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153 浴衣

2019/5/21より、幻冬舎コミックスのcomicブーストでコミカライズの連載がスタートします。


挿絵(By みてみん)

 周囲からの視線が痛かったので俺たちは人通りの少ない路地まで場所を一旦移すことにする。


 マコトはすでに落ち着いた様子だったが、今度は取り乱したことを恥ずかしがっているようで、しばらくハルカを盾にして俺から隠れていた。


「――それでハルカはどのあたりから後をつけてたんだ?」

「いや、別に後をつけたつもりはないよ。ただその辺を歩いてたんだけど、二人とも凄く目立ってたから嫌でも目に入ってくるし、それで遠目から見てたら突然マコトが泣き出して余計に目立っちゃうし……それでお兄ちゃんも困ってるみたいだったから仕方なく助け船を出しただけ」

「なるほど……それは、疑って悪かったな」

「まあクエストのチェックポイント的に、あの辺を通るのは分かってたんだけどね」

「……おい?」

「えへへ」


 そんな風にハルカが笑って誤魔化したので、俺は誤魔化されておくことにした。


 話によると俺とマコトが二人で話せるように、このクエストに誘うことを提案したのはハルカらしい。たぶんハルカなりに俺たちを心配してくれていたようだし、待ち伏せしていたというよりは見守っていてくれた形になるのだろう。


 とはいえハルカにただ素直に感謝するのも何か釈然としないものがあるので、こうして曖昧にしておくくらいが丁度いい。たぶんハルカもそう思っているはずだ。


「あ、そうだ。お兄ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど」

「ん、何だ?」

「マコトとのデートが終わったらでいいんだけど……私ともデートしない?」

「ええっ!?」


 ハルカの発言にマコトが驚いた声を上げる。ただ俺にはハルカの言葉の意図が透けて見えていたので、冷静に返すことが出来た。


「つまりハルカも浴衣が欲しいってことか。別にいいけど」

「やった。じゃあついでだからキリカの分もお願いしていいかな?」

「……? いやまあ、それも構わないけど」


 この場にいないキリカの名前が出たことにちょっとだけ不思議な感じがしたけれど、まあ期間限定のシーズンクエストである以上は、出来るタイミングで一緒に終わらせておいた方が手間も少ないだろう。


 そうこうしているうちにハルカが連絡を取ったようで、近くにいたらしいキリカがすぐに合流した。


「あらマコト、浴衣かわいいじゃない」

「ふふっ。ありがとう、キリカちゃん」

「チトセは……何かチャラいわね」

「あはは、確かに!」

「えー……そんなに変か?」

「いや、逆だよお兄ちゃん。むしろその外見に似合い過ぎてるってこと」

「そうね。チトセは背が高いし手足も長いから、何となく浴衣姿に色気もあるし」

「色気……」


 それはあまり耳慣れない言葉というか、少なくとも俺自身がそんな風に言われたのは初めてのことだった。とはいえゲームを始めるキャラメイクの段階では、あえて茶髪のチャラい雰囲気を目指していたことを思い出す。


 ということはキリカたちがそんな風に言ってきた時点で、ある意味では俺の狙い通りだと言えるのかも知れない。


 何にせよダサいとか言われるよりは何倍も良かったのは間違いない。


 そんな感じで結局普段の四人で集まってしまったけれど、まずはマコトと二人で進行中だったクエストを終わらせることにした。


 チェックポイントを巡ってから布屋のおばちゃんのところに戻ると、協力したお礼として俺らが着ていた浴衣はそのまま持って帰っていいと言われ、クエストが完了する。


 浴衣以外のクエスト報酬は名声値とお金が少し。使った馬車代を差し引くとほぼ残らないことからも、クリアしてもしなくても攻略には影響しないというのはやはり事実らしい。


 その後まずはハルカとパーティーを組みなおして、再度同じクエストを受ける。といっても受けられるのはハルカだけで、一度クリアした俺は再受注出来なかった。


 まあ街中で受けられる普通のクエストも基本的には一度きりというものが多いので、特に不思議でもない。


 そうして俺たちはフェリックとリムエストを馬車で往復して、布屋のおばちゃんから宣伝のために浴衣を着て街中を歩いてくるように頼まれる。


「どうお兄ちゃん、私の浴衣姿似合ってる?」


 浴衣に着替えたハルカがそんな風に尋ねてきた。


 正直なところ俺はあまりオシャレとかそういう方面に詳しくないので、あまり気の利いたことは言えない人間だった。


 そしてハルカも昔からそれを理解していたので、俺にそういうコメントを求めることは滅多になかったように思う。


 ああ、でもそういえばハルカが浴衣を着ているところを見るのは初めてかも知れない。夏祭りなんかにも普段着で行っていたし、というかハルカは基本的にインドアの出不精だから、マコトに連れ出されない限りはそういうイベントにも積極的に参加するタイプではなかった。


 というかハルカが現実で浴衣を持っているのかどうかすら俺は知らなかったりする。


「ああ、似合ってるんじゃないか?」

「本当にー?」

「うーん、そう言われると自信が無くなってきたな」

「なんでやねん」


 俺の冗談にハルカがわざとらしくツッコミを入れると、それを見ていたマコトとキリカが笑い声を上げた。


 そのまま四人でしゃべりながらチェックポイントを回っていき、今度は何事もなくすんなりとクエストが完了する。


 その後キリカとパーティーを組みなおそうとしたタイミングで、キリカが少し遠慮したような雰囲気で言った。


「というか私は別にいいかな。性能的に必要ないし……」

「えー、せっかくだからやっておこうよ」

「そうだよ。私もキリカちゃんの浴衣姿見たいし」

「でも私そういうのはたぶん似合わないし、着せ替えもそんなにするつもりないから」


 どこかサバサバとした雰囲気でキリカはそんなことを言う。


 キリカがゲームの攻略を第一に考えるタイプだということは、一緒にゲームをしている中で俺にも理解出来るくらいにははっきりとしていた。


 だからこそキャラメイク時点でのスキル選びもマコトにガチ構成と言われるくらい性能重視で選んでいるし、装備選びに関しても性能面では一切の妥協がない。


 もしかしたらキリカのスタンスとして、攻略とは関係ないところに時間を使うくらいなら、少しでも狩りをして装備のためにお金を貯めたいと考えているのかもしれない。


 ハルカとマコトが説得しようとするが、やはりキリカはあまり乗り気ではなさそうだった。


「――ほら、お兄ちゃんも何か言ってあげてよ」

「俺? といってもな……キリカがそこに価値を感じていないなら、押し付けても仕方ないんじゃないか?」

「それは確かにそうですけど……でもキリカちゃんの浴衣姿、絶対綺麗なんですよ。だったら見てみたいじゃないですか!」


 マコトがそう熱く語りかけてくるので、俺は自然とキリカの方に目が向いた。


 確かにキリカは背が高くてスタイルが良い美人なので、浴衣もモデルのように完璧に着こなすような気がする。普段は金属の鎧に身を包んだ凛々しい剣士だけど、浴衣を着るとまた違った雰囲気になるのは間違いない。


 でも無理を言って着せるのもなぁ、と考えていると不意にハルカから耳打ちされる。


「キリカも本心では着てみたがってるはずだから、お兄ちゃんも話を合わせて」


 ……本当か?


 まあ確かに言われてみればキリカも本気で嫌がっている感じではない。どちらかというと俺たちを付き合わせることに遠慮している雰囲気だった。


 となるともしかしたら本当にハルカの言う通り、浴衣を着てみたい気持ち自体はあるのかも知れない。キリカと長い付き合いのハルカがそう言うのであれば、信じてみる価値はありそうだ。


「まあ着る着ないはキリカに任せるとして、せっかくの機会だし浴衣は取るだけ取っておいたらいいんじゃないか? 確かこのクエストって期間限定なんだろ?」

「それはそうだけど……」


 キリカはそう言いながら迷う素振りを見せた。


「ほら、もう一押しだよお兄ちゃん」


 またハルカがそんな風に耳打ちしてくる。


 というかわざわざ言われなくても、もう一押しという感じなのは俺にも分かっていたので、ここは素直に剛速球を投げ込むつもりで力押しすることにした。


「それにさっきキリカはそういうのはたぶん似合わないって言ってたけど、俺は似合うと思うんだよな」

「……ふふっ、何それ。ハルカにそう言えって言われたの?」

「いや、俺の本心だよ。ハルカのアドバイスはもう一押しだとかで役に立たなかったから」

「なんだと」


 ハルカはそうわざとらしく怒りながら、杖で俺の脇腹を突っつくようにした。もちろんゲームなので痛みはないのだけど、何かが当たる感覚だけはあって少し不思議な感じだ。


「そう……まあみんなにこれだけ薦められて拒否するほどこだわるものでもないわね。あ、でも本当にそんな期待しないでよ?」


 そんなこんなで俺はキリカとパーティーを組み、クエストを進行させる。街を往復して、おばちゃんから浴衣を受けとるところまではスムーズに行き、そして――。


「わあ、キリカちゃん綺麗!」


 キリカの浴衣姿を見て、一番最初にそう大きな声を上げたのはマコトだった。


 キリカはいつもの長い髪を高い位置でまとめて髪飾りを付けていた。あれはマコトの持っている着せ替え用のアクセサリーらしい。何でもキリカの浴衣姿に合わせるためだけに買ったとかで、確かによく似合っていた。


「マコト、あれいくらしたの?」

「あれは安いよ? 1kくらい」


 あの髪飾りはとあるモンスターからドロップする装備だというが、性能的にはほぼ使われない装備で、供給もそこそこあるので市場でも捨て値で売られているらしい。


 ただ見た目が良いので、着せ替え用としてマコトは確保していたという話だった。


「やっぱりこういう格好は……ちょっと恥ずかしいわね」

「いや、よく似合っててかわいいよ。ね、お兄ちゃん?」

「ああ」


 普段は凛々しく堂々と先陣を切っていくキリカが、こんな風に恥ずかしそうにしているのは、俺からすると初めて見る姿だった。もちろん付き合いの長い二人はそうではないのかも知れないけど。


 マコトは素直にキリカの浴衣姿に感激しているようで、キラキラした目でキリカを綺麗と褒めていた。マコトに悪気がないと分かっているからこそ、キリカも対応に困っているように見える。


 そこに悪乗りするようにハルカはキリカに「世界一かわいいよ」などと言ってからかっていた。ハルカに悪気があるのは丸わかりなので、キリカもハルカにツッコミを入れたりして少し普段の調子を取り戻した雰囲気だ。


 そうしてクエストを終わらせるために俺たちは四人で一緒にチェックポイントを回っていく。さすがに浴衣姿の人間が四人も集まっていたら目立つようで、周囲の視線が自然と集まってくるのを感じる。


 そんな中で、ハルカが突然良いことを思いついたと言わんばかりに口を開いた。


「あ、そうだ。せっかく全員浴衣姿なんだし、写真撮ろうよ」

「それだけは絶対嫌!」


 街中を歩いて少しは慣れた様子のキリカだったが、さすがに画像に残すのは抵抗があるようで、断固拒否といった態度を示す。


 そんな二人のやり取りを見ながら、マコトは言葉にこそ出さないが少しだけ残念そうにするのだった。


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