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22 ビッグプラント戦3

 長年野球をやってきて、何万回もバットを振っているうちに掴めてくる感覚がある。

 それはバットを振り始めた瞬間に、バットがボールに当たるかどうかが分かるというものだ


 その感覚があるから分かる。

 槍の長さを考慮すると、俺のスイングは明らかに始動が遅れていた。


 というか冷静に考えると別にスイングしなくても良かった。ハルカを守るだけならバントで良かったのだ。

 いやまあバントも細い槍ですると結構難しいとは思うけど、ぶっつけ本番でタイミングを取らなくていい分はるかに楽だっただろう。


 俺はそんな風に、結果が出る前から失敗の原因を分析して頭の中で反省会を開く。


 けれど俺が振った槍は、俺の感覚とは明らかに異なる軌道を描き、まるでバットを理想的に振ったときのような最短軌道でスイングされていた。


 自分でも理解できない感覚に戸惑いながらも、その結果としてカス当たりだが、何とか【シードショット】にバットを……違う、槍を当てることに成功した。種は明後日の方向に転がる。野球なら確実にファウルだった。


 それにしても明らかに何か変な補正がかかっていたように思う……あ、もしかしてスキルの【強振】か?


 まあ何にせよ結果オーライだろう。


「あはは。妹のピンチに駆けつけてくれるなんて、まるで理想のお兄ちゃんだね」

「その言い方だと普段の俺が理想のお兄ちゃんじゃないみたいだな」

「別に不満はないけど、理想的かというと……ね」


 ……まあ普段の俺って、いつも野球しかしてなかったからなぁ。

 ハルカと遊んでやった記憶もほとんどないし、良いお兄ちゃんではなかったことは確かだ。悪くもなかったとは思うけど。


「とりあえずその話は置いておこう。それでハルカ、俺ちょっと思いついたんだけど」

「ん、何さ?」

「ハルカとマコトって、【シードショット】がなければ鞭打ちは前後移動だけで避けられるか?」

「出来るよ。動きを制限する意味がないからやらないだけで」

「じゃあ二人ともビッグプラントから見て一直線に並びながらそれをやってくれ」

「一直線……? あ、もしかして」

「ハルカとマコトはキャッチャー。俺はバッター」


 ハルカとマコトが一直線に並んでいれば、【シードショット】もその直線上を通る軌道で射出される。例外は俺が対象になったときだけど、それはそれで俺たちのパーティーにとっては運が良いパターンだ。

 それにこれだけ距離を取っていれば俺が狙われても、もしかしたら回避できるかも知れない。デッドボールを避けるときみたいに。


 とりあえず飛んでくるコースが一つに限定できて最初から待ち構えておけるなら、俺は槍で【シードショット】を打ち落とせるという確信があった。


 問題はこれをしている間は俺が攻撃に参加できないことだが、その分マコトに余裕が出来て攻撃回数が増えるならむしろダメージの効率は上がるだろう。


「いいね、それ。やってみよっか」

「あ、じゃあ私ハルカの後ろに立つね」

「マコトがお兄ちゃんを信用してないから私を盾にしようとするー」

「ち、違いますよ!? チトセさんを疑ってるとかじゃないですからね!」


 そんな風にハルカとマコトはイチャイチャしながらも、俺が言った通りに位置取りを変えて魔法を詠唱し始める。


 俺はそんな二人より少し前の、二歩ほど横にずれた場所に立つ。少し遠いが槍の長さを考慮したらこの位置がベストだった。

 ここは仮想のバッターボックスだ。これはピッチングマシーンを使ったバッティング練習だと思えばいい。それなら俺は数えきれないほどやってきた。


 【シードショット】の弾速は野球のそれよりも速いが、その分俺は少し野球より遠めに立っている。野球はピッチャーまで18.44m、今の俺は22mくらい。この後ろに半径2mずつハルカとマコトが鞭打ちを避けるスペースを取っている。


 このゲームの魔法の射程距離は特別なものを除くとだいたい30mらしいので、この位置が下がれるギリギリのラインとのことだ。

 ちなみにマコトはハルカとの中間地点に【魔法陣】を展開していた。今までは移動が多すぎて使う機会がなかったのかも知れない。


 そうして俺たちが準備を終えた頃にビッグプラントから【シードショット】が放たれる。軌道的に狙いはハルカかマコトのどちらかだが、まあどっちでも同じだ。

 俺はバットに見立てた槍をスイングして【シードショット】を打つ。やはりまだタイミングが取れていないようで少し振り遅れた。ファーストゴロといった感じだ。


 というか槍が細いのもあってちゃんと前に飛ばすのは難しい。まあ野球と違って前に飛ばすのが目的ではないからいいのだけど。


 次の球……じゃなくて弾だな。それもまた俺以外が対象だったようなのでスイングする。今度は綺麗に打ててレフト前にライナー性の当たりだ。


 それを何回か繰り返すうちに、だんだん槍で打つコツがつかめてきた気がする。

 鞭打ちが俺を狙ってくるのだけが鬱陶しいけど、こればかりは仕方ない。

 ちなみに何度か俺に飛んできた【シードショット】は距離を取っているおかげかギリギリで回避できた。


 そしてついに――カキーン!


 これが野球だったらバックスクリーンに突き刺さる完璧な当たりだった。

 あまりにもいい手ごたえすぎて思わず槍を投げてしまったので、慌てて拾い直す。

 現役時代の対外試合でやったら完全に怒られるやつだった。というか紅白戦でもたぶん怒られる。練習ではみんなよくやってたんだけども。


「……お兄ちゃん、完全に楽しくなってるでしょ?」

「ああ、こういうのも久々だからな」

「まあ楽しんでるならいいけどね。というかお兄ちゃん、その打球の方向ってコントロール出来たりするの?」

「ん、まあ慣れてきたから今ならある程度狙ったところに打てるけど」

「じゃあさ、ちょっとビッグプラントに当ててみてよ。もしかしたらダメージ入るかも」

「ああ、面白いなそれ」


 ピッチャー返しか。まっすぐ打ち返すというのはバッティングの基本だ。それにビッグプラントはかなり体が大きいので、狙えばどこかしらに必ず当たるだろう。

 ということで次に飛んできた【シードショット】を、俺はハルカのリクエスト通りビッグプラントに直接打ち返した。


「あ、ダメージ入ったね」

「……というか槍で攻撃するよりダメージ多い気がするんだけど」

「他にやった人はいないだろうし、今後やる人もいないだろうからどういうダメージ計算になってるのかは永遠の謎だね」


 まあ何にせよダメージが入るなら積極的に狙うべきだろう。

 そうして本来ならこちらがダメージを受ける攻撃を、逆に相手へのダメージに変換することが出来るようになったので、かなり効率よくビッグプラントの体力を削ることが出来た。


 そうしてキリカが【捕獲】から解放される頃には、ビッグプラントの体力も残り10%を切っていた。これならあとは普通に戦っていれば押し勝てるだろう。


 それから何度か【シードショット】が放たれるが、キリカが盾でブロッキングしたり、俺たちもしっかりと直撃をさけてガードして対処したことで大きな問題は起きず。


「【ファイアボール】!」


 【魔法陣】の上から放たれたマコトの高威力の魔法攻撃で、ついにビッグプラントを倒すことが出来た。


「よし! みんなおつかれ!」

「うん、おつかれー。いやー、危ない場面もあったけど、お兄ちゃんの機転で助かっちゃったね」

「お疲れ様です。というかあれは【シードショット】運が悪すぎたよね、私たちのレベルがちゃんとしてれば普通に対処出来たとは思うけど……チトセさんのファインプレーです」

「お疲れ様。あれは一番余裕のあった私がチトセに指示を出せれば良かったのだけど、ちょっと判断に迷っちゃって――」


 強敵に勝った直後なのに、すぐに反省会を開いて改善点を話し合う俺たち。

 ゲームなのにやっていることが強豪校の野球部とどこか似ていて少し面白い。どんなジャンルでも真剣に取り組むと似たような方法論に行きつくのかも知れない。


「そういえば毒薬ってどれくらい効果があったんだ?」

「たぶんビッグプラントの体力の3%分くらいじゃないかな」

「それだとチトセさんの槍換算で15回分くらいですね」

「そう考えると少しは役に立ったのか?」

「ちなみにマコトの魔法換算だと1回と少しくらいね」

「……そう聞くと微妙だな」

「まあ毒薬はおまじないみたいなものだから」


 とまあそんな風に戦闘を振り返りながら、俺たちはドロップアイテムを確認する。

 すると、不意にハルカが驚いたような声を上げた。


「あれ、これって――」


 どうやら何か良いものがドロップしているようだった。


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