131 熱意
俺の手の中で祝福の宝珠が一瞬光ったかと思うと、そのまますぐにデモンズスピアに吸い込まれていく。
そうして今度はデモンズスピアが光に包まれた。
光は二秒くらいで収まったが、人通りの多い場所で突然発光したので、どうやら注目を集めてしまったらしい。興味深そうにこちらの様子を窺っている人が結構いた。
「あー、場所変えた方が良かったかもね」
「いや別にいいんじゃないか? 隠してどうなる情報でもないだろうし」
ハルカが少しミスったかもという感じの表情でそんなことを言ったので、俺はフォローするようにそう言った。
まあ実際のところ、このアイテムを発見したのは別に俺たちが最初というわけでもないだろう。
祝福の宝珠のドロップ条件は正直まだよく分からないけど、緊急クエストは一日中あちこちの場所で発生するものらしいし、他に手に入れてる人はきっとたくさんいるはずだ。
「そっか、じゃあその辺は気にしないことにして……今は気になる効果の方だね」
「そうですね」
「ああ」
俺は返事をしながらデモンズスピアの詳細情報画面を目の前に開き、ハルカとシャルさんにも見やすいように画面のサイズと角度を調整する。空中に浮かぶ画面の使い方にもさすがに慣れてきた感じがした。
二人はじっと画面とにらめっこしている。一応俺も見ているけれど、正直何が変化したのかよく分からなかった。
「二人は何か分かったか?」
「私はてっきり装備の強化アイテムだと思っていたのですが、能力値自体は変わっていないみたいですね」
「んー……あ、ウエポンスキルが追加されてるよ!」
「あ、本当だ……【殲滅Lv.3】?」
「んっと……同時に複数の対象へダメージを与える際に威力アップ、だってさ」
祝福の宝珠の効果はどうやらランダムでウエポンスキルを追加してくれるものらしい。ハルカはすぐに追加されたウエポンスキルの効果を読み上げてくれた。
同時に複数の対象へダメージを与えるというと、俺の場合だと【ペネトレイト】が当てはまるだろうか。
正直なところ【ペネトレイト】はあまり頻繁に使う機会があるアビリティではないのだけど、まあ威力が上がって困ることもないだろう。もしかしたら範囲狩り出来る対象が増えるかも知れないし。
「まあ無いよりマシか」
「そうだねー。でもこれ、シャルはどう思う?」
「……正直に言いますと、かなり厄介なアイテムが追加されたという印象です」
「厄介?」
「はい。まず祝福の宝珠というアイテムはドロップの仕方からして特殊でした。レアドロップでありながら、ダイスを振ることなく直接チトセさんのアイテムボックスに入るというのは、今までにないパターンです。そして効果の方ですが、正直なところランダム要素が強すぎるように思います」
「確かに言われてみると変なアイテムだな」
「それで、たぶんこれってベータテストの頃にプレイヤーから出された要望を叶えたものなんだよね」
「要望?」
「うん。前にこの街の合成屋の話はしたと思うんだけど、ウエポンスキル付きの装備がそもそも少なすぎて、合成屋自体が全然使われなかったんだよね。そんな状態だったから、一部のプレイヤーがもっと装備の合成で自分の理想の装備を作って遊びたい、という要望を出したって話があったんだよ」
「なるほど。それでウエポンスキルを増やせるアイテムが追加されたってことか」
「おそらくはそうなのだと思います。ただこれは理想のウエポンスキルの構成を追い求めようとすると、かなりの労力が必要になる形での実装なので……」
「そうなんだよね。一応ウエポンスキルは合成屋で消すことも出来るけど、それでも理想の装備を作ろうとすると、祝福の宝珠が何個必要になるのか想像も出来ないよ」
「それを装備全箇所分ですからね」
「まあまだ祝福の宝珠のドロップ条件とかウエポンスキルが何種類あるのかとか、全然情報が出揃ってないから心配してもしょうがないんだけどねー」
そんな風にハルカが笑うと、シャルさんも「そうですね」と言いながら苦笑いを浮かべていた。
シャルさんが厄介と言った理由はつまり、理想の装備を目指す場合には途方もない労力が必要になるから、ということのようだ。
「でもさ、そこまでする必要ってあるのか?」
「もちろん絶対に必要ってわけじゃないよ。でもそれをすれば確実に強くなれるって言われたら、やろうとするプレイヤーはたぶんかなり多いね」
「あー……その気持ちは分からなくもないな」
報われると分かっている努力なら、確かにそこまで苦にはならないだろう。
それに一回苦労して理想の装備を作ってさえしまえば、ウエポンスキルは新しい装備に合成できるわけだから、注いだ労力は確実に自分の財産となって戻ってくる。
あとはそのプレイヤーが、どれだけの熱意を持ってゲームと向き合っているか、という話になるようだ。
そうしてふと思う――俺はどうなんだろうか、と。
ハルカたちと一緒にゲームで遊ぶのは楽しいと思っている。これは本心だ。
ただそれはゲームの全てに愛着を持って心血を注いでいるかという話になると、また別の話のように思えるのだった。
だとすると俺は一体、このゲームのどういったところを楽しいと思って遊んでいるのだろうか?
そんなことを考えていると、ふとハルカが話題を変えるように口を開いた。
「それはそうとお兄ちゃん、素材集まったみたいだしブルレザー装備作るんだよね? 作ってもらうのはやっぱりギョク?」
「ああ、そのつもりだけど……もしかしてまだギョクのレベルが足りないとか?」
「ううん、フレンドリストみたら分かると思うけど、それは大丈夫だと思うよ」
ハルカの言う通りフレンドリストを見てみると、革細工師のギョクのレベルはいつの間にか16まで上がっていた。これならおそらく問題なく生産できるだろう。
どうやらギョクはフレンドが多いだけあって生産依頼が大量に舞い込んでいて、それによる生産での経験値でレベルが上がっているようだった。
「それじゃあお兄ちゃんが迷子にならないように、一緒についていってあげようかな」
「いや迷子にはならないけどな」
「ふふふっ」
そんな風にいつも通りのハルカの軽口に付き合っていると、またシャルさんが小さく笑う。何というか、これはもう気にしても仕方がない気がした。
「シャルはどうする?」
「そうですね、リムエストの市場でしたら私も帰るところなので、お邪魔でなければご一緒させてください」
「じゃあシャルも一緒だね」
そうして俺たちは三人で、ギョクがいるリムエストの市場に向かって移動を開始するのだった。