが見つからない。俺は後ろに下がって回避するしかなかった。
「それでもどこかで切り返さないと……」
下がれる距離にもさすがに限度があるので、いつまでも後ろに下がってばかりもいられなかった。
「……そこだ!」
一体のトロールの棍棒を持った右肩が一瞬後ろに下がったのを見て、俺はそのトロールの攻撃を上に跳んで避けることを狙う。攻撃を回避しながらトロールをずっと観察していて思ったとおり、肩が下がるモーションは横振りの攻撃の癖のようで、予想通りのタイミングで横振りに棍棒が振りぬかれた。
俺はそれを【跳躍】のスキルを活かす形でトロールの頭上に跳んで避ける。直後、俺の足の下を棍棒が通り抜けていった。そしてそのトロールの攻撃後の隙をついて、槍で頭上から串刺しにするように攻撃を仕掛ける。
それは図らずもデーモンエグゼクターがやってきたような攻撃だった。まあデーモンエグゼクターみたいに翼で高く飛べるわけでもないからそこまで迫力はなかったが。
そしてそんな俺の攻撃を食らったトロールが、その直後に一撃で体力を全て失って倒れた。
「え?」
俺自身一瞬何が起きたのか分からず困惑する。
クリーンヒット判定で正面からの攻撃以上のダメージが出たことは分かるが、それにしてもダメージが上がり過ぎだった。
「……ああ、【奇襲】か!」
そういえばデモンズスピアには【奇襲Lv.5】というかなりレベルの高いスキルが付加されていた。効果は死角から攻撃すると威力アップというものだから、クリーンヒット判定で上昇したダメージにさらにボーナスが追加されたとすれば理屈は通る。
トロールは素早さと力強さを併せ持った上にリンクしている数が多いという厄介なモンスターで、波状攻撃を仕掛けられると反撃する隙もなかったが、死角からの攻撃であれば一撃で倒せるならまた話は変わってくるだろう。
とりあえず回避に重点を置きながら隙を見つけて死角に潜り込み、一体ずつ確実に倒していけば比較的安全にトロールと戦っていけるはずだ。
そんな風に新しく見つけた情報を元に今までの戦い方を修正し、より良い戦い方を組み上げていく。基本的にはこれを繰り返していくことがゲームの実力の向上に繋がるのだろう。
俺はそんな風に考えながら、残り3体のトロールとどう戦うかを頭の中で組み立てていく。
野球だと配球はキャッチャー任せだったが、そんな風に自分であれこれ考えていくのも意外と楽しいと思えた。
――そうして少しずつ、俺は「攻略」の楽しみに魅せられていくのだった。