144 グレイブキーパー戦2
このゲームでは一人が死んでもパーティー全員が全滅するまでは街に戻ることはなく、それまでの間は霊体として、死体から離れることは出来ないが周囲を見渡したり、声を出したりといったことは可能になる。
今までも死んだ経験は何度かあるが、こうしてみんながまだ戦闘を継続している中で一人だけ死んでしまったのは初めてだった。
俺が死んだ理由も、死んだ今なら分かる。さっきグレイブキーパーの魔法陣から発動した攻撃は、前に見たジェフの【グラウンドブレイク】と同じで、距離によって威力が減衰する攻撃だったのだろう。
実際、遠くにいたハルカやマコトはそれほど大きなダメージを受けていない。キリカはそれなりに大きなダメージを受けていたけど、元々の防御力が高い上に防御アビリティを使ったり、発動の直前にバックステップで距離を離したりと、未知の攻撃に対して可能な限りリスクを下げるように行動をしていたようだ。
俺もそこまで頭が回れば良かったのだけど、ゲームの中でも一度しか体験していない距離で威力が減衰する全体攻撃というものにまでは、さすがに意識が向いていなかった。
何にせよ、俺が死んだことでパーティーがピンチに陥っているのは間違いない。そうこうしているうちにも、グレイブキーパーの足元の魔法陣には二周目の火が灯り出している。
しかしそんな中でもハルカたちは冷静に行動し、的確に逆転の道筋を見つけ出そうとしていた。
「とりあえずキリカをヒールしてからお兄ちゃんを生き返らせるから、キリカはバフ使って全力で耐えて」
「ええ、何とかしてみるわ」
そういってハルカはキリカの体力を全回復させると、即座に【リザレクション】という魔法の詠唱を開始する。
これはハルカがLv.20で覚えた、死んだ味方を生き返らせる魔法らしい。もちろん強力な効果だけあって、詠唱にかかる時間や消費するMPの量が他の魔法とは段違いだったりもするようだ。
MPの方はシャルさん印の良質なマジックポーションがあるのでそこまで問題ではないのだろうけど、一方で詠唱に長い時間がかかるということには大きな問題があった。
それはつまりヒーラーのハルカがしばらく回復出来なくなるということで、当然ながらグレイブキーパーからダメージを受け続けているキリカはピンチになってしまう。
そんな状況にありながら、キリカはしっかりと防御アビリティを使い、盾での防御と低い素早さでの難しい回避を駆使することで、グレイブキーパーから受けるダメージを最低限に抑え続けていた。
「それじゃあお兄ちゃん、いくよ……【リザレクション】!」
そうして何とか無事にハルカの【リザレクション】の詠唱が終わって魔法が発動すると、俺の霊体の方に死体が引っ張られるように動き、すぐに肉体の感覚が戻ってくる。
人生で生き返る経験なんてすることはないので不思議な感覚ではあったけど、特に体に違和感はなかった。このあたりは俺もゲームに慣れてきたということなのかも知れない。
ちなみに生き返った瞬間の俺は瀕死の状態だったけれど、すぐにハルカがヒールをしてくれた。【逆境Lv.2】が発動していて俺のステータスは強化されていたが、さすがに回避出来ない全体攻撃が定期的に飛んでくると分かっている状況では、低い体力を維持するのはリスクが高いと判断したらしい。
「悪いみんな、足を引っ張っちゃって」
「全然チトセさんは気にしなくていいです! あんなの出会い頭の事故ですから」
「そうそう、初見殺しはゲームのお約束ってね」
「本当に、タンクの私なんて何回死んでるか分からないもの」
戦線に復帰しながら俺が自分のミスを謝ると、みんなはそう言ってフォローをしてくれた。
とはいえ俺がミスをした事実は無くならないし、それによってみんなに迷惑をかけたことは間違いない。であるならば、俺にはそのミスを取り返す義務がある。
とりあえずその後はグレイブキーパーに攻撃しつつ、魔法陣の火が一周しそうになったらグレイブキーパーから距離を取るといった形でしっかりと対処をしていった。
全体攻撃の発動のタイミングは分かりやすいので、距離で威力が減衰することが分かってしまえば特に難しい要素はない。
そうして何度目かの魔法陣から発動する全体攻撃を対処し終えたところで、マコトの【ファイアボール】がグレイブキーパーに炸裂して、グレイブキーパーの残り体力が四割を切る。
やはり今まで通り、体力が二割減るごとにグレイブキーパーの行動パターンは変化してパワーアップしていくらしい。
今回のパワーアップではさっきまでの攻撃に加え、最初に出現していたゾンビやスケルトンなどのモンスターが再出現するようになった。
「お兄ちゃんはさっきと同じで、湧いたモンスターを倒すの優先で」
「おう」
「さすがに魔法陣の火を見る余裕はないだろうから、タイミングを見て声をかけるね」
確かにあちこちに湧くモンスターの対処をしながら魔法陣の火がどこまで進んでいるかを常に確認するのは難しいので、ハルカが声をかけて教えてくれるというのはありがたい。
やはり今までもこんな感じで、初心者の俺がちゃんとゲームを楽しめるように、色々と気を遣ってフォローしてくれていたのだろう。それが理解出来るようになっただけでも、少しは成長したと言えるのかも知れない。
ただ、いつまでもそんな風にハルカたちに甘えているわけにもいかない。そんなことでは、またみんなの足を引っ張ってしまう。
とはいえ幸いなことに、俺には良き見本となる仲間たちがいた。俺がプレイしやすいようにハルカたちが今までしてくれていたことを、そのままハルカたちに返すだけでもそれなりに貢献できるはずだ。
そうして俺は次々に湧いてくるモンスターを倒しながら、極力自分でも魔法陣の火を確認するようにしつつ、周囲のことにも目を配るように意識を向ける。
するとちょうどグレイブキーパーの放った魔法を、ハルカが回避することに成功していた。
「ナイス回避、ハルカ!」
「いやもう本当、もっと褒めてくれていいよ?」
俺がそう言ってハルカに声をかけると、ハルカはそんな風に素直じゃない言葉を返す。それでも声は少し嬉しそうに弾んでいた。
戦闘に関するアドバイスなんかはさすがにまだ俺には荷が重いけど、こうして小さなことでも声を出しながら盛り上げて、雰囲気を良くしていくことくらいは俺にも出来る。というか、野球をしていた頃は当たり前にやっていたことだ。
こうしたことは数字には表れないけれど、確実に良い結果に繋がるという実感があるし、何より楽しくゲームをプレイ出来るのは間違いない。
「お兄ちゃん、もうすぐ全体攻撃来るよ」
「ああ、了解」
一応自分でも見てはいたけど、さすがに常に見ている余裕はなかったので、ハルカの声かけのおかげで少しだけ早く反応することが出来た。
目の前のゾンビを一旦無視してグレイブキーパーから距離を取り、全体攻撃をやり過ごしてから再度ゾンビへと距離を詰めるようにする。
そんな風に俺がモンスターの処理に回っているのでグレイブキーパーの体力の減りはゆっくりだったが、俺たち全員がグレイブキーパーの攻撃にしっかりと対処していくと、特に危なげなくグレイブキーパーの体力が残り二割というところまで来た。
「さて、最後は何が来るのかしら?」
「俺には想像もつかないな……」
「正直、嫌な予感しかしないんだよねー」
「ハルカの予感は当たるから、そういうこと言わないでよ」
周囲から魂のようなものを集めてパワーアップしていくグレイブキーパーを見ながら、俺たちはそんなことを言い合うのだった。