139 競争
「――というわけで、これから『打ち捨てられた墓所』の二層に行ってみようかなと思うんだけど、お兄ちゃんもそれでいい?」
「ああ、まあここから近いしいいんじゃないか?」
俺とキリカのいる場所にハルカとマコトがやって来る形で合流してさっそく、ハルカはそんな風に俺に尋ねた。
二層に関しては、俺は前にヒヨリと二人で行って即死したけど、今はさすがに装備もレベルも段違いに強くなっている。
それでもクリア出来るかどうかまでは分からないけど、四人ならもう少し奥まで探索できる気はしていた。
「ただ私たちは一層をクリアしていないから、まずはそこから付き合ってもらうことになるけど」
「ああ、全然問題ないよ。何ならデモンズスピアがドロップするまで周回するか?」
「いやお兄ちゃん、私たちは槍なんて拾っても使い道ないからね」
俺の冗談にすかさずハルカがツッコミを入れる。すると何かに思い至ったようにマコトが口を開いた。
「あ、でもハルカ、市場で売ったら結構お金になるかも知れないよ」
「そう思ってさっき相場見てきたけど、もう結構な数出品されてて値崩れし始めてたんだよね。もう攻略法も確立されて情報まとめられてるし、慣れれば魔法使い系以外はソロでも行けるタイプだからずっと周回してる人とかいるっぽい」
「やっぱり考えることはみんな一緒ってことね」
どうやらデモンズスピアはすでに市場で出回り始めていて、まだ値段的にはトップ層にしか手は出せないものの、少しずつ値下げ競争が始まっている状態らしい。
今から売るためにドロップ狙いで周回するのは、あまり美味しくないだろうというのがハルカの見立てだった。まあ実際金策目的にソロで周回するならともかく、それを四人でやる意味はあまりないだろう。
ということで俺たちは一層をさっさと攻略して、今回は二層にチャレンジしてみることにした。
しかし今までは俺以外に持っている人には出会わないくらい珍しい装備だったデモンズスピアが、そうして広く出回ってしまうことには何とも言い難い寂しさみたいなものがある。
とはいえ今までかなりデモンズスピアには楽をさせてもらってきたし、みんなが公平にチャンスを与えられているゲームにおいては、今までの状況の方がおそらく普通ではなかったのだろう。
「ちなみに二層についてはまだ全然情報が出回ってないんだよね。たぶんだけどクリアした人はまだいないと思う」
「そうなのか?」
「うん。お兄ちゃんと同じで入口で即死したって情報くらいかな。装備の整ってる上位層のプレイヤーは一層を攻略し終わってるところもあんまり多くないみたいだし、ダンジョン攻略は優先順位を高くしてないっぽいね」
そんな話をしているうちに『打ち捨てられた墓所』の近くにやってくる。
するとどうやら先客がいたようで、ちょうどダンジョンの入口にある光る球を触って四人がダンジョン内に転移するところだった。
「あれ、今のパーティーって……」
「Gramさんのところだったよね」
「Gramさんっていうと、ヒヨリが前に所属していたところのリーダーか?」
確かに言われてみれば前に会ったカインというアーチャーの姿もあったように思う。
「そうです。あれ、でも≪LF≫の一軍メンバーって槍使いいなかったよね?」
「ええ、そのはずだけど」
「……ということは、もしかしたら私たちと同じ目的かな」
ハルカはそんな風に彼らの目的を推測する。
ちなみにGramさんは浅黒い褐色の肌に、短い白髪の男性だった。背は俺と同じくらいだけど、俺よりは少し細身。どことなく現実離れしたような雰囲気で、今まであった人の中でも一番ファンタジーの世界に生きているような感じがした。
まあ外見のインパクトで言えば190cmのドレッドヘアーというギドには劣るのだけど、あれをファンタジーと言ってしまうのも何か違う気がするし。
「というかそんな人たちまで来るって、ここの二層には何があるんだ? ハルカが急にここを攻略しようと言い出したからには、何かあるんだよな?」
「まあ一応ね。これはゲーム内の情報じゃないし全然確定でもないんだけど、今日のお昼にこのゲームのプロデューサーのインタビュー記事が公開されたんだよ。その中で、正式版から実装されたものや、ベータテストとは大きく変更された所には、そのチャレンジに見合った報酬があるのでぜひチャレンジしてもらいたい、みたいなことを言っててさ」
「……なるほど。つまり一層のボスが雑魚ラッシュからデーモンエグゼクターに変更されていて、ベータテストの頃には二層が未実装だった『打ち捨てられた墓所』は、その条件に当てはまるってことか」
「うん、そういうこと。それにちょうど今ぐらいのあたりで、みんな装備の更新が苦しくなるんだよね。お兄ちゃんも次の防具はしばらく作れないだろうし、それは私たちも同じだし。そしてたぶんGramさんたちも、同じ足踏みを食らっているところなんだと思うよ」
もちろんそんな中でもゲーム内での努力は確実に成果となって現れるので、ちゃんと狩りをして少しずつ素材を集めていけば確実に次の装備には近づいていける。
ただデモンズスピアを手に入れた俺がそうであったように、レアドロップなどの形で一足飛びに強くなる方法が用意されているのもこのゲームの特徴らしかった。
どちらを目指すのが効率が良いのかはその時々によるので正直分からないところだが、今このタイミングにおいては、こうして新しいことにチャレンジする方が得策だとハルカもGramさんも判断したらしい。
ちなみにそのインタビュー記事では、ベータテストの知識にばかりとらわれていては逆に遠回りする結果になることもあるかも知れないなど、色々と攻略のヒントをほのめかすような発言が他にもいくつかあったようだ。
「つまりあのGramさんたちも、その記事を読んでここに目を付けたってことか」
「おそらくはそうでしょうね」
「といってもこのゲームのダンジョンはパーティーごとに個別生成されるインスタンスダンジョンなので、あの人たちとダンジョン内で出会うことはありませんから、チトセさんはあまり気にしなくても大丈夫だと思いますよ?」
「んー、でも同じダンジョンを攻略しようとしているわけだろ? だったらそれはどっちが早く攻略出来るか、競争になるんじゃないか?」
「あはは、やっぱりお兄ちゃんって体が闘争を求めてるんだね」
ハルカは俺のことをそんな風に言った。そういえば前にもヒヨリに戦闘民族だと言われた覚えもある。
でもまあ確かに俺の場合、何かをやるからにはやっぱり勝ちたいという気持ちが最初に来るのは間違いない。
まだ誰もクリアしていないと言われるダンジョンに挑むのであれば、どうせなら一番にクリアしてみたいと思う。
最初の頃はゲームだしのんびりプレイ出来ればいいや、なんて思っていたのだけれど、気付いたらそんな風に俺のスタンスも少し変化しつつあるようだ。
「それじゃあまずは一層、行ってみるか!」
「おー!」
俺がそんな風に少し気合を入れて号令をかけると、ハルカたちは元気いっぱいにそんな掛け声で応えるのだった。