128 緊急クエスト
叫んだ男性は木こりのような装備をしていたが、どうやらNPCのようだ。見ると巨大なムカデのようなモンスターが近くに発生している。
走って逃げたNPCはなんとか木の裏に隠れて一時的に安全を確保したようだが、ムカデはすぐ近くで周囲を窺っていて、身動きが取れなくなっていた。
「チトセ君、どうする?」
ザキがそんな風に尋ねてくる。しかし残念ながら俺には判断できるだけの知識がないので、逆に訊いてみることにした。
「実は緊急クエストって初めてだからよく分からないんだけど、これって俺たちだけで何とか出来るのか?」
「正直なところ少し厳しいな。たぶん負けはしないんだけど、緊急クエストは時間制限があるんだ」
ザキによると、あの鋼ムカデというモンスターはそこまで攻撃力は高くないので、こちらが倒される心配はおそらくないだろうという話だった。
ただし防御力は非常に高い上に時間制限があるので、俺たちだけだと倒すのは難しいという話だ。
「他に手伝ってくれるパーティーがあるといいのですけど……」
シャルさんがそんな風に言った。
ちなみに緊急クエストは参加したパーティー全てに報酬が支払われる。与えたダメージや味方への回復量、バフデバフなどによる総合的な活躍度に応じてパーティーごとにランク付けがされる感じらしい。
つまり手伝ってもらうことには大したデメリットはないし、手伝う側にも充分なメリットがあるようだ。そういうことなら話は早い。
「それじゃあ助けを求めてみるか」
「それがいいね」
「……そうだな」
ザキとギドも賛成してくれたので、さっそく俺は大きく息を吸い込んでから声を出した。
「すみませーん! 誰か緊急クエスト手伝ってもらえませんかー!」
スキル【大声】の正しい使い方……かどうかは分からないけど、この周辺で狩りをしているパーティーに助けを求める場合、普通よりも遠くまで声が届くのは利点と言えそうだ。
とはいえさすがに状況が限定的すぎるし、ベータテストの頃にはこれしか効果がなかったというなら、外れスキルと言われて誰も選ばなくなったのは仕方ないのだろう。そもそも助けてもらえるかどうかも分からないのだから。
そんなことを考えながらとりあえずそのまましばらく待っていると、近くで狩りをしていたらしい三つのパーティーが集まってきた。
「お、ザキとギドじゃん」
「おお、奇遇だな」
その中にはザキとギドの知り合いも混じっていて、軽く会話をしたりもしながら緊急クエストについて打ち合わせをしていった結果、メインのタンクはザキが担当することになった。
「まあ四パーティーで十六人もいれば余裕だろうから、軽くやっちゃおうか」
「ああ、了解」
ザキはそんな風に言いながら他のパーティーの準備が整ったのを確認すると、さっそく先陣を切って鋼ムカデに攻撃を仕掛ける。
「はっ! 【ボーンクラッシュ】!」
ザキはハンマーでの通常攻撃からアビリティに繋ぎ、鋼ムカデのターゲットをがっちりと自分に固定する。
ちなみに【ボーンクラッシュ】には相手の攻撃力を下げるデバフ効果がある。まあそこまで大きな効果ではないらしいので、ザキはおまじないだと言っていたけど。
鋼ムカデはザキを狙う噛みつき攻撃の他に、頭を振り回す頭突きのような前方範囲攻撃を持っていた。元々攻撃力は高くないモンスターだとは言うけれど、極力被弾しない方が良いだろうと思って俺は攻撃範囲から離れて回避する。
しかし他のパーティーの人たちは被弾を気にせずに攻撃を続けていた。
……あれ、もしかして俺は何かミスったか?
「チトセ君、今回は敵の攻撃を避けなくていいよ。ヒーラーの回復量も報酬ランクに影響するから、死なない範囲でどんどん食らった方がむしろ美味しいし」
「ああ、なるほど。そういうことになるのか」
「そうそう。だからお祭りだと思って、ひたすらダメージ出すことだけ考えていいよ」
一人だけセオリーと違う動きをしていた俺は目立ったようで、ザキはすぐにそうアドバイスをくれた。
それはただ勝つだけではなく、より多く報酬を得るための工夫だった。確かに言われてみればとても合理的だ。やっぱりこのゲームは奥が深い。まだまだ俺の知らないことがたくさんあるのだろう。
まあ何にせよ、今回はダメージを出すことに集中すればいいという話だった。それなら単純で分かりやすいというか、むしろ普段より簡単だろう。
そういえばさっきの狩りでレベル20になったときに覚えた攻撃アビリティは単体に対しての必殺技みたいなものだったので、せっかくの機会だし一回使って試してみても良さそうだ。
そう考えて俺はまず攻撃力を上げる【アタックチャージ】を発動させて鋼ムカデの死角に回り、【奇襲】を発動させた【パワースラスト】を叩き込む。
そして――。
「――【迅雷風烈】!」
さっき覚えたばかりのアビリティをそのままの流れで発動した。
その瞬間に俺は青白い闘気を纏い、槍を構えて突進してそのまままっすぐに突き抜ける。俺の動きはそれだけで終わらず、すぐに敵に向き直って今度は斜め上方向に突き抜け、最後に空中から落下しながら敵を串刺しにするように攻撃を叩き込む。
「おお、【迅雷風烈】だ!」
「ってことはもうレベル20なのか、早いな」
「というか【迅雷風烈】ってあんなに威力高かったっけ?」
さすがに派手なアビリティということもあって目立ったようで、見ていた他のパーティーの人たちも何やら反応していた。
ちなみにこの【迅雷風烈】というアビリティは再使用可能になるまで五分かかる。これは攻撃アビリティの中では段違いに長い。ただそれに見合うだけの威力を持つ、文字通りの必殺技だった。
使いどころは難しそうだけど、上手く使えれば有用なアビリティには違いないだろう。
その後は周囲の近接アタッカーたちと一緒に、ひたすらに通常攻撃とアビリティの連携を繰り返す。さすがに四パーティーから集中砲火を受けていることもあって、鋼ムカデの体力はみるみるうちに削れていった。
「はっ! 【パワースラスト】!」
そうして俺が何度目かの【パワースラスト】を使用したのとほぼ同時のタイミングで、ついに鋼ムカデの討伐に成功した。
「よーし、みんなおつかれー!」
「おつかれさまでーす」
「おつでーす」
「おつー」
参加したパーティー同士でそんな風に声をかけあっていると、すぐに通知が出る。通知には報酬ランクが記載されていて、俺たちのパーティーはSランクだった。これはAから数えて19番目、というわけではなくてAより上の一番良い評価だ。
「あーAランクかぁ、惜しかったな……やっぱりまだうちは火力不足っぽいな。ザキのところはSランクか?」
「ああ。ギド以外は野良パーティーだったんだけど、今回は大当たりを引いたんだ」
大当たりというのは俺とシャルさんのことのようだ。そう言ってもらえるのは何とも言えない嬉しさがあった。
そういえば緊急クエストの報酬は鋼ムカデのドロップアイテムと一緒に直接アイテムボックスに放り込まれるらしい。
Sランクの報酬ならそれなりに良い物があるのだろうと思って俺はさっそく確認しようとしたが、そもそもハニービー狩りの途中だったせいもあって、アイテムボックスがごちゃごちゃとしていてどれが緊急クエストの報酬なのかよく分からなかった。
これは可能ならハルカにでも訊きながら、後でゆっくり確認した方が良さそうだ。
「いやー、今日はありがとうね。チトセ君とシャルさんのおかげでハニービーもめちゃくちゃ効率よく狩れたし、緊急クエストもSランク報酬が貰えたしで最高だった」
「こちらこそ、ザキのターゲット取りとギドの範囲魔法のおかげで助かったよ」
「……また機会があれば、よろしく頼む」
そうして緊急クエストも終わってきりが良いということで、俺たちのパーティーはそこで解散することになった。