27 生産依頼
翌日、俺は朝の勉強を終えて昼食を取ると、そのままLLOを起動した。
ギョクを待たせているかも知れないので、今日は可能な限り早くログインしようと思ったのだ。
ゲームを開始すると、俺は市場の一角にある生産街にいた。そういえば昨日はギョクと話していてそのままログアウトしたんだった。
「お、チトセちゃーん! 待ってたよ」
「ああ、ギョクちゃん。待たせちゃったみたいで悪い」
「ははは、冗談だって。俺もちょうど今ここに戻ってきたところだし」
そんな風に笑うギョク。それが本当か嘘かは分からないが、まあ本人がそう言っているのだからそういうことにしておこう。
「じゃあさっそくマジックレザー装備作るか。チトセはあれだっけ、生産依頼とかって初めてか?」
「ああ、初めてだな」
「まあ装備がドロップのゴブリンランスと店売り一式だしな。じゃあ一から説明するんで、とりあえず生産依頼を俺に出してみてくれ」
「了解っと」
そういって俺はフレンド申請を送るのと同じ要領でギョクを対象に生産依頼を出す。
「魔法石は三つあるみたいだから、作るのはマジックレザー系の上半身装備、下半身装備、あと靴装備でいいかな」
「ああ」
「で、まず依頼報酬の形式を選択するんだけど、デフォルトの成功報酬型が一般的かな。生産に成功したらアイテムごとに設定されている定価の10%が依頼者から生産者に支払われるのがデフォルトの設定だけど、ここの金額設定は結構みんな適当だ」
「適当?」
「極端な奴だと知り合いだからタダとかいうのもいる。んで今回だけど、チトセもそんなにお金は持ってないだろ?」
「うん、まあ」
実際俺は金銭報酬が貰えるクエストをほとんどこなしていなかった。最初のゴブリン討伐で得た報酬は店売り装備に更新するためにほとんど使ってしまったし。
一応戦闘で得た換金用のドロップアイテムは多少整理して売却したが、現状そこまでお金を持っているわけではない。
「じゃあ今回の報酬はタダでいいや、マジックレザー系は定価も高いしな。生産に使う触媒代だけ負担してくれ。で、ここからが重要なんだけど、まず生産は失敗することがある」
「らしいな。でも失敗するとどうなるんだ?」
「基本的には生産に使用する触媒が無くなるだけなんだけど、ただ低確率で素材自体も無くなることがある。こればかりはゲームの仕様だから仕方ないので、そうなった場合は運が悪かったということで恨みっこなしだ」
まあそうだよな。誰が悪いわけでもないなら、誰かを恨むのは筋違いだ。
それに素材が無くなったことで責められてしまうなら、きっと誰も生産依頼なんて受けたくなくなるだろう。
「といっても生産品に対して極端にレベルが低いとか装備が整ってないとか、そもそも生産品に合った生産職でないとか、そういう場合でない限り大抵一発で成功するからあまり心配しなくていい。そのために半日待ってもらったんだから」
「ん、ああ、そこは別に心配してないよ。ギョクは説明も分かりやすいし、キリカが紹介するだけあって腕は確かなんだと思うから」
失敗という仕様はどうやら戦闘職や採集職、他の生産職が無理に生産品を作ろうとしたときに付きまとうリスクという面が大きいようだ。
だから失敗を繰り返して素材を失わないようにするには、ちゃんと皮装備なら革細工師という形で、生産品に適した生産職の人に仕事を依頼すればいいという話だ。
ゲーム的にも生産職という立ち位置の人が必要な役割となるように、その辺りは色々と考えられているらしい。
「これでチトセも大体生産のことは分かったと思うから、さっそく作っていくけど問題ないか?」
「ああ、お願いするよ」
そうして俺が持っている素材を並べて、生産依頼の最終チェックに二人ともがチェックを入れると、すぐに生産が開始される。
それから十秒ほど待つと、マジックレザーベスト、マジックレザーボトム、マジックレザーブーツの三つの装備が無事出来上がって俺の所持品に追加された。
「とまあこんな感じだな。ちなみにさっきチトセは俺の腕の話をしていたけど、生産職は生産中に特に操作しないから重要なのはキャラクターレベルと装備、あとスキルが少しだけで腕は関係なかったりする。関係あるとすれば知識だな、隠しレシピとかの」
「隠しレシピ?」
「このゲームの生産品って、実はレシピに書かれている素材以外も適当に追加して生産出来るんだ。まあ大抵は何も効果なくて素材が無駄になるだけなんだけど、たまに追加効果とか発生する組み合わせがあったりする」
「なるほど、それが隠しレシピってことか」
「そう。ただ隠しレシピを見つけようにも、素材自体が高い装備品とかだとそう何回も試せるものでもないし、なかなか見つからないんだ。中にはNPCとかがヒントを教えてくれるものもあるけど。ちなみに今の生産にもチトセが追加素材を全委任してたから勝手に素材をちょっと追加してみたけど、残念ながら全部外れたみたいだ。攻撃力と素早さに微妙なボーナスがついてるだけだな」
「え? あ、本当だ」
言われて気付いたがギョクに作ってもらった装備は少しだけステータスにボーナスがついていた。といっても本当に誤差の範囲っぽいけど。
「隠しレシピの情報はそのまま他の生産職に対するアドバンテージになるから、基本的にはみんな秘密にしている。だからチトセも隠しレシピの情報を得たら、あまり広めずに仲間内や信頼できる生産職の間で情報を共有するに留めとくのが吉だな。まあそれも今後どうなるかは分からないけどさ。数か月もすればwikiに情報が溢れてるかも知れないし」
確かにあのwikiの情報量から考えれば、いずれはそうした隠しレシピも網羅されていくのかも知れない。
しかしギョクは隠しレシピを見つけたら自分に教えてくれとは言わなかった。そういう所もフェアで好感が持てる人物だ。フレンドが多いのも納得できる。
とりあえず生産に関するゲーム内の文化とか暗黙の了解みたいなものは理解出来たので、ギョクの言う通り隠しレシピの情報を得たらまずハルカたちと情報を共有してからどうするか決めることにしよう。
「ちなみに隠しレシピってどうやって見つけるんだ?」
「NPCのヒント以外だと基本的には総当たりかなぁ。でもこのゲームの素材って馬鹿みたいに多いし、正直なところかなりきつい」
なるほど。その探し方だと基本的には生産職が見つけるものっぽいので、俺たちが見つけることはまずなさそうだ。
「シャルみたいに素材を買い占められるだけの財力があれば、探すのも捗るだろうけどなぁ」
「シャルさん?」
「お、初心者のチトセでも名前知ってるのか、さすがシャルだなぁ。あいつはベータテスト時代から誰よりも効果の高い隠しレシピのポーションを作って市場を支配してたんだ。まあ他の錬金術師が作るアイテムも売れなかったわけじゃないけどさ。まあそういう感じで、隠しレシピを見つけると一気にゲームが有利になるし生産職としての知名度も上がるってわけだ」
話を聞く限りではゲーム内で活躍して有名になりたいというモチベーションでプレイしている人も結構いるようだ。
そういえばハルカたちはどうなんだろうか。さすがにまだよく分からない。
そんな感じで隠しレシピの話が終わったところで、俺はさっそくマジックレザー装備一式を装備してみる。するとHPや防御力だけでなく、素早さや攻撃力なども一気にステータスが上昇した。
「マジックレザー装備は同じランク帯の装備と同程度のステータスが得られる上に、魔法防御まで上がるっていうかなり強い装備だから、しばらくはその装備で戦っていけるはずだ」
「ちなみにしばらくってどれくらいだ?」
「たぶんLv.15くらいまで」
そりゃまたずいぶんと先まで使えるな。まだ俺はLv.5なのに。
「じゃあ今後しばらくはクエストこなしたりレベル上げとかしながら、出来るなら武器の更新を目指す感じかな」
「そうだな、その方針で問題ないと思う。そういえば今日はキリカたちと合流しないのか?」
「ああ、そういえばまだ何も確認してなかったな」
言われて気付いたので俺はフレンドリストを見てみる。ハルカ、マコト、キリカの三人娘は全員街の北西の方で一緒に狩りをしているようだ。というかすでにLv.8になっていた。
「これは範囲狩りしてるな」
俺と同じようにフレンドリストを確認したらしいギョクがそんな風に呟く。
「範囲狩り?」
「ああ。タンク役が敵をいっぱい集めてきて、それを魔法使いが範囲魔法で一気に倒すっていう狩りのやり方だな。マコトはウィザードスタッフ持ってたから、かなり効率良さそうだし、せっかくならチトセも混ざってきたらどうだ?」
「うーん……」
俺が少し悩んでいると、ハルカからもお誘いのメッセージが来た。
≪北西で狩りしてるからお兄ちゃんも来ない? 美味しいよ≫
確かに効率よくレベルアップも出来るし、素材なんかもいっぱい手に入るのだろう。
けどその狩りは俺がいなくても成立するだろうし、むしろ俺が行っても俺は立っているだけになりそうな気がした。
それは何というか、少し退屈に思える。
≪悪い。今日は別のことして遊んでみるよ≫
だから俺はそんな風にハルカにメッセージを返した。すると即座に返信。
≪だと思ったよ≫
ハルカはどうやら俺の考えをお見通しだったようだ。
ということでハルカたちの狩りに不参加を決めた俺は、ギョクに生産とか諸々のお礼を言ってから別れの挨拶をして、適当に歩きだした。
さて、何をしようかな――。