146 ハイタッチ
「やった! まさかの一発クリアだよハルカ!」
「あはは、本当にまさかだよね。最悪何日かかけて攻略するつもりだったのに」
「ここまでストレートに来たから、もしかしたら一番乗りに成功したかも知れないわね」
三人はそんな風に興奮した様子で話をしている。何ならハルカとマコトは嬉しそうに抱き合ったりして喜びを全力で表していた。
「チトセも、おつかれさま」
「ああ」
キリカがそう言って片手を挙げてきたので自然な流れでハイタッチをする。
「お、いいねそれ。お兄ちゃん私も! いえーい!」
異様にテンションの高いハルカがキリカの向こう側からハイタッチをしようと駆け寄ってきたので、俺は寸前のところで手を上に挙げて回避した。
「ちょ、どうして避けたし!」
「いや、何かハルカのテンションが高くてびっくりしたというか」
「だって初クリアだよ、それも初見で!」
確かに言われてみれば、ハルカたちにとっては今回のボス戦は今までのそれとは明確に違うものだった。
そもそも今までのボス戦などは、ベータテストからプレイしていたハルカたちにとっては何回目かの体験であり、あらかじめどれくらいの難度なのかを把握した上で、どれも充分な勝算があっての戦いだった。
しかし今回のグレイブキーパーは完全に初見のボスであり、何をしてくるのかも分からない状態での攻略だ。それを一回目の挑戦でクリアするというのは、実際のところかなり難しいことに違いない。
特に俺が死んだりといったハプニングを乗り越えて、自分たちで考えて工夫しながら戦い抜いた結果なのだから、ハルカたちがこれだけ嬉しがるのも無理はないのかも知れない。
俺はそんなことを思いながら、ハルカが要求してきたのでハイタッチのやり直しをすることにした。
「せーの、いえーい!」
「いえーい!」
パチン、と小気味の良い音が鳴った。
それにしたって傍から見ていたらバカ兄妹でしかないテンションだけど、まあマコトとキリカなら理解してくれるだろう。
「あ、あの……」
それを見ていたマコトが小さく声を上げた。俺にはマコトが何を言いたいのか分かったので、先手を打つように言う。
「ほら、マコトも手を出して……いくぞ、いえーい!」
「い、いえーい……」
マコトとのハイタッチは照れと遠慮が合わさったかのように、ぽん、と手と手を優しく合わせるような形になる。
まあマコトは人前で羽目を外したりするのがあまり得意なタイプではないので、これでも頑張った方だと思う。さっきはハルカと抱き合ってぴょんぴょん跳ねていたけど、マコトにとってハルカは特別だろうし。
そんな風に一通り喜びを分かち合った後、俺たちはハルカの提案でグレイブキーパー撃破によって出現した宝箱を囲うようにして写真を撮影する。
「それじゃあお楽しみの、ドロップアイテムの時間だね」
「ボスが持っていたもので考えると、装備のレアドロップは魔法使い用の杖とかかしら」
「防具とかアクセサリーの線もありそうかな」
ハルカたちはそんな風に話をしながら、足元の宝箱を開ける。
すると――。
「あ、杖!」
「おー、一発ドロップ! 良かったねマコト!」
「……ってハルカ、これよく見たらヒーラー用の杖だった」
「えぇ……あのボスどう見たってヒーラーじゃなかったじゃん!」
「ん? ハルカは死んだ俺を生き返らせたわけだし、似たようなものじゃないのか?」
「いやいや、あんなのと一緒にしないでよ!?」
グレイブキーパーからドロップしたのはハルカが装備出来るヒーラー用の杖だった。
性能を見るとランクで言えば俺のデモンズスピアよりも上であり、現時点では間違いなく最強の杖だという話だ。
しかしながら、その杖を貰ったハルカは少し微妙な顔をしていた。
「ん? ハルカ、嬉しくないのか?」
「いや、嬉しいは嬉しいんだけどね。でも私の回復力だけが上がってもそこまで大きく攻略出来る範囲は広がらないから、ちょっと勿体ないなぁって」
「ヒーラーがどれだけ強くなっても、結局はタンクの体力の上限までしか回復が出来ないから、超過した分は無駄になっちゃうのよね」
「ああ、なるほどな」
「で、でもハルカのヒールの回数が減ればそれだけ【シャイン】なんかで攻撃参加も出来ますし、ピンチからのリカバリーもやりやすくなるので、全然無駄ではないんですよ?」
ハルカが微妙な顔をしていた理由をそんな風に、みんなで俺にちゃんと説明してくれる。そんな中でマコトはしっかりとフォローを入れていたりと、気遣い上手な性格が出ていた。
とりあえずヒーラーのハルカが強くなることは決して無駄ではないが、欲を言えばマコトの攻撃力が上がった方が嬉しかったようで、それを期待していた分だけ少し肩透かしを食らったという話だった。
「地上へのワープはあるけど、三層へのワープは出現してない……ってことはたぶんまだ未実装なんだね」
「そうね。グレイブキーパーの発言とか考えるとサブストーリーみたいなものもありそうだし」
「続きはアップデート待ち、ですね」
まあ仮に実装されていたとしても、現時点の俺たちではおそらくクリアすることは不可能だろう。
何にせよ『打ち捨てられた墓所』の二層を攻略するという目的を達成した俺たちは、一旦地上に戻り、リムエストの街へと帰ることにした。
「それじゃあ時間もちょうどいいし、夕飯休憩ってことで一旦解散しよっか」
「ああ」
「そうね」
「それじゃあ、また後で」
そう言ってパーティーを解散すると、キリカとマコトはすぐにログアウトしていった。
「あ、そうだお兄ちゃん」
「ん、どうした?」
「……ちょっと話があるから、夕飯が終わってログインしたら街の中で待っててくれる?」
「ああ、別にいいけど」
「それじゃあ、また後でね」
そう言ってハルカもログアウトしていく。
ただそれだけの、別に何も不思議ではない普通のやりとり。けれどほんの小さな違和感がそこにはあった。
俺に声をかけてから、ハルカは一瞬だけ迷うような間を置いて、直後に何かを決意するような目をした。といってもさすがに、それが何を意味するのかまでは分からない。
分からない、けれど。
ハルカは俺に話があると言っていた。だからきっとそれは、ハルカにとって大事な話であり――同時に、俺にとっても大事な話に違いないのだった。




