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36 欲しいもの

 俺たちのダンジョン周回はすでに五周目に突入していた。ちなみに俺のキャラクターレベルもすでにLv.8まで上がっている。


「そういえばさっきははぐらかされたけどさ、結局ヒヨリの目的って何だったんだ? あ、そっちの上な」

「了解……回避したっす。いや、目的はさっきも言ったとおり、チトセさんとデーモンエグゼクターを戦わせることっすよ」


 五回目ともなればさすがに慣れてきたこともあって、俺たちはデーモンエグゼクターとの戦闘を作業的にこなしながら会話を続ける。


「でもそれは手段だろ? 俺が訊きたいのは俺を戦わせて一体どうしたかったのかって話だよ。だってヒヨリは別に倒したかったわけでもないというか、倒せるなんて思ってもなかったみたいだしさ。そんな状況で俺とデーモンエグゼクターを戦わせることで、ヒヨリはそれこそ何を得られるんだ?」


 とりあえず今回の件で俺が引っかかりを覚えたのは、あまりにもヒヨリに得がなさすぎる点だった。


「そうっすね……別にチトセさんになら話してもいいんすけど、絶対に笑わないっすか?」

「……? それは内容によるけど」

「まあそりゃそうっすよね。あ、チトセさん後ろっす」

「了解……【二段突き】! 何、そんなに恥ずかしい内容なの?」

「ええ、かなり」

「じゃあ笑わないよ。ちなみにこの『笑わない』は監督に『いけるか?』と聞かれたときの運動部員が言う『いけます!』とほぼ同じだ」

「それ何の根拠も保証もないってことっすよね!? ……でもまあそれでいいっす」

「いいのか」

「ええ。チトセさんはたぶん笑わないっすから」

「…………」


 何だかよく分からない信頼のされ方をしていた。まあ信頼される分には悪い気はしないが、その分もし笑ってしまったらどうしようかというプレッシャーがかかってくる。

 ――いや、もしかしてそれがヒヨリの狙いか?


 そんなことを考えているうちにヒヨリがデーモンエグゼクターに【ヘヴィアロー】を撃ち込みながら話を始めた。


「これはベータテストの頃からなんすけど、自分は結構ガチな方の攻略系クランに所属していたんすよ」

「クランっていうのは確かプレイヤーが集まるチームみたいなものだっけ」

「そうっす。だから正式サービスが始まってからもすぐにクランの仲間と協力した効率プレイでレベル上げたり装備整えたりをしてたんすけど、でもすぐにこれは何か違うなぁって思っちゃって」

「違う?」

「余裕がないって言うんすかね。一秒でも早く、一体でも多くのモンスターを狩って効率的にキャラクターを強くすることだけをみんなストイックに追究していて。まあ別にそのプレイスタイルを否定するとかではないんすけど、ただ自分には合っていないというか、それだけじゃこのゲームを本当の意味では楽しめないなって思ったんすよ。ゲームを楽しむために、非効率的なことを許容する心の余裕が欲しい、って」


 そのクランでは効率の悪い狩りはしないということを突き詰めた結果、デスペナを受けるリスクの高い戦闘は避けるように方針が定められていたという。

 それはつまり初見の相手や格上のボスとの戦闘のような「冒険」は行わないことを示していた。


「まあそんな感じだったんで、自分はそのクランを正式版が開始して二日目の朝に抜けたんすよ。それでとりあえず現時点の攻略進度で行ける範囲を目的もなくただ歩いてみたり、とにかく効率度外視なことを色々していたら、行きついたのがこのダンジョンっすよ」

「えっと、確かデーモンエグゼクターに即死させられたんだっけ?」

「そうっす。デーモンエグゼクターを弓で攻撃してたら突然姿が消えて、次の瞬間には即死してて……それを体験した瞬間、もう大爆笑で」


 話を聞いてみるとヒヨリは「何だそれ!」「無茶苦茶すぎる!」「そんなのありか!」と一人でしばらくゲームにツッコミを入れながら死体状態のままずっと爆笑していたらしい。


「それでデスペナ中に思ったんすよね……こんな最高に非効率的で面白い体験を誰かと共有して、共感して、そんな風に一緒に楽しめたらなぁ、なんて」

「………………」

「まあそんな都合のいい相手なんて見つかるわけないんすけどねー、ってそう思いながらもう一回ダンジョンの方を目指して歩いていたら……いたんすよね、非効率の極致みたいな人が」

「……それが俺、と」


 確かにあのときの俺は、一切経験値が入らないにも関わらず、リザードグラップラーの近接攻撃と四体のリザードメイジの雷魔法を避ける練習を延々と続けていた。

 非効率の極致といわれれば確かにそうかも知れない。他のプレイヤーならその時間があればキャラクターレベルを2くらいは上げていたはずだ。


 でも俺はそうしなかった。何故ならキャラクターの経験値や装備品よりも欲しいものがそのときは存在したからだ。


「そうっす。あのときのチトセさんを見て、この人ならきっと自分と同じ体験を共有して楽しめるはずだって思って……」


 そこまで言って、どこか恥ずかしそうな調子で若干声のトーンを落とすヒヨリ。


「だから、その……自分の目的が何かという話をするなら、それは――」



 ――ただチトセさんと、友達になりたかったんっすよ。



 ヒヨリはそう言いながら、しかし直後にデーモンエグゼクターに【三連射】を叩き込んでいた。


「……とりあえず戦闘中にするような話じゃなかったな」

「それは自分も思ったっす」


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