118 調査団の徽章
「――悪かったね。君たちを面倒な話に巻き込んでしまって」
ルーミスは会議が終わった後で俺たちにそんな風に謝る。ちなみにあの後も結局俺たちは特に話す機会を与えられないまま会議は解散になった。
何のために俺たちがあそこに呼ばれたのかはよく分からなかったけれど、ルーミスとしては俺たちを巻き込むつもりは無かったようなので、おそらく俺たちをあの場に呼んだのは会議に参加していたお偉いさんのうちの誰かなのだろう。
独断でクエストを冒険者に依頼したルーミスを糾弾するネタとして俺たちの出席をルーミスに命じたが、相手側の狙いをルーミスが上手くかわしたといった感じだろうか。
「お詫びといっては何だが、これを君たちに渡しておこう」
そう言ってルーミスは俺たちに小さなバッジを配った。
「これは?」
「調査団の所属であることを表す徽章だよ。それがあれば調査団関係の施設が利用できるようになるから、君たちの冒険に役立ててくれ」
俺の質問に、適切な間を取ってルーミスは答えた。あまりにも自然なので、一瞬NPCであることを忘れそうになった。
そうしてルーミスが別のNPCに呼ばれたので、別れの挨拶をして再会を誓ったところで今回のイベントは終了する。
「ところでお兄ちゃんはルーミスのこと、どう思った?」
「どうって言われても……まあ良い人なんじゃないか? 頭が良くて仕事も出来そうだし」
とはいえ比較対象になるのはあの脳筋と名高いジェフくらいなので、大抵のキャラクターは頭が良くて仕事も出来そうに見えてしまうだろうけど。
「ですよね! ほらハルカ、チトセさんもこう言ってるよ?」
「むー……お兄ちゃんはもう少し人を疑うことを覚えた方がいいよ?」
よく分からないけどハルカにそう忠告される。いや本当によく分からない。
そんな俺の気持ちが表情に出ていたのか、キリカが補足するように言った。
「ハルカはルーミスのことを疑ってるのよ。あのタイプは絶対に裏で色々やってる黒幕だ、とか言ってね」
「ああそういうことか」
だから素直にルーミスを良い人だと信じている俺やマコトに、もう少し人を疑えと言っていたのか。
「で、実際のところはどうなんだ?」
「さぁ、どうなんでしょうね?」
「というかそもそもベータテスト期間では、ルーミス関連のクエストってほとんど見つからなかったんすよね。だから答えはまだ誰にも分からないというのが、正直なところっす」
俺の質問にはヒヨリがそう答えてくれた。
何でもその手のゲームの物語や設定に関する議論と考察は、ゲーム内の掲示板でもよく行われていたらしい。当然その中にはハルカと同じようにルーミスを疑う人も多くいたという話だ。
プレイヤーの中にはそうしたゲームの物語をメインで楽しんでいる人というのもいるようで、そうした人たちは街中にいるNPCなどからも情報収集を欠かさずに行っているのだとか。
同じ一つのゲームでも本当に色んな楽しみ方があるんだなと、今さらながらに再認識させられる。
「ちなみに他のみんなはルーミスをどう思ってるんだ?」
「自分はハルカさんと同じで疑ってる側っすね。まあ今のところ根拠は薄いっすけど、何か隠してるのは間違いないっすから」
「私も正直、あの手のキャラクターは何か厄介なことを企んでそうな気がするのよね、ゲームのお約束的に」
「私は……今のところ、そこまで疑うようなところは無いように思います」
なるほど、どうやらヒヨリとキリカもルーミスを疑っているらしい。一方でシャルさんは、現時点ではまだ疑うほどの理由がないと考えているようだった。
そんなシャルさんの言葉を聞いて、マコトは仲間だと言って嬉しそうに喜んでいた。
「シャルちゃんが仲間だと凄く心強いよ!」
「え、いや、あの……」
シャルさんは情報が足りないのでまだ判断を保留しているだけだと言いたそうにしていたが、マコトの嬉しそうな雰囲気と押しの強さに負けて、最終的には仲間に引き込まれていた。
そんな二人の様子を微笑ましく思っていると、ちょうどいいタイミングでハルカがみんなに声をかける。
「さて、とりあえずツアーの方はこれで終わりだね。みんな、お疲れ様ー」
ハルカがそう言うと、みんながお互いの労を労うように返事をした。
「道中のモンスターやボスとも結構ちゃんと戦ったから、もう夕飯時だね。たぶんみんな疲れてるだろうし、ちょうどいいからここで一旦解散しようか」
確かにハルカの言う通り、結構な時間が過ぎていた。まあLLOは基本的にマップが広いゲームなので、移動時間がかかるのも理由の一つだ。
ちなみにハルカが疲れてると言ったのは、肉体的にではなく精神的な面に関してだった。今日はここまで格上のモンスターを相手に、ずっと集中しながら戦っていたのだから疲れないはずがない。
というわけでパーティーリーダーのハルカがパーティーを解散すると、キリカたちはまた後でと言いながらログアウトしていった。
「あ、お兄ちゃんはご飯食べてログインしたら待っててね」
「ん、何かあるのか?」
「さっき貰ったバッジで出来るようになることとか、解説した方がいいかなーってね」
「ああ、確かにそれは助かるな」
ということでそんな風に約束を交わしてから、最後に残った俺とハルカも一旦ゲームからログアウトするのだった。