32 デーモンエグゼクター戦1
デーモンエグゼクターは2m以上の体に二本の角、そして大きな翼を持っていた。今は地上に足で立っているが、戦闘になるともしかしたら宙を浮いたりするかも知れない。
そしてその手には長い槍を持っていて、身長や腕の長さを考えるとリーチは俺よりありそうだった。
俺は今まで槍の長さを生かして近接戦闘をこなしてきたが、初めて自分より長い武器を持った敵と戦うことになる。
ちなみにこのデーモンエグゼクターがいる場所は半径20mほどの円形ホールで、段差や障害物はないが、石なんかも落ちていない。
「チトセさん、準備はいいっすか?」
「ああ、いつでもいいよ」
俺は後ろから聞こえたヒヨリの問いかけに応える。
俺の返事を聞いたヒヨリはすぐさま弓を構えると、そのままアビリティを発動して弓を放った。
「【ヘヴィアロー】!」
【ヘヴィアロー】はヒットした対象の物理防御力を一定時間少しだけ下げる効果があるアビリティだった。ヒヨリ曰く地味な効果だが、ボス戦など長期戦になる場合は意外と効いてくるとのこと。
ちなみにこうした弱体化させる効果をデバフといい、逆に強化する効果をバフというらしい。敵にデバフをかけつつ味方にバフをかけて戦うのがボス戦のセオリーだという。
まあ今はハルカの【ガードコート】のようなバフをかけられる人間はパーティーにいないのだけども。
ヒヨリのような射撃職は、基礎攻撃力こそ低めに設定されているが、そうしたデバフなどで味方を補助するのが得意なのだという。また同じ遠距離攻撃を得意とする魔法使いと違って詠唱がないので、攻撃面でも回避面でも臨機応変に対応が出来るのも特徴らしい。
そんなヒヨリが強く引いた弓から放った力強い矢がデーモンエグゼクターに刺さる。
ヒヨリの攻撃によるダメージは1%程度だったが、それでも思っていたよりはずっとダメージが通っていた。これなら何とかなるかもしれない。
そう考えながらすかさず俺はデーモンエグゼクターに肉薄し、ヒヨリからターゲットを剥がす。
近くにいる俺にターゲットを変えたデーモンエグゼクターは、先手を取って俺に攻撃を仕掛けてきた。普通のモーションでの、普通の武器攻撃。
リーチこそ長いが、その他は今まで戦ってきたモンスターとそれほど変わらない見慣れた攻撃だった。俺は横に回避して、相手の攻撃後の隙をついて槍で攻撃を仕掛ける。
俺の槍のダメージは2%ほど。防御力低下のデバフがどれくらい効いているのかは分からないが、俺の攻撃もダメージはかなり出ていた。
ただボスであるデーモンエグゼクターがこのまま大人しくやられてくれるはずもない。
何か変な動きを見せたらすぐに対応できるように警戒しながら、俺はデーモンエグゼクターの攻撃を回避しながらカウンターを入れるように攻撃していく。
ヒヨリも後ろから通常攻撃や【三連射】のアビリティなどで攻撃を仕掛けていた。
そうして何回か攻撃を入れてデーモンエグゼクターの体力をある程度削っていくと、突如としてデーモンエグゼクターは黒い霧を発するようにして姿を消した。
「……? どこ行った?」
「チトセさん! 後ろっす!」
ヒヨリの声に反応して、俺はすかさず左に跳んだ。僅かな差でギリギリ回避に成功する。
見るからに攻撃力の高そうなデーモンエグゼクターに、背後からのクリーンヒットを受けたら最悪即死という可能性もあっただけに、俺は少しほっとする。
「助かった、ヒヨリ」
「いえ。しかし厄介っすね。レベルの割に柔らかいボスだとは思っていたんすけど、どうやらこのデーモンエグゼクターは奇襲を狙ってくる攻撃力特化のボスみたいっす」
「つまり攻撃力が高いので被弾したらおしまい、と」
「そうっす。たぶん他にもいろんなパターンでこっちを事故らせに来るはずなんで、とにかく生存重視で戦うべきっすね」
こちらが生きてさえいればデーモンエグゼクターの耐久力はそこまででもないので、倒すこと自体は難しくない。
俺たちが事故るのが先か、デーモンエグゼクターが倒れるのが先か。
今回の戦いの争点はどうやらそこになりそうだ。
その後もデーモンエグゼクターにある程度ダメージを与えていくと、また同じように姿を消した。
俺とヒヨリはお互いを見る。こうすればお互いの背後を警戒しあえるからだ。
これならおそらく事故は起こらないだろう、と思っていたのだが――。
「上だ! ヒヨリ!」
「上ぇぇぇ!?」
――想定外の角度からの攻撃を受けた。
ヒヨリは驚きながらも、何とか俺の方に飛び跳ねるようにして回避を成功させる。
ちなみに上から降ってきたデーモンエグゼクターは脳天から槍で串刺しを狙ってきていた。いくら痛みがほぼないVRゲームとはいえ、そんなグロい死に方は嫌だなぁ、なんてことを思う。
「いやー助かったっす、チトセさん」
「それはお互い様だって。しかしこうパターンが色々あるとなると、初見のパターンにどう対応するかが鍵になるな」
「そうっすね。といってもしっかり集中して反応する以外に方法は思いつかないっすけど」
「確かに」
とにかくどんな攻撃がくるか予想できない以上は後手で対応するしかない。
となるとこれはプレイヤースキルというより、単純に集中力が持つかどうかというプレイヤーの精神力の問題になりそうだ。
ただ少なくとも俺はこうした初見のパターンに対応するということには、野球で結構慣れていたりする。
というのも野球をしていた頃の俺は、持ち球が分からない初対決のピッチャー相手でもそこそこヒットを打ってきたからだ。
野球の大会は大抵トーナメントで、負けたらそこで終わりだ。初見のピッチャーだからって、打てなくて負けましたでは許されない。
そう言った意味では、今のこの状況はそれと結構似ている気がする。
初めて見る攻撃だからって、食らって死にましたでは許されない。
「まあ、やるからには勝ちたいよな……」
ふと、そんな言葉が口をついて出た。
最近はあまりそうしたことを思うこともなかったから、自分でも少し驚く。
――それは俺が過去からずっと持ち続けていた負けず嫌いの心、ずっと燃やし続けていた闘争の炎だった。




