15 戦闘の役割
ゲームにログインする瞬間の、意識が没入する独特の感覚はやはりまだ慣れない。
ログアウトするときはそれほどでもないのだけど、何故だろう。まあ考えても分かることではないか。
ゲームが起動すると、ログアウトした場所である広場の噴水前に出る。
ここに何があるわけでもないけれど、街の中心部ということもあってどこにでも行きやすいから、移動する時間の余裕があるときは何となくここでログアウトすることにしていた。
フレンドリストを確認してみると、マコトはログインしていなかった。おそらく俺と同じで夕食休憩だろう。
ログインしているフレンドはハルカとシャルさんで、どちらも街の中にいる。
とは言ってもシャルさんはまだそこまで気安く話せる仲でもないし、用もないのに会いに行くのはさすがに気が引ける。
「で、お兄ちゃんは私に会いに来たと」
「そういうことだな」
そんな風に少しからかうような調子でハルカは言う。
ちなみにハルカによるとキリカはまだログインしていないらしい。
「寂しがり屋だなー。別に一人でクエスト行ってもいいんだよ?」
「いや、キリカたちがいつ来るか分からないからそれは出来ないだろ……」
「まあね」
そんなわけで暇潰しの相手として俺に選ばれたハルカは、適当に冗談を言いながら俺の暇を潰してくれる。
まあハルカも俺と同じ状況なのだから、付き合ってくれるのは当然だったりもするけど。
そんなこんなで特に意味のない話を二人でしていると、キリカがログインしてきたという通知が出たらしい。
「あ、キリカからメッセージ来た。今噴水前、と」
どうやらキリカはハルカにメッセージで居場所を尋ねたようだ。
ほどなくしてキリカがやってくる。
「キリカ、おいすー」
「おいすー……っていい加減この挨拶やめない? ちょっと恥ずかしいんだけど」
「えー別に普通だと思うけど……ね、お兄ちゃん?」
「ああ、気だるげな感じが可愛くていいんじゃないか?」
「ほらキリカ、お兄ちゃんもこう言ってるし」
「私は可愛いって言われるのが似合わないから恥ずかしいって言ってるんだけどね……まあいいけど」
そんな風にキリカは言う。
確かにキリカのキャラクターの外見は女性としては比較的背が高く、顔の造形も可愛いというよりは格好いいとか凛々しいという形容が似合うタイプだった。
……あれ、外見といえば。
「そういえばキリカはまだ初期装備のままなんだな」
「ええ、少し迷っててね。そのことも含めて今日ちょっとチトセに相談しようと思っていたのだけど」
「俺に? ハルカじゃなくて?」
「そ、チトセに。といってもチトセがすでに皮装備を整えてるということは、私がタンク役をしても問題なさそうね」
「タンク役?」
「あれ、ハルカに説明されてない?」
「あー、初日からあれこれ言っても頭に入らないかなと思って、お兄ちゃんにはその辺を説明せずに装備更新しちゃったんだよね」
「ああ、そういうこと。じゃあハルカ的には最初から私がタンク役って想定だったわけね」
「まあお兄ちゃんが何の職業選んでくるかにもよったけど、槍だったらアタッカーやってもらう方がいいよね。これが採掘師みたいな体力バカだったらタンクしか無理だったけど」
ハルカとキリカは二人で話を進めていくが、俺は残念ながら知らない単語がいくつかあって内容があまり理解できないでいた。
「なあ悪い二人とも、そのタンクとかアタッカーってのは何だ?」
「ああごめんなさい、チトセには説明しておかないとね。タンクとかアタッカーっていうのは戦闘における役割の名称なの。タンクは防御力を重視して味方を守る役割。アタッカーは文字通り攻撃力を重視して敵にダメージを出す役割ね」
「アタッカーはダメージディーラーとか火力職って呼び方をされることもあるけどね。で、お兄ちゃんには今後アタッカーとして、敵をいっぱい攻撃していっぱい倒してもらおうかなと思ってるんだよね。それなら初心者にも役割が分かりやすくていいでしょ?」
「確かにそうだな」
とにかく攻撃してダメージを与えればいいだけなら、今の俺でもたぶん問題なく出来るだろう。
「まあ攻撃力を重視する分、防御面のステータスは低くなりがちだから、位置取りとか回避は頑張ってもらうことになっちゃうけど」
「昨日今日と動きを見たけど、戦闘に関してはお兄ちゃんに言うことはないし、特に問題ないと思うよ。タンクするなら色々と新しく覚えることも増えちゃうけど、それはキリカの動きとか見ながら追々でも大丈夫だし。近接職なら装備変えるだけで役割変更できるから、いずれは出来るようになった方がいいけどね」
と、そんな感じで戦闘の役割についてレクチャーされた。
とりあえず俺たちのパーティーの中ではタンク役をキリカが務めることになり、俺はアタッカー役をやることになった。ちなみにマコトも分類上はアタッカーになり、ハルカはヒーラーという役割になる。
同じアタッカーでもマコトの職業である魔法使いは打たれ弱いし、戦い方もクセがあるから難しいという。キャラメイクの時には少し魔法にも惹かれたが、どうやら俺は槍を選んでおいて正解だったようだ。
「じゃあ私はちょっと盾と金属鎧系の装備をそろえてくるわね」
そういってキリカは商店の方に向かって行った。
そうしてまた俺とハルカの二人きりにある。
「そういえばお兄ちゃんさー?」
「ん、何だ?」
またくだらない話でもするのか、なんてことを思っていたら、ハルカの口から出た言葉は意外と真面目なものだった。
「このゲーム、楽しい?」
このゲームが楽しいかどうか、それをハルカは尋ねてきた。
自分が誘った手前、やっぱりハルカでもそういうことは気になってしまうものなのだろうか。
少し不安げな目でこちらを見上げるハルカ。
そんなハルカを見て、だから俺は――。
「ああ、楽しいよ」
――ハルカが不安に思うようなことなんて何もないのだ、と。
そう伝えるために、本心からの笑みを浮かべながら、そう言ったのだった。