138 ザバラ平原
相談の結果、狩り場はリムエストから南西に行ったところにある『打ち捨てられた墓所』のさらに向こう側にあるザバラ平原に決まった。
ここには特に何かがあるわけではないが、遠距離攻撃や状態異常などの攻撃を行うモンスターがおらず、近接職の俺とキリカだけでも比較的狩りやすい狩り場という話だった。
またLv.20を超えるモンスターが多いことから、フェリック側ほどではないが経験値やドロップアイテムの換金額もそこそこ良い。
「ここは木や岩が邪魔で視界が通りにくいから、いきなり敵と遭遇することに注意ね」
「ああ、わかった」
確かに平原という割にはあまり遠くまで見渡すことが出来ない。そのせいで射程の長さが生かしづらい遠距離アタッカーにはあまり好まれない狩り場でもあるらしい。
ちなみにここで出現するモンスターは何種類かいるが、その中でもマンティスという大きなカマキリと、ラプトルという二足歩行の恐竜は攻撃力が高いので要注意だという話だった。
今回はヒーラーがいないので、いきなり至近距離で遭遇して大ダメージを食らったりすると普通に全滅の危険がある。まあそれくらいの方が作業的な狩りよりは緊張感もあるし、俺としては楽しめる気がした。
「それじゃあさっそく行くわよ」
そう言って近くに現れた一体のマンティスに向かって行くキリカ。そのすぐ後を俺は追い越さないようにしながらついていく。
「はっ!」
「せいっ!」
キリカが攻撃を仕掛け、マンティスのターゲットがキリカに向いたことを確認してから俺は【奇襲】が発動しない角度から一回攻撃してみる。与えたダメージは一割未満。
「思ってたより堅いな」
「マンティスは外骨格があるから、クリーンヒット以外はかなり軽減されちゃうのよね。逆にクリーンヒットを出せれば普通より大ダメージが与えられる感じね」
「なるほどな」
隠しレシピで強化されたブルレザー装備に更新した割にダメージが出なくて少し驚いたけど、どうやらモンスターごとにそういった特徴があったりするようだ。
今まであまり意識したことはなかったけど、これより上のレベル帯のモンスターはそういった部分も考えて攻略していく必要があるのだろう。
ということで俺は装備更新によるもう一つの恩恵である、素早さの向上を生かしてマンティスの背面に素早く回り込むことにする。
クリーンヒットは基本的にモンスターの弱点となる箇所を攻撃すると発生する。弱点はモンスターによって結構ばらばらではあるのだけど、背面は多くのモンスターの共通した弱点だった。
「【パワースラスト】!」
発生が遅く、通常であれば使いづらいアビリティの【パワースラスト】も、キリカがしっかりとマンティスの注意を引き付けてくれているので当てるのは容易だった。
死角からの攻撃ということで【奇襲】も乗ったその一撃は、マンティスの残り体力を全て削り切る。
「さすがね、チトセ」
「まあ戦闘はもう何回もやってるし、このくらいはな」
「新しい装備はどう?」
「一撃で倒したから攻撃力の方はまだよく分からないけど、素早さはかなり上がってる感じがするな。スピードもそうだけど、何より方向転換とかが凄くスムーズに出来るよ」
「確かに素早さが上がってくると、ある程度慣性とか無視出来る感じがあるわよね」
キリカの言う通り、現実世界でしようとしたら間違いなく転倒するような動きでも、普通に出来てしまうのはゲームならではの体験だった。
これは野球に例えるとベースを踏んで直角に曲がれるような感じで、最短ルートを最速で走ることが出来るようなものだ。細かいことのようだけど、スピード自体の向上もあって移動時間は意外と無視できないくらい短縮出来ていたりする。
近寄らないと攻撃出来ない近接アタッカーにとってこれは結構大きいのは間違いない。ヒヨリが素早さ重視の装備をオススメしてくれた本当の意味も、今こうして体験したことではっきりと理解できた。
「それじゃあ次はリンクしてる敵に行くわね」
キリカはそう言って、今度はラプトル三体のリンクに向かって行く。
ラプトルはかなり好戦的なようで、こちらに気付いた瞬間に向こうからこっちに向かって凄い速度で走ってきた。
足が速くて攻撃力も高いのでアタッカーは囲まれないように注意が必要となる。他にもその場で回転して尻尾を振り回したり、飛び掛かって爪で攻撃してきたりと、パターンも豊富なモンスターなので、動きをよく見て戦う必要があるようだ。
さすがにキリカもヒーラーがいない状態でラプトルのターゲットを三体全部から集めると危険なようで、二体だけ引き付けた上で一体を俺に任せるようにした。こういった判断を間違えないというのも、キリカのゲームの上手さだ。
任されたラプトルはさっさ倒さないと、二体に襲われているキリカのダメージがどんどん蓄積していくので、俺は迷わず全力を出すことにした。
「【迅雷風烈】!」
Lv.20で覚えた必殺技のようなアビリティを惜しみなく使う。【迅雷風烈】は青白い闘気を纏った状態で槍を構えて三回突進する攻撃で、この突進の方向は自分である程度決められたりもする。
また闘気を纏っている間は他のプレイヤーやモンスターなどをすり抜けることが出来るのも特徴で、使い方次第では敵に囲まれた際に脱出するためにも使えそうだった。
まず一回目の突進でラプトルの正面からまっすぐに突き抜ける。そのまま二回目でラプトルの背面を攻撃して【奇襲】を発動させた。
そこでラプトルが倒れてしまったので、三回目はキリカに攻撃しているラプトルに向かって行うが、距離が遠かったようで突進は途中で終わってしまう。どうやら突進の距離には上限があるらしい。
それでも普通に走るよりはかなり早く移動出来たので、そのままキリカが戦っているラプトルの背面に回り込んで【パワースラスト】を叩き込む。
やはりこの威力の攻撃に【奇襲】を乗せるとこのレベルのモンスターでも一撃で倒せてしまうようだ。まあラプトルは攻撃力と機動力が高いので耐久力はそれほどでもないのだけど。
残るもう一体の方は通常攻撃から【二段突き】への連携を叩き込み、残った体力を俺とキリカで協力して削っていき、最後はキリカがアビリティを発動してトドメを刺した。
「うーん、二人だとあまり無理は出来ないかと思ってたけど、予想以上にチトセが強いから全然問題ないわね」
「そうだな。同じ相手に【奇襲】は一回しか発動しないっていう制限も、柔らかい相手にはあまり関係ないし。ただ通常攻撃や【二段突き】だとさすがにすぐに倒せるって感じでもないから、数が多くなるときつくなるかも知れないけど」
「【パワースラスト】は再使用までの時間が長めだもんね。まあ五分かかる【迅雷風烈】ほどじゃないけど。でもこの感じだと、普通にフェリック側でも狩り出来たかもね」
「まあ別にいいんじゃないか? 俺はまだ来たことのなかった場所にも来れて楽しいし」
さすがにフェリック側だと二人では街の近くでの狩りがせいぜいだろうし、それならゲーム内で行ったことのない場所に行ったりする方が新鮮だった。
「確かにこのゲームって狩り場は結構たくさんあるし、あちこち行ってみるのも面白いかもね。まああまり行かない狩り場は効率が悪かったり、敵が面倒だったり色々あるんだけど」
そんな話をしながら、また俺たちは狩りを再開した。
見通しが悪いこともあって、大きな岩を迂回した先でマンティスとラプトルのリンクに同時に襲われたりといったハプニングも何度かあったけど、キリカの的確な判断と指示があって俺たちは特に危なげなく切り抜ける。
そんなことをしばらく繰り返した後、俺たちは一旦安全な場所で休憩をすることにした。
「やっぱりチトセと一緒に戦うのは楽しいわね、息ぴったりって感じで」
「俺もちょうど同じことを思ってたところだよ」
「何か不思議とチトセの考えていることが分かるのよね……私たちってまだ会って一週間くらいなのに」
「うーん、まあ野球でも県の選抜チームとかで初めて会う相手と息ぴったりなんてこともよくあるし、キリカが上手いから俺とも問題なく合わせられているんじゃないか?」
「チトセの言うことも一理あるけど、こういうゲームって上手い人同士でも全く息が合わないことって結構あるのよ」
「ああ、それは野球でもよくあるな」
「でしょ? ……あ、分かったかも! チトセって、ハルカに似てるのよ」
「あー……あんまり人にそう言われることはないんだけど、キリカには分かるのか」
「確かに分かりにくいんだけど、二人とも自分の限界に挑戦するというか、常に今よりも良いプレイを模索している感じがするのよね。しかも、凄く楽しそうに」
俺とハルカは基本的に趣味も性格も正反対と言われることが多いのだけど、意外と根本的な部分は似ているところもある。それは負けず嫌いなところであったり、チャレンジ精神が強いところであったり。
まあハルカがどう思ってるかは知らないけど、少なくとも俺はそう思っていたりする。
「たぶんそれは間違ってないと思う。まあでもハルカと違って、俺が楽しくプレイ出来ているのは、全部キリカたちのおかげなんだけどな」
「あら、急にそんなことを言ってどうしたの?」
「別にどうもしないけどさ。でもゲーム初心者の俺がゲームを楽しめるように、キリカたちは最初から色々気を遣ってくれてただろ?」
たとえばキリカなんかは、俺がアタッカーをするのを確認してからタンク用の装備を買っていた。それは俺がどの役割をしても大丈夫なように合わせてくれたということだ。
そういうゲーム内のことは挙げたらきりがないくらいたくさんある。それにゲームに関しては、俺が気付かないうちに迷惑をかけていたことだってきっとあるだろう。
ただそういう部分以上に、俺が抱えている現実の事情なんかについても、みんなにはかなり気を遣わせてきたのだと思う。それはミヤコさんに言われるまで、俺自身が無意識のうちに考えないようにしていたことだ。
「まあ私たちは経験者だからね。新しい仲間のためになら当然それくらいのことはするわよ」
「うん、たぶんそう言うんだとは思ってたけどさ。でも俺が今こうして楽しくゲームが出来てるのはみんなのおかげだから、感謝してるって話だよ」
俺にはみんなに甘えている部分がたくさんある。でもそれは今すぐにどうこう出来るものでもない。
そんな俺に付き合ってくれているみんなには感謝の言葉しかないので、俺はそんな言葉を口にしたのだ。
するとキリカは少し照れたような雰囲気で口を開いた。
「あはは、何かこういう話って照れ臭くなるからダメね。私には向いてないわ……だから、そういうことはハルカに言ってあげたらどうかしら?」
「……そうだな」
キリカのそんな言葉に、俺は同意の言葉を返す。実際のところキリカが本当に照れていたのかは俺には分からない。もしかしたら俺とハルカのことでまた気を遣ってくれた結果なのかも知れない。
ただ何にせよ、キリカの言った言葉は俺にとっても避けては通れないものだった。
普段だったら絶対にゲームに俺を誘ったりなんかしないだろうに。それでも俺のことを誰よりも心配して、自分の信念を曲げてまで俺のことを救おうとしてくれたのは他ならぬハルカなのだから。
「あ、そんな話をしてたらハルカたちからメッセージが来たわ。クエスト終わったから合流したいって」
「ああ、いいんじゃないか?」
「ふふ、チトセの素直な気持ちを伝えるにはいいタイミングね?」
「あー……まあそれは頃合いを見て、そのうちな」
「えー…………」
そう言った俺のことをキリカはジト目で見てくるけど、こればかりは仕方がない。俺も自分がヘタレだという自覚はある。
それでも誰よりも身近な家族である妹のハルカに、そんな風に感謝の言葉を伝えるということは、この上なく照れくさくて、何よりも勇気のいることに違いないのだった。