35 ヒヨリの嘘
「うーん、残念ながらあの槍は落ちなかったみたいっすね」
ドロップアイテムを二人で確認していくが、デーモンエグゼクターが持っていたいかにも強そうな槍はドロップアイテムに含まれていなかった。
その代わり、街の店に売るとかなりの金額となる換金アイテムや、珍しい生産用素材などが多くドロップしていたので、それを俺たちはしっかりと二等分する。
「てっきりあの槍もドロップアイテムだと思ってたけど、そういう物でもないんだな」
「いや、たぶんドロップするんだとは思うっすよ。ただおそらくレアドロップ枠なので、このダンジョンを何周もしないと手に入れるのは難しいかと」
「レアドロップ、か」
欲しい装備を手に入れるには、そうしたドロップアイテムの運にも左右されるという話は前にも聞いていた。そしてハルカなんかはそうした運が良いとか何とか。
まあ実際にこないだのビッグプラント戦でも癒しのコサージュというレアドロップ品を手に入れていたし、あながちオカルトでもないのかも知れない。
どちらにせよ俺にはハルカほどの運はなかったようなので、あの槍が欲しいなら何度もこのダンジョンを周回することになりそうだ。まあ今回戦ってみた経験からすると、おそらく一人でもデーモンエグゼクターは倒せそうだったが。
「あーそうだヒヨリ、いくつか質問してもいいか?」
「もちろんいいっすよ。いくらでも聞いてください」
「じゃあまず、ヒヨリは何が目的でこのダンジョンに来たんだ?」
「素材目的っすね。自分の次のランクの弓は合成弓なんで、スケルトンの骨とか色々材料が必要なんすよ」
「ああ、そういや道中の敵はベータテスト時代と変わってなかったんだっけ?」
「そうっすね。チトセさんのおかげでスケルトンの骨も充分に集まったし、本当に助かったっすよ」
なるほど。
とりあえずここまでで一つ分かったことがあった。
それはヒヨリが嘘をついているということだ。
「……じゃあさ、ヒヨリはここのボスがデーモンエグゼクターに変わっていることを知ってたのに、どうして知らない振りをしてたんだ?」
「あらら……やっぱりバレてたっすか?」
「まあな。ヒヨリは俺をパーティーに誘うときに今より強い槍がドロップするかもって言ってたけど、道中に槍を持ってるモンスターはいなかったし。だからこのダンジョンで唯一槍を持っていたデーモンエグゼクターの存在を知らなければ、あの発言は出てこない気がしたんだ」
ベータテスト時代のボスが雑魚ラッシュだったのは事実だろう。ただその雑魚もゾンビやグールがメインらしいので槍を持ったモンスターはきっといなかったはずだ。
一応ヒヨリがデーモンエグゼクターの存在を知らないまま、ありもしないメリットをちらつかせて俺をパーティーに誘った可能性も考えられはするが、そんなすぐにバレそうな嘘をついてまで俺をパーティーに誘う理由がそもそも見当たらなかった。
「というかヒヨリが本当に素材目的なら、雑魚だけ狩ってボスには挑まずに帰ればいいんだよな。それなら俺の手伝いなんてなくてもヒヨリの腕なら簡単だろうしさ。ということで俺の考えでは、ヒヨリは槍というメリットを与えることで、俺をデーモンエグゼクターと戦うように仕向けたかったんじゃないかなと、そう思っているんだけど、どうだ?」
「いやー、凄いっす……チトセさんって実は頭良い人っすか?」
ヒヨリは心底感心したような様子で尋ねてくる。
「いや全然。むしろ脳筋の部類だよ」
そこで見栄を張っても仕方ないので、俺は正直にそう答えた。
「まあそこまでバレてるなら全部話してしまうっすけど、自分の本当の目的はチトセさんの実力を知ることだったんすよ」
「俺の実力? 何でまたそんなものを」
「だってベータテスト時代に見たこともないプレイヤーが、延々と雷魔法避けるとかいう常識外れな練習してるのを見たら、さすがに気になるじゃないっすか! それで声をかけてみるとマジックレザー装備を持ってたりもするし……とにかく色々面白そうな人だったんで、これはせっかくだからさっき自分が一人で挑んで即死させられたデーモンエグゼクターと戦わせてみよう! って思ったんす」
「いやさすがにその考え方はおかしい」
「でも、獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすってよく言うじゃないっすか」
「いや、俺は他人だからな?」
「そうじゃなくても可愛い子には旅をさせよって」
「他人だから」
「むむ、これは親の心子知らずとかいう」
「他人!」
そんな風にして、気付くとヒヨリのペースに巻き込まれていた。
「いやぁ、でも私が最初に睨んだ通り、本当に面白いものが色々見れたっすよ?」
「……まあ満足してもらえたなら、それは別にいいけど」
まあヒヨリに何か悪意があるわけではないことは最初から何となく分かっていたことだった。
だから俺は実際のところ、ヒヨリが嘘をついていたことに関して何か文句があるわけでもない。
「とはいえ自分が嘘をついてチトセさんを振り回したことは事実っすからね。というわけでお詫びの意味も込めて、付き合うっすよ」
「ん? 付き合うって、何に?」
「何って、周回っすよ、ダンジョンの。チトセさん、この後パーティーを解散したら、あの槍が落ちるまでこのダンジョンを一人で周回するつもりっすよね?」
「ああ、バレてたのか」
やはりというべきか、ヒヨリは何とも不思議な人だった。奇妙なことを言ったかと思えば、突然鋭い洞察力を発揮して俺の心を見抜いてくる。
俺が普通に現実世界で生活しているだけだったら、絶対に出会わなかったタイプの人だった。
ゲームの世界には本当に色々な人がいて、そんな人たちと同じ立ち位置で交流出来るというのも、きっとこのゲームの面白さに違いないのだろう。