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147 聖域

 夕食後ログインすると、すぐにハルカもログインしてきた。普段だともっとゆっくりとしているはずだけど、今日は少し急いだようだ。


 そうしてきょろきょろと周囲を見渡して俺を見つけると、ハルカは安堵した様子でこちらに駆けてくる。


「ごめんお兄ちゃん、お待たせ」

「いや……そんなに慌てなくても、別に俺は逃げたりなんてしないぞ?」

「まあそうなんだけどね」


 ハルカはそんな風に言って笑う。


「それじゃあお兄ちゃん、外行こっか」

「ああ」


 ここは周囲に人が多すぎるので、さすがに込み入った話をするのには向いていない。


 前にシャルさんと話をするときに使った宿屋で部屋を借りるのかと思っていたけど、どうやら今回は街の外まで行くようだ。


 そうして俺はハルカの歩幅に合わせるようにして、隣に並んで歩く。西門からリムエストの街を出ると、ソロでモンスターを狩っている初期装備のプレイヤーがそれなりにいた。おそらくついさっきこのゲームを始めたばかりなのだろう。


 街を少し離れると、今度はパーティーを組んでコボルトの群れと戦っているプレイヤーたちが目に入る。タンク役とアタッカーが後衛を守りながら、確実に一体ずつ倒していた。


「コボルトってあまり経験値効率は良くないんだけど、戦闘が楽だから初心者向けの狩り場ってことで結構オススメされることも多いんだよね」

「へえ、そうなのか」


 道中はそんな感じでゲームについての雑談をする。ゲームの話をしているハルカは普段通りの雰囲気で、特に変わった様子もない。


「ところでハルカ、これどこまで行くんだ?」

「もう少し先かな」


 ハルカがそう言って少しすると、街道から外れて北側に進路を変えた。


 そのまま草原を歩いていくと、それまでは平地だったが少し傾斜があり、その丘の上にはちょうど座るのに適した感じの切り株がいくつか並んでいた。


「この辺はモンスターが湧かない休憩ポイントなんだけど、使う人もほとんどいない穴場なんだよね」

「こんな場所があったのか」


 ハルカによると近くに美味しい狩り場があるわけでもなく、街もすぐ近くなのでわざわざここで休憩するプレイヤーはそういないという話だった。実際俺たち以外には誰もいないし、人が来る気配もない。


 そうしてハルカが切り株に座ったので、俺もすぐ近くの切り株に座る。手を伸ばせばぎりぎり届く、それくらいの距離だ。


「…………」

「……それでハルカ、話って?」


 ハルカは話をどう切り出そうか悩んでいる雰囲気だったので、俺からそう言ってみる。


 するとハルカは何かを決心したような目で俺のことを見てから、ゆっくりと口を開いた。


「……私ね、本当のことを言うと、ずっと不安だったんだ」

「不安?」

「うん。まずお兄ちゃんをこのゲームに誘うとき、本当にそんなことをしていいのかって、凄く悩んだんだよね。ゲームに興味ないお兄ちゃんに私の趣味を押し付けるようなことをして、拒絶されるんじゃないかとか、嫌われるんじゃないかとか……そんなことをずっと考えてた」

「…………」


 ハルカの言葉を聞いて俺は、やっぱりそんな話だったかと心の中で思う。いずれはそういう話をすることになるだろうとは思っていたし、ハルカの雰囲気からもある程度予想は出来ていたので驚きはなかった。


 そもそもハルカが俺をゲームに誘ったのは、俺が怪我で野球を続けられなくなったからだ。けれどハルカは今まで俺に対して、怪我のことを訊いたりすることはなかった。むしろ触れないように気を遣っていたようにさえ思う。


 それでも本当はハルカだって、俺の怪我のことをずっと気にしていたはずだ。でなければ俺にゲームを送ってくるようなことをするはずもないのだから。


「お兄ちゃんはそっとしておいて欲しいのかも知れないのに、私が何かしてあげたいからってだけでゲームを送りつけたりしてもいいのかな……って、そんなことを考えているうちに気付いたんだよね。私って自分のことしか考えてないんだなぁ、ってさ」


 ハルカは続ける。


「お兄ちゃんに拒絶されたくないのは私。嫌われたくないのも私。何かしてあげたいって考えてるのも、ぜーんぶ私だけの話。だったら普段ならそこでブレーキを踏んでおしまいなんだけど……あの時の私は、あえて自分のわがままを押し通すことにしたんだ」


 元々俺たち兄妹は正反対の趣味をしていた。野球一筋の俺と、部屋に籠ってゲームをするハルカ。


 ただ小さい頃はそんなこともなくて、マコトと三人で木登りをして遊んだりした記憶もあったりする。いつからそれが変わってしまったのかは覚えていないけど、俺が野球にのめり込んでいくうちに、自然と今みたいな形になっていったように思う。


 俺たちの趣味は正反対だから、お互いに干渉しないことで良好な関係を築いていた。でもそれは別にどちらかがそうしようと言い出したわけではない。ただ気付いたらそうなっていただけだ。


 だから俺たちの間には何らかの誓約があるわけではなかったし、ハルカの行動を制約するようなものはどこにもなかった。


 それでもハルカが今まで俺に干渉してこなかったのは、ハルカなりの信念だったのだと思う。


 しかし俺をゲームに誘うことに関しては、ハルカはその信念をあえて曲げたのだと語った。


「思った通り、お兄ちゃんは私のわがままに付き合ってくれた。まあ最初は少し無理してゲームに付き合ってくれてる感じだったけどね」

「それはまあ、初めての経験だったし仕方ないだろ?」

「うん、仕方ない。でも今はちゃんと自分なりの楽しみ方を見つけてくれたみたいだし、みんなもお兄ちゃんには一目置いてるしで、私としてはお兄ちゃんにゲームを薦めたことは大正解だったかなぁ、って思ってるんだけど」

「ああ、そうだな。今ではハルカに感謝してるくらいだよ」

「……良かった」


 実際ハルカの言う通り、昔は全く興味すら湧かなかったゲームというものに、今では熱中している自覚があった。


 特に頼りになる仲間たちと協力しながら冒険して、工夫しながら強敵を倒していくことには大きな達成感がある。


 そんな俺が今まで知らなかった世界を教えてくれたハルカに感謝したいというのは俺の本音だった。ちゃんとそれが伝わったようで、ハルカも少し安心した様子を見せる。ただ俺はそんなハルカを見て、大きな違和感を覚えていた。


 俺の知っているハルカは、この程度の話をするためにわざわざこんな所まで連れてきて、何かを強く決意したような顔をするだろうか?


 そんなはずはない。ハルカは言いたいことがあれば結構はっきりと言うタイプだ。そんなハルカがここまで言いづらそうにして、遠回りしながら未だに話そうとしない本題は一体何なのか――。


「――ねえ、お兄ちゃん」

「ん、何だ?」


 そう呼びかけたハルカは強い決意を秘めた目で、まっすぐ射抜くように俺を見つめていた。


 一瞬、心臓がドクンと跳ねたように錯覚すると同時に、ハルカは口を開く。


「ゲームじゃダメかな? ……ゲームは、野球の代わりにはならない?」


 それはハルカが今まで決して触れようとしなかった聖域――俺と野球の関係性を深く侵した言葉だった。


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