3 初期スキル
クエストをこなすために北にあるゴブリンの集落に向かう道中に、ハルカはこのゲームにおける基本的な戦い方を説明してくれた。
「あー、そうだお兄ちゃん。本当はこういうのマナー違反なんだけど、初期スキルどんなの選んだか見せてもらってもいい?」
「ん、ああいいぞ」
そう言って俺はステータス画面を開き、それをハルカの方に指で飛ばして渡す。
こうしたVRゲーム特有の操作もだんだんと慣れてきた感じがする。
——————
チトセ/Lv.1/槍術士
スキル/【投擲Lv.1】【強振Lv.1】
【跳躍Lv.1】【大声Lv.1】【逆境Lv.1】
——————
俺のステータス画面を、三人娘が興味深そうに覗き込んでいる。
「【投擲】ってあれだよね、物を投げるときの飛距離と精度に補正がかかるとかいう」
「そうね。ベータテストのときは手裏剣みたいな投擲武器が発見されてなかったから微妙スキル扱いだったけど」
「でも戦闘以外にも役に立つ場面があるかも知れませんし、私は悪くないと思いますよ」
そうして俺のスキルについてそんな風にそれぞれ意見を交わしていく。
「ちなみにお兄ちゃんは、何でこのスキル取ったの?」
「俺ピッチャーだったから」
「ああ、そういう。じゃあ他のもそういう感じか……何だかいいね、そういうの」
「そうね。キャラクターのコンセプトがはっきりしているだけじゃなくて、本当の意味でロールプレイをしてるとも言えるし」
「キリカちゃんはいつもガチ構成だもんね」
「マコトだって似たようなものでしょう」
よく分からないけど、俺の回答はそこそこ好評だった。
その後も俺のスキルについての意見交換が進んでいく。
「【強振】って、近接武器の威力とスイングスピードに補正だったっけ?」
「ええ、私も取ってるわ。まあスイングスピードは上がっても全体のクールタイムは変わらないから、そっちはおまじないみたいなものだけど」
「キリカちゃんが取ってるなら当たりスキルだね」
強振はどうやら近接戦闘職にとっては当たりスキルらしい。
昔からバットを強く振れと言われ続けていたから語感で取っただけだけど、これはラッキーかも知れない。
「【跳躍】は、ジャンプ力強化かぁ。あんまり近接職で取ってる人は聞かないけど」
「確かにスカウトとかハンター系の、身軽な射撃職が木の上とかに登るためにたまに取ってるイメージがあるかな」
「ま、まあでも身体能力強化系のスキルは、腐りにくいから」
マコっちゃんがそう言ってフォローしてくれるが、どうやら【跳躍】はあまり近接職では取られないスキルらしい。
以前練習試合で相手チームのホームラン性の打球をジャンピングキャッチした経験から取っただけだから、まあ仕方ないか。
「【大声】……って何これ?」
「私もよく知らないわ。ベータテストでもほとんど話題に出た覚えがないし」
「近接職のキリカちゃんはともかくヒーラーのハルカも知らないの? 魔法使い系の間では有名だったのに。魔法の詠唱には影響がなくて、本当に大きな声で助けが呼べるだけのゴミスキルって」
「ゴミスキル、か」
「あ、すみませんお兄さん! お兄さんのスキルを悪く言うつもりはなくて……ただベータテストのときに取って悲しい思いをしたから、何というか……」
「ああ大丈夫、分かってるから。それに意見は遠慮なくはっきりと言ってもらった方が参考になるし」
【大声】はどうやらあまり役に立ちそうにないスキルらしい。
これは野球部に入ったら誰もが一度は経験する、声出しという練習から適当に連想して取ったスキル。
まあその辺りは現実の声出しという練習と同じで、あまり実感できる効果はないようだ。
とはいえそういうところも俺らしいと言えなくもないだろうし、まあいいか。
「【逆境】はピンチになったときにステータス全般に補正だよね」
「ピンチになってから少し強くなっても、たぶんそのまま全滅するパターンがほとんどだからあまり取る人はいない印象ね。多くの人は最初から常に発動する効果で能力が底上げされるスキルを好むから」
「確かにちゃんと準備をしてピンチになる前に終わらせるのが基本だけど、でももしかしたらそのスキルのおかげで全滅が免れるかも知れないですし」
「たぶんこれ、お兄ちゃんが逆転ホームラン打った経験から取ったスキルでしょ?」
「おう、よく分かったな」
「まあスキル名がね」
【逆境】は俺の最後まで試合を諦めない姿勢をキャラクターに反映させたくて取ったスキルだ。まあキリカの言う通り、ピンチにならないには越したことはないのだけども。
そんなこんなで俺のスキルに関する三人娘の意見交換が終わる。
率直な感想でいえば、俺のスキル構成は【強振】以外はあまり役に立たないだろうということだった。
しかしながらこのLLOというゲームの攻略には、スキルはそこまで影響しないので問題ないといった形でハルカには励まされた。
重要なのはプレイヤーの実力の方だから、と。
ゲーム経験のない俺にとってその言葉が励ましになると思っているあたりが何ともハルカらしい。
まあ何であれチトセというキャラクターは俺の分身なのだし、このスキル構成でしばらくは戦っていくしかないのだ。
「んー、お兄ちゃん何だか楽しそうだね」
「そう見えるか?」
「何か中学のときの最後の試合の前日みたいな顔してる」
「ああ……言われてみれば近いかもな。正直、わくわくしてる」
ハルカが言っているのは中学時代の全国大会の準決勝のことだ。あのときは圧倒的な実力で勝ち上がってきた優勝候補が相手で、正直なところ勝ち目はほぼなかった。
けど俺は、今の自分の実力がそんな相手にどれくらい通用するのか。それを試してみたくて、ずっとわくわくしていたのだ。
今の俺の感覚は、あのときのそれに近い。
俺は果たして、どの程度このゲームの世界で戦っていけるのか。
この世界の戦いというものを早く体験してみたい。今の俺は、そんな気持ちでいっぱいだった。