129 頼み事
「シャルさんありがとう。シャルさんが手伝ってくれたおかげで、パーティー狩りも上手くいったよ」
「いえ、そんな……むしろ私の方こそ、チトセさんがいたから緊張せずに済んだので助かりました」
フェリックに戻った俺とシャルさんは現在、街中のベンチに座って休憩しながら話をしている。
お互いに初めての野良パーティーでの狩りだったけど、特に何事もなく終わることが出来たのは良かったと思う。それにたまたま遭遇した緊急クエストのSランク報酬も手に入ったので、結果的にはこれ以上ないくらいの成果だろう。
あと成果といえばザキとギドの二人とフレンドになれたこともある。これでフレンドリストの偏った男女比も一気に解消された形だ。いやまあ別にそれで何か問題があったわけではないのだけど。
「あ、シャルとお兄ちゃんだ」
「ハルカさん」
「おう、ハルカか。そっちの狩りは終わったのか?」
「うん、ばっちり。あ、そういえばマコトが借りてた魔法石返したいからってお兄ちゃん探してたよ」
「ああ、そういえばそんな貸しもあったっけ。今のところ使うあてがあるわけでもないから、俺は別にいつでも良かったんだけど」
「あはは、まあマコトはその辺かなりきっちりしてるからねー」
フェリックの街中を歩いていたハルカと偶然出会ったのでそんな風に雑談をする。俺とシャルさんが休んでいる場所は人通りの多い場所なので、ここで会うことは特に不思議でもない。
「そうだ、そういえばちょっとハルカに頼みたいことがあるんだけど」
「えっ? ……お兄ちゃんが、私に、頼み事?」
「……そんなに驚くことか?」
「いやいや、そりゃ驚くでしょ。そもそもお兄ちゃん、今まで人生で私に何か頼み事したことある?」
「えっと…………グローブこっちに向けて構えたまま動かないでくれ、とか?」
「必死に思い出そうとして出てきたのがそんな話かぁ……というかそれだって十年以上前の話だし!」
「ふふっ」
俺とハルカがそんなよく分からない言い合いをしているとシャルさんに笑われた。表情を見たところ微笑ましいといった雰囲気だったので、子供っぽいと思われたのかも知れない。
これがマコトくらい親しい間柄ならともかく、シャルさんのようなそうでない相手にこういった素に近い姿を見られるのは、少し恥ずかしい気がした。
「……まあいいや。それで? お兄ちゃんは何を頼みたいの?」
「ああ、さっきまでシャルさんと一緒に野良パーティーでハニービー狩りをしてたんだけど、途中で鋼ムカデの緊急クエストが起きてSランク報酬を貰ったんだ。ただどのアイテムが価値のあるものなのか分からないから、ちょっと確認を手伝ってくれないか?」
「……? いや、お兄ちゃん、それってさ」
「ん?」
「普通にシャルに確認してもらったら良かったんじゃない? このゲームのアイテムの価値のことならたぶん世界一詳しいんだし、というか一緒にいたなら手に入ったアイテムも大体同じでしょ?」
「……確かに!」
言われてみれば、ずっと俺の隣にはシャルさんがいた。シャルさんは刻一刻と変化していくアイテムの市場相場を熟知している市場の支配者だ。アイテムのことなら、彼女に訊く方がいいというハルカの言葉は全くもってそのとおりだった。
というか、どうしてもっと早く気付けなかったのかという話でもある。
「まあお兄ちゃんって野球以外で人を頼るのは、あまり慣れてないもんねー」
「いや、そんなことは――」
「あるよ絶対。だってお母さんにもよく言われたし。お兄ちゃんはわがままひとつ言わないのに、ハルカときたら……って!」
……それはハルカがわがままを言って母さんを困らせていただけなのでは?
と、そんなことを思わないでもなかったが、それを口に出すと泥沼なので止めておいた。さっきから横でシャルさんがニコニコと微笑ましそうに俺たちのことを見ているのもある。
まあでも確かにハルカの言う通り、俺はそこまで誰かに頼ったりしたことはなかったかも知れない。悩みなんかも自分で努力すれば解決できることがほとんどだったので、黙々とそれに打ち込んでいたような記憶がある。
もっと野球が上手くなりたい以外の悩みがなかった当時の俺は、きっと幸せで恵まれていたのだろう。
「でもそんなお兄ちゃんも、ゲームの中なら私を頼ってくれるんだね」
そんな風に言ったハルカは、嬉しそうな悲しそうな、少し複雑な表情をしていた。ハルカのそういう表情は今まであまり見たことがないので、どういった気持ちなのかはよく分からない。
「それじゃあせっかくだし、シャルが良いなら二人で確認しようか?」
「ええ、私は構いませんよ」
「ありがとう、二人とも」
ハルカとシャルさんが二人で俺のアイテムの確認を手伝ってくれるというので、俺は二人に礼を言う。
そうして俺は二人に閲覧許可を与えてから、二人に見やすいようにアイテムボックスを開くのだった。