37 デモンズスピア
その後デーモンエグゼクターが二体に分かれたのでさすがに集中するために一旦会話を打ち切る。
姿を消してからの二体で微妙に時間差のある奇襲は厄介だが、そういう攻撃が来るのだとあらかじめ知った上で待ち構えておけば回避は可能だった。
そうしてしっかりと二体の奇襲に対処して着実にダメージを与えていき、デーモンエグゼクターの体力が残り少なくなったところで俺は【ウォークライ】で二体をスタン状態にする。
そうしてスタン状態の間に俺とヒヨリは一気にアビリティ攻撃を叩き込み、そのまま倒しきる。こうすることでデーモンエグゼクターが死ぬ直前の奇襲を一回分スキップ出来るとヒヨリが気付いたのだ。
・レベルアップ Lv.8 → Lv.9
・【逆境Lv.1】 → 【逆境Lv.2】
「お、レベルと一緒に【逆境】のレベルも上がった」
「ずっと瀕死状態で【逆境】発動させながら戦ってたからっすかね?」
「たぶんそうだな」
とりあえず戦闘を終えたので安心して一息ついた。周回で慣れてきたとはいえ、ワンミスで即死なのは変わっていないので一定の緊張感が常にあって疲れることは疲れる。
さて、それじゃあヒヨリのことを整理するとしよう。
とりあえずヒヨリという女の子は、新たなものを発見したり未知を体験したりといった「冒険」の中にこのゲームの楽しさを見出しているようだ。
そして、そうした冒険を共に楽しめる友達をずっと求めていた。
そんなヒヨリの心は俺にも理解できる。俺も勝利の嬉しさとか、あるいは練習の苦しさとか敗北の悔しさといったものを、同じ目標を持つ仲間たちと分かち合うことが出来たからこそ野球を楽しめていたのだと思う。
けれどヒヨリにはそうした仲間がいなかった。
だからヒヨリは自分と同じ感情を共有できるかも知れない人間を探した結果、偶然俺を見つけたのだ。そして俺に、デーモンエグゼクターというあまりにも酷すぎて笑える初見殺しを体験させようとした。
つまりヒヨリが嘘を……いや、よく考えるとヒヨリは何も嘘はついていないのか。ただ知っていた情報を意図的に隠しただけで。けれどそれも言ってしまえば「ネタバレ防止」という理由でしかないのだろう。
俺が初見殺しを本当の意味で初見のまま楽しむために、それは必要なことだったから。
まあ、まさか初見で倒してしまうとはヒヨリも全く想定していなかったようだけど。
「――という俺の認識で間違いないか?」
「ええ、間違いないっす。でもこうして自分の思惑と行動をつまびらかにされると凄く恥ずかしいっすね……なんだか丸裸にされた気分っす……」
普段のヒヨリは飄々としていてどことなく掴みどころのない人物だったが、今のヒヨリは頬や耳を赤く染めながらも照れくささを必死に隠そうとしていることが丸わかりだった。
こうして見るとまるで普通の女の子のようだ。いや、まるでも何も事実普通の女の子なのだけど。
「………………」
「……あの、それでチトセさん」
「ん?」
「もし良かったらなってくれませんか、友達」
「ああ、それか。というか俺はすでに友達のつもりだったんだけど、違うのか?」
というかすでにフレンドリストにヒヨリの名前はあるのだった。
まあフレンドリストに名前があるからって、たとえば俺とシャルさんが友達かと言えばかなり怪しいというか確実に違うと断言できるけど。
それでもこれほどまでに気兼ねなく話が出来て、気持ちよく一緒にゲームをプレイ出来るヒヨリという存在は、きっとそう呼ぶのがふさわしいのだと思った。
「えっと、それじゃあこれからも、よろしくお願いするっす」
「ああ、こちらこそよろしく」
ヒヨリは明るい笑顔でそんな風に言ったので、俺もそんな風に返す。
そうして話がひと段落したので、俺たちはお待ちかねのドロップアイテム確認のために宝箱を開ける。
「おお、ついに出たっすよチトセさん!」
「デモンズスピアって言うのか……というかめちゃくちゃ強いなこれ」
「あ、でも最低装備レベルがLv.10に設定されているからまだ使えないっすね」
「ああ、確かに」
デーモンエグゼクターがドロップした槍はデモンズスピアという名前で、得られるステータスの数字は今装備しているゴブリンランスの三倍くらい強い。
それが実際のダメージになったときにどれくらいの変化になるのかまでは俺にはまだ分からないけど、初期装備からゴブリンランスに持ち替えた時以上の飛躍的な強化になることは間違いなかった。
デモンズスピアには最低装備レベルが設定されているので残念ながらすぐには使えないが、逆に言えばそうしてレベルの低い段階で使うことを制限されてしまうくらいには強い武器ということだ。
「ドロップおめでとうっす、チトセさん」
「ありがとう。というかヒヨリが付き合ってくれたおかげで、かなり早く周回できて助かったよ。何かお礼をしないとな」
「いや、それはチトセさんを騙して試すようなことをしたお詫びでもあるので気にしないでいいっすよ。というか他のドロップアイテムを半分貰ってて、金銭的にもかなり美味しい思いしてるんで」
「そうか?」
「あ、でもそういうことなら一つ自分のわがままに付き合ってもらっていいっすか? デスペナついちゃうんすけど」
「デスペナは別にいいけど、一体何をするんだ?」
「ちょっと次の階層を覗いてみたいんすよね。ここの二層ってベータテストの時は未実装だったんで」
「ああ、それは面白そうだな」
他のダンジョンはベータテスト時代でも何層か実装されていたらしいが、この『打ち捨てられた墓所』は何故か一層しか実装されていなくて、当時からプレイヤーの間で様々な憶測を呼んでいたらしい。
フロアボスのデーモンエグゼクターを倒して次の層に行くワープは発生しているので、せっかくだし覗いてみるのはありだろう。
そんな風に考えて、俺たちは二人で二層に行ってみることにした。
――二分後。
俺たちは狭い通路で大きな鈍器を持ったモンスターに前後から挟撃され、避けるスペースがなかったので何も出来ないまま二人とも一撃でミンチにされたのだった。