2 ゲームの世界
ゲームを開始すると、俺は船に乗っていた。
LLOの舞台となる大陸には、かつて栄華を極めた文明が存在したらしいが、ある時突然その文明は滅んでしまったという。
そうして滅んだ原因も分からないまま長い月日は流れ、現在では他の大陸からやってきた調査団や一攫千金を狙う冒険者、またはそれらを相手に商売を行う商人など様々な人間がその大陸で生活を送るようになっていた。
どうやら俺もそうした冒険者の一人として、船でこの大陸にやってきたところからゲームのストーリーは開始するらしい。
船を降りたところで、親切なおじさんにまずは冒険者ギルドで登録をするようにアドバイスされる。
あれはNPCと呼ばれるもので、俺らみたいに人が操作しているキャラクターではなくて、ゲーム側があらかじめ用意しているロボットのようなものだという。
「それにしたって精巧だな……表情とか喋り方の抑揚とか、あれじゃあ本物の人間と見分けがつかないぞ」
本当に現実との違いが分からないくらいのクオリティだ。ゲームをしているというよりは海外旅行をしている感覚の方が近い。
さて、本来ならおじさんのアドバイス通り冒険者ギルドというところに行くべきなのだろうが、「ゲームを開始したらそこから動くな」という風にハルカからは指示されている。
なのでその場で少し待っていると、ほどなく声を掛けられた。
「あ、お兄ちゃんいた。おいすー」
「おいすー……って何だこの挨拶、ゲーム用語か?」
「そういうんじゃないよ、私のただの口癖」
「ふーん……というか見ただけで俺ってよく分かったな」
「よく分かったなって、お兄ちゃんほぼ髪伸ばしただけじゃんね」
「いやまあそうだけど」
自分ではキャラクターの外見は結構いけてる感じになったつもりだったから、もう少し面白い反応を期待していたりもしたのだけど、ハルカ的には特に面白いものでもなかったらしい。
「とりあえずフレンド申請、っと」
「お、何か視界の端に通知が出たぞ?」
「じゃあそこに軽く意識を向けてみて」
「意識を向ける……おお、通知が拡大されて視界に広がった」
「そこに私からのフレンド申請が来てるから、承諾しといて」
「おう……よし、いけたか?」
「ん、ばっちり」
そんな風にハルカとフレンドになった。フレンドになるとお互いに連絡を取るときなど色々と便利になるらしい。
ただ誰彼構わずフレンドになろうとしたり、突然フレンド申請を出したりするのはマナー違反なので注意するようにとハルカ。
まあその辺は現実の延長線上だろう。適切な距離感で人と接していけば、そうそう問題に巻き込まれることはないはずだ。
「じゃあまず冒険者ギルドに行こうか」
そう言ったハルカに先導される形で、俺は移動を開始する。
「そういえばお兄ちゃん、こういうプレイがしたいとか希望ある?」
「何それエロいやつ?」
「エロくないやつ。というかゲームの話だよ」
「いや、特に希望はないというか、何も分からないというか」
「じゃあ慣れるまでは私と一緒にプレイするって感じでおっけー?」
「ああ、おっけー」
「あ、あとその場合私のゲーム仲間の女の子二人も一緒になっちゃうけど、それも大丈夫?」
「ハルカの知り合いなら俺は問題ないけど、俺初心者だからゲームに関してたぶん迷惑かけるが、そっちは問題ないのか?」
「あー問題ない問題ない。あの二人なら腕は確かだから」
腕が確かだというなら、なおさら初心者が足を引っ張ってしまっては攻略に影響が出そうな気がするのだけど。
全員が初心者な野球チームならみんなで楽しくやれるだろうけど、この場合は強豪チームに一人初心者が混ざっている感じというか。
実力以外にもやる気とか熱意といった面で、個人に温度差があると問題が起きやすいのは、たぶんどこの世界でも同じだろう。
でもハルカが問題ないというなら、まあいいか。
「じゃああの受付のおっさんに話かけて、冒険者ギルドに登録してきて」
「ああ、分かった」
冒険者ギルドに着いたら早速ハルカに指示されたので、その通りに従って行動する。
ギルドの登録はすぐに終わり、何かクエストボードというものが解放されたとアナウンスが出る。
「クエストボード使えるようになった?」
「ああ」
「このゲームはメインストーリーというものがなくて、基本的にはいろんな依頼をこなしてお金や名声を集めつつ装備なんかを整えて、未開拓エリアを調査したりとかするんだけど、そうした依頼をまとめて管理するのがクエストボードっていうもので……って口で説明しても分かんないよね?」
「ああ、全く」
「じゃあどうしようかな……あ、ちょっと待ってね、メッセージ来てた」
ハルカはそう言って何やらぶつぶつと小声で呟きだす。
一分くらいで用事は終わったようで、俺の方に向き直って笑う。
「ちょうど良かった、さっき言ってた私のゲーム仲間がこっち来てくれるみたいだから、紹介ついでにパーティー組んで一つクエストを一緒にやっちゃおう」
そうして数分としないうちに、女の子が二人やってきて、ハルカとあいさつを交わしていた。
「えっと、二人に紹介するね。これうちの兄のチトセ」
「どうも、チトセです。ゲームは初心者なんで、お手柔らかにお願いします」
「ええ、よろしく」
「よ、よろしくお願いします!」
金髪ロングで赤い目をした少女と、肩くらいまでの長さの緑髪にブラウンの瞳をした少女が言葉を返してくれる。
「で、こっちの金髪で性格きつそうなのがキリカ」
「ハルカよりは温和な性格のキリカです」
「んでこっちの緑髪で頼りない感じなのがマコト。マコっちゃんは小中学校同じだからお兄ちゃんも知ってるよね」
そう言われて、俺は過去の記憶を辿るまでもなくその少女のことを思い出す。
近所に住んでいたハルカの友達で、出不精なハルカに何度も「めんどい」と誘いを断られながらも、めげずにハルカをあちこち連れ出してくれていた子だ。
「お、お久しぶりですお兄さん!」
「ああ、あのマコっちゃんか! いやぁ、いつもハルカが迷惑をかけてるみたいでごめんね」
「い、いえ、慣れてますから」
そう言ってハルカに迷惑かけられてることは否定しなかった。
マコっちゃんは見た感じは気弱そうだけど、芯がしっかりとしていて強かな性格をしている子だ。
まあそうでもなければハルカの友達なんて出来ないだろう。
「んじゃ早速だけどこの四人でパーティー組んで、とりあえずクエスト行ってみようか」
ハルカはそういうと手際よくパーティー申請を全員に飛ばし、適当なクエストを受注してきた。
ハルカが選んだクエストは「ゴブリン族を十体討伐」というもの。ゴブリンというのはこうしたゲームでは一般的な雑魚敵らしく、ゲームを始めた段階では最適な相手だという。
「ゴブリンの集落はここから北にちょっと行ったところにあるから、ちゃちゃっと行くよー」
ハルカはそうみんなに声をかける。どうやらこの三人のリーダーはハルカが務めているらしい。
普段は面倒くさがりな性格をしているけど、好きなことをしているときのハルカはいつも生き生きとしているので、俺からしてもそこまで意外ではなかった。
とまあそんな感じの軽いノリで、俺の初めての冒険は幕を開けた。