130 祝福の宝珠
俺のアイテムボックスの中身を見たハルカとシャルさんは、二人とも同じように何とも言えない表情で固まる。
ちなみにアイテムボックスは空中に開いた画面で、格子状に区切られた枠の中にアイテムが一種類ずつ入れられている。この格子のサイズや並べる個数は自分で調整できるようだ。
そのままアイテムボックスの画面をスクロールしたりして一通り流し見したハルカは、少し言いづらそうな雰囲気で口を開いた。
「あのさ、お兄ちゃん。もしかしてだけど、アイテムボックスの整頓って一回もやったことなかったりする?」
「ん、ああ。アイテムの並べ替えが自分の手で出来るのは分かってたんだけど、結構手間と時間がかかるからタイミングがなくて」
どうやらハルカたちは俺のアイテムボックスの汚さに言葉を失っていたようだ。
一応俺もそのうち綺麗にしようとは思っていたのだけど、そうそう人に見せるようなものでもなかったのでついつい後回しにしてしまっていた。
「あー……ごめん。その辺の機能って全く教えてなかったよね」
「いや、別に謝るようなことじゃないと思うけど」
「んー、でもこれ今日まで凄く不便だったんじゃない? 実はこのゲームのアイテムソート機能って凄く便利でさ――」
ハルカはそんな風に言って俺に熱心に解説してくれる。ハルカの解説は毎回のことながら、初心者の俺にも分かりやすいように用語なんかもその都度説明を入れてくれていた。
ちなみにソートというのは並べ替えという意味で、アイテムや素材を種類順や名前順などに一発で並べ替えてくれる機能らしい。この機能は個人でカスタマイズが可能らしく、よく使うアイテムは固定の場所から動かさないように指定出来る他、条件を調整して並べ替えの法則性自体を自分で考えたりもできるのだという。
条件の話は正直なところあまりよく分からなかったけど、さすがにそこまでしている人はあまりいないので、特に気にしなくてもいいというのがハルカの話だった。まあすぐ隣に一人いたんだけど。
シャルさんの場合は市場での活動の関係で、いつも大量のアイテムを倉庫とアイテムボックスの間で移動させているため、どうしてもそうした工夫が必要になるらしい。
何にせよ俺の場合は基本的な機能だけで充分そうだ。
「とりあえず自動ソート機能をオンにしておくと、アイテムが入手される度に整理されるから見やすくなるかな? ただ何を入手したのかをちゃんと把握してないと、勝手に並べ替えられたせいでアイテムを見落としたりもしがちだけど」
「つまり……オンにした方がいいのか? オフのままがいいのか?」
「その辺は人によるから、最終的にお兄ちゃん次第だね。アイテムを整理したいときだけソート機能を使うだけでも今の状態からはかなり改善されるだろうし、実際にキリカなんかは適当なタイミングでソート機能を使うだけで過ごしてるよ」
「そういうことで言えば、普段はアイテムを入手した順で自動ソート機能をオンにしている、というのが比較的多数派だという話は聞いたことがあります。これであれば入手アイテムの見落としはそうそう起きませんし、今のチトセさんのように一度空白になった箇所に新しいアイテムが次々に入って雑多に並んでしまうこともありません」
「なるほどな」
このゲームは初期の状態だと自動ソート機能がオフになっているので、モンスターからドロップしたアイテムを売って換金したり、ポーションなどの消耗品を使い切ったりするとアイテムボックスに出来た空白は詰められることなく空いたままになる。
その状態で新しくアイテムを入手してしまうと、今の俺のアイテムボックスのようにどこに何が入っているのかさっぱり分からない状態になってしまうのだった。
とりあえず一旦新しく入手した順にアイテムをソートしてみる。空中に浮かんだアイテムボックスの画面からソートを選ぶと小さな別の画面が出たので、そこから新しく入手した順を選ぶ。
「これで一番上に来てるものが緊急クエストの報酬と鋼ムカデのドロップアイテムだね」
「確かにこれは分かりやすいな……ん、二人ともどうかしたのか?」
「……ねえシャル、このアイテムって知ってる?」
「いえ、私も初めて見ました……おそらく正式版からの追加アイテムではないかと」
「並び順からすると、鋼ムカデのドロップの方かな?」
「そうですね。私のドロップには無かったので、おそらくレアドロップだと思います」
よく分からないけど二人の様子からすると、どうやらベータテストの頃には無かったアイテムが混ざっていたらしい。
ただそうなると当然ながら、それが良いアイテムなのかどうかは二人にも分からないということになりそうだ。
「えっと、お兄ちゃん。この祝福の宝珠ってアイテムだけど、書いてある効果からすると装備品に使う消耗品っぽいよ」
「へぇ……それで、使うとどうなるんだ?」
「何か祝福が与えられるんだってさ」
「……祝福?」
「すみません、正直なところ私たちにも分からないんです。ただ効果は永続するようなので、使用は少し慎重になった方が良いかも知れません」
「えー、せっかくだから使ってみようよー。レアドロップで祝福っていうくらいだから、悪い効果ってことはないと思うし」
慎重派なシャルさんに対し、とりあえず使ってみようと提案してくるハルカ。見事に性格が現れていた。
効果が永続ということは、一回使ったら取り返しがつかないということだ。つまり最悪の場合は装備が使えなくなるくらいの覚悟が必要になるだろう。
ただ誰も効果が分からない新しいアイテムであるなら、さっさと使って効果を確かめておいた方が情報的な価値は高いかも知れない。
俺は少し考える。
「……よし、それじゃあデモンズスピアに使ってみようか」
「……チトセさん、本当にちゃんと考えましたか?」
そう言ったシャルさんはジト目で俺のことを見ていた。それは今まで見たことがない、凄く珍しい表情だ。
「ああ。最悪デモンズスピアがダメになっても、また『打ち捨てられた墓所』の一層を周回して取りに行けばいいんだろ? あそこのボスなら俺は一人で倒せるし、みんなに迷惑はかけないよ」
俺がそんな風に自分の考えを言うと、シャルさんは「チトセさんがそう決めたのでしたら」と言って何とか納得してくれたようだ。それでもやっぱりどこか不安そうにしているけど。
一方のハルカは「やっぱりお兄ちゃんならそう来るよねー」と言ってニヤニヤしていた。たぶんハルカはアイテムの効果が知りたくてわくわくしているのだろう。
……こういうところはやっぱり兄妹だよなぁ、と思う。
趣味なんかはろくに被らなかったけど、それでも俺とハルカは昔から根本的なところで似ている部分があった。
それが「とりあえず一歩踏み出してみる」というところだ。
「というわけで、さっそく使ってみるか」
「うん」
「……どうぞ」
俺はそう二人に宣言して右手にデモンズスピア、左手に祝福の宝珠を持つと、そのまま二つを胸の前で合わせた。