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151 シーズンクエスト

 今日もいつも通り昼過ぎにログインする。リムエストの噴水前は相変わらず人通りが多い。


 さて、今日は何をしようかと考えながら、まずはフレンドリストを開く。リムエストにいるのはシャルさん、ギョク、そしてマコト。


「ん、マコトが街にいるのは珍しいな」


 生産職であるシャルさんとギョクが街にいるのはいつものことだけど、マコトは狩りやクエストなどのために街の外のフィールドにいることが多い印象だった。


 実際ハルカとキリカ、ヒヨリやザキとギドといった戦闘職の面々は今も外のフィールドで活動している。ちなみにレンとジョージさんはログインしていない。


 何にせよみんなで集まって何かする場合はハルカからメッセージが飛んでくるだろうし、今のところは一人で出来ることを何かやってみるのが良さそうだ。


 今の装備ならフェリック側でもある程度ソロで狩りをすることは可能だと思うので、とりあえず市場で回復アイテムを買い込んでから馬車で移動することにしよう。


 そう思って市場に向かって歩き出したところ、すぐに見慣れた顔を見つける。


「お、マコト!」

「あ、チトセさん! ……よかった、見つけられて」


 どうやらマコトは俺のことを探していたらしい。


 俺がログインした通知を見て噴水前にやってきたけれど、人が多すぎてなかなか見つけられなかったといったところだろうか。


「あの、チトセさんにお願いがあって……これから少しクエストを手伝って欲しいんですけど」

「ああ、いいよ。マコトにはいつも助けられてるしな」

「そんな、助けてるなんて、私は何も――」


 そう言いながらマコトは顔の前で手をブンブンと振る。人当たりが柔らかくて、謙虚で遠慮がちなところは昔から変わっていない。


 俺からすれば、マコトのこういうところをハルカには少し見習ってほしいところだったが……まあハルカはあれでいいのかも知れないと、最近はそう思うようになった。これもゲームを始めたことで気付いた発見だ。


 そんな風に少し話をしているうちに、マコトからパーティー申請が来たので承諾する。


「それで、マコトがやりたいのはどんなクエストなんだ?」

「おつかい系のクエストで、期間限定で変わった見た目の装備が貰えるんです。性能は初期装備と同じなので攻略には必要ないんですが、着せ替えのために今のうちに集めておきたくて」


 俺がクエストについて質問すると、マコトは丁寧に説明してくれた。


 今回やるクエストはシーズンクエストというもので、期間限定で季節に応じた見た目の装備が貰えるというものらしい。今は夏なので、夏っぽい見た目の装備が貰えるという話だった。


 ちなみにこのクエストだが、男女二人組のパーティーでなければ受注出来ないという制限があるのだとか。


「――なるほど、だから俺の協力が必要ってことか」

「はい……すみません。戦闘とかはないのであまりチトセさん好みじゃないクエストかも知れません」

「いや、全然問題ないって。戦うだけがゲームじゃないし、そういう方面の面白さも分かってきたから」


 俺がそういうと、マコトは礼を言いながらにっこりと笑った。


 どうやらマコトがあまり遠慮ばかりしていると、逆に俺に気を遣わせてしまうと思ったようだ。そのあたりの空気を読んだ押し引きというのも、マコトはとても自然にこなす。


 それはマコトの人柄というか性格というか、何にせよ昔から一緒にいてとても心地のいい相手だった。少なくとも俺やハルカには真似のできないマコトだけの能力に違いない。


 そうこうしているうちに、リムエストの南東の端っこの方にある少し変わった雰囲気の店に到着する。


「なあマコト、ここは?」

「ここは布屋といって、私たちはあまり利用する機会はありませんが、生産職の人たちがオリジナル装備を作れるようになるとお世話になったりするそうです」


 そして今回のクエストは、そんな布屋のおばちゃんが発注しているものらしいので、俺たちはそのおばちゃんからクエストの概要を聞くことにした。


「あんた達冒険者かい? ちょっと聞いておくれよ――」


 NPCなのにとても人間味の溢れたおばちゃんは、そんな風に気ごころの知れたご近所さんに話をするように語りかけてくる。


 おばちゃんの話を要約すると、まず最初に東の国の商人から珍しい布を仕入れたが、使い道が難しいのかさっぱり売れなくて困っていたという。


 そこで知り合いの服屋に見本となる服を作ってもらうことにしたのだが、期限を過ぎてもその服が届かないので様子を見てきて欲しい、というのが依頼の内容だった。


 俺たちはおばちゃんの依頼を引き受けると、まずは服の製作を依頼した服屋を目指す。


「依頼なんかせずに自分でいけばいいんじゃないかって最初は思ったけど、服屋がフェリックにあるなら仕方ないか」

「そうですね。冒険者でも通行に許可証がいるくらいなので、まだお店の人が気軽に行き来出来る状態ではないのかも」


 そんな風にマコトとクエストについて話をしながら、俺たちは馬車でフェリックに到着する。


 そうして街の南側にある服屋に俺たちが入ると、店の奥の方から女性の大きな声が聞こえてきた。


「出来たぁぁぁ! いやー、おばちゃんに無茶ぶりされたときはどうなるものかと思ったけど、完成してみればこのクオリティ……やはり天才か」


 小躍りしながら店の奥から姿を現したのは、ラフな服装をした大人の女性だった。


「あれ、お客さん? 冒険者の人がうちに来るのは珍しいねー。うちが作ってるのは装備じゃなくて衣服だからさ」

「あの、私たちリムエストの布屋の方に頼まれて――」


 興味深そうにこちらを見ていた女性に、すぐにマコトが用件を伝える。


「――なるほど、おばちゃんの依頼ね。それならちょうど今完成したところだから、持って行ってくれるかな?」


 そう言われて渡された「衣装箱」というクエスト用アイテムを、俺たちはアイテムボックスに入れる。


 そのまますぐにまた馬車でリムエストにとんぼ返りして布屋までいくと、おばちゃんが元気よく出迎えてくれた。


「ああ、あんた達。あの子の様子はどんな感じだったかい?」

「えっと、凄く元気そうでしたよ。服の方もちょうど完成したみたいだったので預かってきました」


 おばちゃんの質問にマコトが答えてから、俺たちはアイテムボックスから「衣装箱」を取り出す。


 そうしておばちゃんが中に入っていた衣服を確認すると、満足そうに笑った。


「うん、いいじゃないか。ただ……どうせならここに飾っておくより、もっと多くの人に見てもらった方が話題になって、布を買いたいって人も増えそうだねぇ……あ、そうだ! あんた達、ちょっとこれを着て街を歩いてきてくれないかい? もちろんお礼はするからさ」


 おばちゃんはそういうと、衣装箱に入っていた衣服の中から、一つずつ俺たちに渡してくる。


「え、俺も?」

「何言ってるんだい、当たり前だろう? ほら、着替えは奥で出来るからさ」


 渡されたそれを持ちながら困惑する俺に対し、おばちゃんは持ち前の強引さを発揮してどんどん話を進めてしまう。全くもってNPCとは思えないおばちゃんっぷりだった。


 そんな俺とおばちゃんのやりとりを見ながら、マコトは小さく笑っている。


 結局クエストの話の流れもあって、俺はなす術なく仕切られている試着室のような狭い部屋に放り込まれる。


「……まあいいか」


 ただおばちゃんの強引さと話のスピード感に圧倒されていただけで、別に何か不満があったわけでもない。


 ということで俺は渡された衣服に着替えることにする。まあ着替えといっても、装備変更と同じでワンタッチで完了するのだけど。


「というかこれ……どうみても浴衣だよな」


 着替え終わった俺は備え付けの大きな鏡で自分の姿を確認する。


 それはファンタジーの世界において、その存在自体がどこか異質に思える純和風の衣服だった。


 確かに夏祭りなんかの定番ではあるので、夏限定のシーズンクエストで貰える装備としては妥当なのかも知れないが――。


「チトセさん、装備変更できましたか?」

「ああ悪い、すぐ出るよ」


 現実と違って着替えは一瞬で終わるのだから、時間がかかったら心配されるのも無理はない。俺はマコトに返事をしながら狭い部屋を出る。


 すると――。


「わぁ……チトセさん、凄く似合ってます!」


 俺の姿を見たマコトの第一声は目を輝かせながら、純粋な褒め言葉として発せられた。


 現実では浴衣なんて着る機会はなかったので、変な感じになっていないか少し不安だったけれど、マコトの言葉のおかげで安心する。


「マコトも似合ってるよ。マコトの浴衣姿は久しぶりだけど、あのときよりさらに大人っぽく見える」

「え……あの時のこと、覚えてるんですか?」

「ん? 当たり前だろ?」


 マコトが言う「あの時」というのは、二年前の夏祭りのことだ。


 俺は野球チームの仲間と、マコトはハルカと二人でそれぞれ別々に夏祭りに行った先でばったりと会って、少しだけ会話をした。


 あの時、ハルカは普段通りの格好だったけど、マコトはしっかりと浴衣を着ていた。


 普段はどちらかといえば可愛い雰囲気のマコトだけれど、浴衣姿のマコトは綺麗でどこか大人びて見えたのを覚えている。


 というかあれからまだ二年しか経っていない。確かにこの二年間は色々なことがあったけど、だからといって忘れるはずもないだろう。


「おお、二人とも良いじゃないか。よく似合ってるよ」


 そう言って俺たちの姿を見ながらおばちゃんが話に割り込んでくる。


「それじゃあしばらく二人で街をぶらついてきておくれ。ああ、その服について何か聞かれたら、うちの店に見本が他にもあるって紹介してくれたら助かるね」

「分かりました」

「それじゃあ行ってきます」

「ああ、頼んだよ」


 そうして俺とマコトは店から出ていくと、とりあえず噴水のある広場に向かって二人並んで歩き出した。


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