13 【跳躍】
とりあえずはぐれゴーレムをこれ以上ハルカたちに近づけるわけにはいかないので、俺は前に出てはぐれゴーレムの攻撃範囲に身を晒す。
すると当然狙われる。そういえばはぐれゴーレムはゴブリンたちのように、こちらのパーティーの中で脅威となるメンバーを狙うような知性が感じられない。
見た感じは最も近くにいる相手を狙うようなロジックで動いているのだろうか。
まあ何にせよそれはありがたい話だった。だって攻撃してもノーダメージな俺でははぐれゴーレムの脅威にはなれないし。
ゴーレムはあまり攻撃パターンが多くないのか、またさっきと同じように左右両方の腕を開き、手を叩くように挟み込んで攻撃してくる。
ただ今回はさっきのように後ろに避けるわけにはいかない。
とはいえ左右からは攻撃が来ているし、前は袋小路だ。至近距離で蹴りや踏み付けといった攻撃が来たらさすがに避けられる自信はない。
となると逃げる方向は一つしかなかった。
俺ははぐれゴーレムの攻撃をぎりぎりまで引き付けて、ぎりぎりのところで上に跳んで避ける。
「ははっ、すげージャンプ力だな」
ゲーム世界での俺が持つ現実離れしたジャンプ力に、自分で驚く。
大体3メートルくらい跳べている。ちなみに現実の俺の垂直跳びの記録は60cmくらいだから、およそ5倍だった。
これも俺が持つスキル【跳躍】の効果だろう。木の上などに素早く登るために役立つスキルという話だったけど、確かにこれなら楽々登れそうだ。
――それにしても何というか、とにかく爽快だった。
高い身体能力というのは全てのアスリートの憧れだ。これだけ思い通りに体が動かせて、しかもその感覚がしっかりとVRによってフィードバックされる。正直言って凄く楽しい。
確か身体能力強化系のスキルは腐りにくいという話だったし、ゲーム内で集めてみるのも面白いかも知れない。いや集めよう。
気長な話にはなりそうだけど、とりあえずゲーム内での目標がひとつ出来た。
まあ何にせよそれは一旦置いておくとして、今は目の前のはぐれゴーレムに集中するべきか。
俺はゴーレムの手の上に着地すると、即座に跳び下りて走る。
ゴーレムの左側を通ってそのまま向こう側を目指していると、そんな俺に対してはぐれゴーレムは裏拳のように左腕を振ってきた。そういうパターンの攻撃もあるのか。
ただこの位置関係ならもうハルカたちの心配をする必要はないので、俺は落ち着いてはぐれゴーレムから距離を取る方向にステップして避けた。
そうしている間にもずっとハルカとマコトの魔法ははぐれゴーレムの体力を削り続けている。
――たぶんそろそろじゃないだろうか?
と思っていると、やはり次の瞬間はぐれゴーレムがそれまでとは明らかに違う動きを見せた。
はぐれゴーレムは青白いオーラのようなものを身にまとうと、両手をゆっくりと上にあげて構えを取りはじめる。
「チトセさん、【アースシェイカー】の予兆です!」
「お兄ちゃん、【ウォークライ】をお願い」
「よし、任せろ」
そう言われて俺はすぐにアビリティの【ウォークライ】を発動する。
普通だと【ウォークライ】は敵の注目を集める効果しかないが、俺の持つスキルの【大声】が合わさると短時間ながら相手をスタンさせることが出来る。理屈としては敵がその声にビビるとかたぶんそんな感じなのだろう。
そしてそのスタン効果ははぐれゴーレムにも有効で、発動しようとしていた【アースシェイカー】はそのスタン効果で発動する前に止められた。
ハルカたちによると一度止めてしまえば、はぐれゴーレムは【アースシェイカー】を再度発動させようとはしないらしい。
ベータテスト期間では詳しく検証はされなかったが、おそらく俺たちの使うアビリティと同様に、再使用できるまでの時間が長く設定されているのではないかという話だ。
とにかく一回こうして【アースシェイカー】を止めてしまえば、後はもうさっきまでと同じだ。
俺ははぐれゴーレムが振り回す両腕を回避しながら、マコトとハルカの魔法がはぐれゴーレムを倒してくれるのを待つだけだった。
そしてその瞬間は、意外と早く訪れる。
「【ファイアボール】!」
そうしてマコトの放った【ファイアボール】がはぐれゴーレムに突き刺さると同時に、はぐれゴーレムは崩れ落ちるようにして倒れていく。
「よし! ハルカもチトセさんも、お疲れ様でした!」
「ああ、おつかれ!」
「おつかれー。二人ともMPぎりぎりだけど、ダメージ足りて良かったねー」
「一応事前に一回殴りに来てダメージ計算したから、足りるのは分かってはいたんだけど、やっぱりギリギリだとひやひやするよね」
そんな風に今回の戦闘の感想を言い合うハルカとマコト。
聞くところによるとマコトは一回一人でここまで来て、はぐれゴーレムに魔法を撃ち込んでみて与えたダメージ量などからハルカと二人で攻撃すれば倒せると計算していたらしい。
俺はそんな話を聞きながら、ハルカもマコトもやっぱりゲームに対する情熱は凄いなと感心する。
そういったデータを収集して活用するということは野球でもよく行われていたが、俺自身はあまり得意ではなく、もっぱらスコアラーとキャッチャーの先輩に任せきりだったのでなおさらだ。
「そういえば今回お兄ちゃんの【跳躍】が少しだけ役に立ってたね」
「ああ、そうだな。あんなに高くジャンプしたのは初めてだから、少し着地に戸惑ったけど」
「その辺りはゲームなのである程度の補正はしてくれますけど、やっぱり最初は慣れないですよね」
「まあお兄ちゃんにはそこも含めて、ゲームにもっと慣れてもらわないとねー」
確かにハルカの言う通りだ。
昨日も初期の布装備から皮装備に着替えただけで筋力や素早さが上がったときは、かなり奇妙な感じがしたし。
「あ、そう言えば魔法石が10個ドロップしたけど……ハルカ、どうする?」
「んー、じゃあ3つずつ分けて、1個はキリカへのお土産にしようか。たぶん時間さえ合えば一緒に来たかっただろうし」
「そうだね、じゃあそうしよっか。あ、チトセさんもそれでいいですか?」
「うん、俺は二人に任せるよ」
ということでドロップアイテムの魔法石を3つ貰った。
他にも細々としたものがドロップしていたけど、そこまで価値があるものは無かったらしい。一応使えそうなものもあるからと、ハルカが全部買い取る形になって俺とマコトにはその分のお金が支払われる。
なるほど、パーティーでのドロップアイテムというのはこういう風に細かく分配していくんだな。仲のいい固定メンバーでのパーティーならともかく、一度きりのパーティーなどで揉めないためにちゃんと考えられているらしい。
でもこの方法をやろうとしたら、アイテム全部の相場を覚えていないと出来ないんだよな。ハルカはそれを全部覚えているのだろう。そしておそらくはマコトも。
ゲーム初心者の俺からしたら、それは途轍もないことのように思えた。
少なくとも、本当にゲームが好きじゃないと出来ないことだろう。
もしかしたらそのうち俺もハルカやマコトくらい、ゲームに熱中できるようになるのだろうか?
それはまだ分からないことだけど、もしそうなったらきっと楽しいんだろうなと、俺は何となくそんなことを思ったりもするのだった。