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152 偽りない本心

 浴衣姿で俺とマコトは街中を歩く。さすがに目立つ格好なのか、たまに周囲のプレイヤーから視線を向けられる。


 このクエストは二人でチェックポイントを全て回ると完了となるらしい。その間特にイベントなどは発生しないらしいので、適当に話をしながら歩く感じになる。こうしていると浴衣デートみたいだが、実際にプレイヤーの間ではそう言われていたりもするらしい。


 ちなみにこのLLOというゲームではこういった条件付きのクエストをこなすために、報酬付きでパーティー募集が行われることもよくあるらしい。


 たぶん感覚的には以前ジョージさんが俺に護衛を頼んだのと同じような感じなのだろう。


「――そういえば午前中に、ヒヨリちゃんが一回チャレンジしてみたいというので『打ち捨てられた墓所』の二層に行ったんです」

「ああ、確かにヒヨリは行きたがりそうだな」

「はい。ただやっぱり最初のイビルオークが越えられなくてダメでした」


 やはりあのダンジョンは、最初のイビルオークを制限時間以内に倒せるかどうかが大きな関門となっていた。


 ハルカがレストレイントロッドという新しい杖を手に入れたことで、ヒーラーながらも高いダメージを出せるようになったからもしかしたら行けるかも知れないという期待もあったらしいが、それだけではダメージが足りなかったのだという。


「やっぱりキリカちゃんが言う通り、普遍的な攻略法が何か別にあるのかも」

「攻略法なぁ……」


 それは昨日ダンジョンを攻略し終えた後、キリカが言い出したことだ。


 キリカによると、俺たちがイビルオークを倒せたのは、槍術士の【迅雷風烈】で敵の背後に回れたことがやはり大きいらしい。


 実際イビルオークの背面はどこを攻撃してもクリーンヒット判定だったので、元々背後から攻撃して倒すことを想定しているのは間違いない。


 それに加えて一層で入手出来るデモンズスピアに【奇襲Lv.5】が付いていたことも考えると、『打ち捨てられた墓所』の二層は槍術士がいると有利に進められる、というのは開発者の意図したものなのだろう。


 ちなみにLLOのようなゲームでは、特定の職業が活躍する場面というのはあちこちに存在するらしい。それが職業ごとの個性や特徴にもなっていて、面白さを生んでいたりもするのだとか。


 ただし特定の職業が極端に有利になったり、その職業がいないとクリア不可能といったようなゲームのバランスにはしないのがLLOというゲームなのだという話もしていた。


 となるとイビルオークに関しては、実はどの職業でも可能な攻略法が用意されていたが、俺たちはそれを見つけられていないのではないか――というのがキリカが昨日話していたことだった。


「やっぱりスライディングで後ろに回り込むのがいいんじゃないか?」

「そんなの出来るのはチトセさんだけです!」


 俺の適当な言葉に対して、マコトは真面目にツッコミを入れた。


 ちなみに敵の背後に回るアビリティというのは色々存在していて、短剣を使う職業なら槍術士よりも連発出来たりもするし、マコトみたいな魔法使いでもLv.30を超えたあたりで【テレポート】という短距離移動魔法を使えるようになる。


 ただ短剣は基本的に攻撃力が低めで、回避や機動力を生かしながら、クリーンヒットを狙ってアビリティによる大ダメージを叩き込むという特殊な戦い方をすることが多く、リーチの短さもあって継続的にダメージを出し続けるというのはあまり得意ではないらしい。


 ということで短剣がどこまでイビルオーク攻略に有効かは、正直試してみないと分からないようだ。といっても俺たちの知り合いだと短剣使いはミヤコさんくらいしかいないが、ミヤコさんは現状そこまでレベルは上がっていないし、装備も整っているとは言い難いので試すのも難しい。


 何にせよ今のところは、誰でもクリア出来る攻略法というのはまだ見つかっていない状況だと言えた。


 だからこそみんなで相談して『打ち捨てられた墓所』の二層の情報を掲示板で公開しようとなったときも、ドロップアイテムについては公開したが、結局攻略法については伏せることになった。


 それは単純に、俺たちの攻略法はおそらく正しくないからだ。


 デモンズスピアを持った槍術士が参加すれば有利になる、というのはきっと開発者の意図通りなので問題ない。


 ただその槍術士が素早さ重視の装備をした上で、プレイヤー自身がほぼ減速しないスライディング技術を持っていなければならない、というのではさすがに条件が限定的すぎる。


「もちろんそういうプレイヤースキルで解決するのもゲームの醍醐味ではありますけどね。でもその攻略法を公開したせいでみんながスライディングの練習を始めたりしたら、それは結果的に遠回りになりますから」

「まあ、そうなるだろうな」


 俺はマコトの言葉に同意する。


 情報を公開することで逆に世間のプレイヤーを混乱させてしまうこともあるし、最悪の場合は出来る出来ないの水掛け論に発展して荒れる原因にもなる。だからこそハルカたちは攻略法について、一旦伏せるという判断をしたのだった。


 実際、強い装備が整っているトッププレイヤーのヒヨリを連れて行ってクリア出来なかったのだから、その判断はたぶん間違っていない。


 デーモンエグゼクターの奇襲を避けるために、壁を背負ったりグループ分けしてお互いに声を掛け合ったりするのが世間で求められている普遍的な攻略法であって、俺やヒヨリが初見のときにやったようなただ根性で避けるみたいなプレイヤースキルに依存するやり方は、きっと求められている攻略情報ではないのだ。


 そんな風に、俺とマコトは並んで歩きながらしばらくLLOに関する話を続けた。


 ゲームの話をしているときのマコトは昔よりも饒舌なように思える。何より表情も明るくて楽しそうだった。


「……チトセさん? どうかしました?」

「いや……やっぱりマコトもゲームが好きなんだなって思ってさ」

「ああ……そうですね。やっぱり仲の良いみんなで遊ぶのは楽しいですから。でも最初の頃は私だけゲームが下手っぴで、だからみんなの足を引っ張らないように頑張って練習したんですよ」


 そういえば前にシャルさんとクランを作る話をしていたときに、そんな話をしていたのを思い出す。


 最初から何でも器用にこなせるハルカとは違って、マコトは上手く出来るようになるまで少し時間がかかるタイプだった。


 当然ながらコツを掴むまでの間は何度も失敗を繰り返すことになるだろうし、それはマコトにとっても楽しいことばかりではないはずだ。


 それでもマコトは決して途中で投げ出したりしない。だからこそ俺はマコトのことを芯がしっかりとした強い女の子だと評価していたりする。


 だからそんな言葉が、ふと口をついて出た。


「……マコトって強いよな」

「強い、ですか? ……すみません、あまり分からないです。だってゲームでもリアルでも私が勝てない人はいっぱいいるし、そもそも私は自分を強いなんて思ったことがないから。……というかそんなことを言ったらチトセさんの方がずっと強いじゃないですか」

「あー、俺の場合は野球が得意だったから、というのが大きいんだよ。最初から周りよりも上手く出来たし、試合にだって勝てた。だから楽しかったし、自信を持って続けることが出来たんだ。これがもし俺に野球のセンスが無くて、プレーも上手く出来ず試合でも負けてばっかりだったら……正直続けられたかは分からない」


 俺は心の底から、野球は楽しくて面白いスポーツだと思っている。ただ同じようにそう思っていたはずなのに、続けられずに辞めていった人間を何人も見て来たからこそ、思う。


 ――才能と環境に恵まれた俺は幸運だったのだ、と。


 もしその幸運に恵まれていなかったら、俺はマコトが言うような強い人間でいられただろうか。正直分からない話だった。


 そんな風に少しネガティブな話をしてしまってせいで、マコトの表情が曇ってしまう。失敗したなと思ったところで、不意にマコトが口を開いた。


「あの、チトセさん。一つだけ訊いてもいいですか?」

「ああ、何?」

「チトセさんは周囲から期待されて、こうあるべきだって理想の姿を押し付けられることが、辛くなかったですか?」


 どうして突然、マコトがそんなことを俺に尋ねるのかと、俺は一瞬考える。


 いや、マコトからしたら別に突然ではないのか。ずっと俺に対してそんなことを思ってきたのだろう。


 チームを勝たせる理想のエース像。マウンドを預かるエースの在るべき姿を追い求めて、色々と無茶をしてきた俺のことを、マコトは昔からずっと近くで見てきたのだ。


 だからこそ今こうして尋ねてきた。周囲の期待に応えるために、応援されたから頑張っていたのだとしたら、それは辛いことなのではないか、と。


 そしてそれはマコト自身が俺に期待を寄せ、応援してきたからこそ出てきた言葉なのだろう。


「確かにマコトの言う通り、チームのエースとしての重圧とか期待というのは楽なものじゃなかったよ。でも何だろうな、結局その辺はついでに解決しちゃったというか」

「ついで?」

「ああ。みんなが求めていることと、俺がやりたいことが一致していたんだよ。俺は野球の試合に勝ちたい。みんなは俺に勝って欲しい。だったら俺がやるべきことは最初から同じで、何も変わらないだろ?」


 俺がやるべきことと、やりたいことがたまたま一致していた。


 才能や環境もそうだけれど、何がと言われればそれこそが俺にとって最大の幸運だったのだと思う。


「俺がただわがままに勝ちたいからやっているだけのことを、みんなが褒めてくれて、期待してくれて、応援してくれる。そんな幸せなことなんてないだろ? だからそんな風に俺を幸せにしてくれたみんなの期待に応えることで恩返しがしたかった……ただそれだけだよ、俺が思ってたことは。だから辛くなんてなかったし、応援してくれた人たちには今も感謝してる……まあ期待に応えられなくて悪かったなって気持ちは正直今でも引きずってるけど、それはそのうち何とかなるだろう」


 それが今の俺の偽りない本心だ。


 ハルカと本音をぶつけ合って兄妹喧嘩をした結果、俺の中では一通りの整理がついていた。出来ないものは出来ないし、今の俺が弱いのはもう仕方がない。辛いんだったらそれも認めるしかない。


 痛みも苦しみも認めた上で、全てを抱えて歩いていくしかないのだ。


 だから……俺はマコトにも、ちゃんと言わないといけない。


「野球留学でマコトには寂しい思いをさせたみたいで、そのくせ誰にでも自慢できるような凄いお兄さんにもなれなくて、ごめん。でもマコトがよく試合を見に来て応援してくれたから良い所見せようって頑張れたし、辛い練習とかを乗り越える力にもなったんだ。だから……ありがとうな、マコト」


 俺はただひたすらに野球のことだけを考えていたから、ずっとそうした思いを口に出すことは無かった。不言実行で、期待に応えて残した結果が俺なりの感謝の気持ちだった。


 でもそれだけじゃ伝わらないこともある。だからこそ言うべきだった。


 ――マコトの期待は全く重荷などではなかった。

 ――マコトの応援は本当に嬉しくて力になった。


 そんなことを俺は自分なりの言葉で、ちゃんとマコトに対して感謝の気持ちとして伝える。


 すると――。


「お兄さん……っ!」


 現実での呼び方で俺を呼んだマコトは、そのまま感極まって泣き出してしまった。


 けれどこれも仕方のないことなのだろう。俺が野球を続けられなくなったことで苦しんでいたのは俺だけではない。優しいマコトだって、きっと苦しんでいたはずだから。


 とはいえ、さすがにこの状況は少し困る。ただでさえ浴衣姿で目立っていたのもあって、周囲の視線もかなり集まってきている気がする。


「おうおう、お兄ちゃん。そんな可愛い子泣かせるなんて酷いことするじゃねーの」


 そんな中で聞き慣れた声が聞こえてきたので、俺は助けを求めるようにその声の主に呼びかけた。


「ハルカ! ちょうど良かった、マコトが――」

「うん、途中から見てたから分かってる。ほらマコト、おいで」


 ハルカがそう言うと、マコトは素直に従ってハルカの胸を借りる形で泣く。


「マコト、聞きたい言葉は聞けた?」

「うん……」

「それは良かった」

「うん……」

「ね、私の言ったとおりだったでしょ?」

「……ハルカ、ちょっとうるさい。大人しく胸だけ貸してて」


 少し鼻声になりながらも、マコトはハルカにはっきりと自己主張をする。


 ハルカは小さく「わがままな奴め」と呟いていたが、マコトが落ち着くまで背中をトントンと優しく叩いてやっていた。


 そんな二人はどこまでも自然体で、遠慮のない関係だと言える。


 そうしてとりあえずマコトが落ち着くのを待ってから、さっきはナチュラルにスルーしてしまったハルカのストーカー宣言について、後で追及することを心に決めるのだった。


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