114 ぎりぎりの戦い
心の中でチャレンジ精神を燃やしつつ、片腕にマコトを抱きかかえながら戦闘をしてみて数秒。俺はさっそくファングハイエナの波状攻撃を回避出来ず被弾してしまう。
反応は出来ていたけど、思ったように体が動かなかったのだ。
……まあ、予想していたことではあった。
ぶっつけ本番でやることなんて、そうそう上手くはいかない。いつだって何かしらの想定外が起きるものだろう。
というかそもそも左腕が塞がっているとほとんどの攻撃アビリティが使えないということも今気づいたくらいだった。まあコマンダーと戦いながらアビリティを使う余裕は元々なさそうだったからそこまで影響はないけれども。
「とりあえずコマンダーを倒すまでは、何があってもお兄ちゃんにはヒール出来ないからね」
「ああ、分かってる」
キリカへのヒールの詠唱をしながら、ハルカが被弾した俺にそう言った。ちなみにこのゲームでは魔法の詠唱中でも普通に喋ることが出来る。
昔は詠唱中に喋れないゲームもあったらしいが、狩りの最中に物理攻撃職だけが楽しくお喋りをしていて不公平だということで修正されて以来、この形式がスタンダードになったという話だった。
俺は最初にこのゲームを始めたときから、普通にハルカたちが魔法の詠唱をしながら喋っていたから違和感はなかったけど、確かに言われてみれば詠唱しながら別のことを喋れるというのはゲームならではの仕様なのかも知れない。
「チトセさん、一発目行きます……【ファイアバースト】!」
マコトに言われたので、俺はマコトが魔法を撃ちやすいように敵の方に向き直る。そうして魔法の詠唱を終えたマコトが、ファングハイエナ五体とスケルトンコマンダーを巻き込む形で【ファイアバースト】を放った。
集団に対して大きなダメージを与えたが、ファングハイエナを倒すにはあと二発は必要そうだった。
ファングハイエナは【ファイアバースト】の衝撃によって一瞬よろけた様子を見せたので、その隙に俺はスケルトンコマンダーに攻撃を仕掛ける。
すると当然のように剣での反撃が飛んできた。攻撃力が高いスケルトンコマンダーの攻撃だけは食らえないので、俺はここに全神経を集中させてバックステップで回避した。
しかしその結果、回避行動を取った直後のタイミングでファングハイエナに襲われ、またダメージを受けてしまう。ちなみにマコトがダメージを受けると一定確率で魔法の詠唱がリセットされてしまうので、それを防ぐために俺が全てかばう形で肩代わりしていた。
実際のところ、マコトを抱えていても俺のスピードはそこまで問題になるほど落ちてはいない。ただ重心が左側に偏っていることや、左腕が塞がっていてバランスを取れないことがアジリティやクイックネスに大きな影響を与えているようだった。
簡単に言うと、とっさに体を動かす能力が落ちていた。だから体は反応出来ていても急な回避行動が出来なかったりして、結果的に被弾が増えてしまうのだ。
ファングハイエナの攻撃力はあまり高くないが、そうは言っても俺の防御力だってそこまで高くないので、ヒールが受けられない状態でそう何回も攻撃を食らい続けたらさすがにピンチになる。
そんなことを考えつつ、左側から飛び掛かってくるファングハイエナの攻撃からマコトを守るために体を回転させた結果、俺は背中にファングハイエナの爪による攻撃を受けた。
ガードも出来ず背中へのクリーンヒットとなると、さすがにダメージも大きい。俺の体力も残り三割まで削られていた。このままのペースでは間違いなくコマンダーを倒す前に俺が倒されてしまうだろう。
同じことを思ったのか、マコトが俺に心配そうな声をかけた。
「チトセさん、大丈夫ですか……?」
「ああ……ようやく感覚が掴めてきたから、何とかするよ」
「……チトセさんがそう言うなら、信じます」
ここまでの戦いの中で、マコトを抱えた状態の俺にどれくらいの能力があるのかは大体把握出来た。
現実でもいつだって100パーセントの能力が発揮できるわけではない。調子が悪いなりに、今出来る範囲でやりくりをすることも時には必要だ。
いつもなら出来るのになんて、そんなことは今この場では何の意味も持たない。今出来ないことは削ぎ落して、出来ることだけに目を向けるしかないのだ。
「せいっ!」
俺は前に出て、コマンダーに攻撃を行う。直後の反撃に対し、それまではバックステップで距離を取って回避していたが、今回は斜め前に駆け抜けるように回避を行った。
バックステップで足が止まったところをファングハイエナに狙われるのであれば、極力止まらないようにすればいい。幸いスピードはそこまで落ちていないので、この回避は上手くいった。
そうしてコマンダーの体を挟む形で、ファングハイエナの攻撃に備える。これはキリカが複数の敵と戦うときによく使っているテクニックだ。
スケルトンコマンダーは体が骨なので、向こう側もよく見える。そのおかげでコマンダーのことを左右に迂回しながら飛び掛かってくるファングハイエナたちの動きも、少しだけ予想しやすかった。
とっさに動く能力が落ちているなら判断を早くする。それでも五体いるファングハイエナの攻撃を完全には回避できなかったが、それまでと比べて被害は最小限に抑えられた。
「二発目いきます! ……【ファイアバースト】」
ファングハイエナとスケルトンコマンダーを爆炎が巻き込む。今の攻撃でファングハイエナの体力はかなり削れているので、おそらく次の一撃でまとめて倒せるだろう。
問題はスケルトンコマンダーだが、毎回【ファイアバースト】に巻き込んでいたことと、ヒヨリがしっかりとダメージを継続して与えていたこともあって、こちらもかなり体力が削れている。
キリカの体力も徐々に削られてきているが、ハルカとシャルさんがまだ何とか持たせていた。
ただ俺の体力は二割を切ってしまったので、さすがにこれ以上の被弾は許されないだろう。
しかし俺はこうしてピンチになると大きな効果を発揮する【逆境Lv.2】というスキルを所持していた。
「マコト、ここで降ろすから俺の後ろに隠れてくれ」
「分かりました」
俺は一旦敵から距離を取る方向に動いて、そこでマコトを降ろす。
マコトはそれだけで俺の意図を理解したようで、俺の後ろに隠れると【ファイアバースト】ではなく単発威力重視の【ファイアボール】の魔法を詠唱しはじめた。
【ファイアバースト】を食らってよろけていたファングハイエナたちは、体勢を整えると一直線にマコトを目指して駆けてくる。その後ろにはスケルトンコマンダーの姿もあった。
【逆境】で攻撃力が上昇している俺の目の前に、今倒すべき敵が全て一直線に並ぶ――。
――このチャンスを逃す理由はどこにもなかった。
「【ペネトレイト】!」
敵を貫通して攻撃するアビリティの【ペネトレイト】はマコトを抱える前に一度発動していたが、時間経過ですでに再使用が可能になっていた。
そうしてアビリティを発動させた俺が槍を突き出すと、槍の先端から放たれた闘気が一直線に伸びていき、その進路上にいる敵全てにダメージを与えていく。
すでに大きく体力を削られていた五体のファングハイエナは、それで問題なく倒すことが出来た。
一緒に巻き込んだスケルトンコマンダーの体力はまだ少し残っていたが、そこにヒヨリとマコトの攻撃が続いていく。
「【三連射】!」
「【ファイアボール】!」
そうして二人の攻撃が大きなダメージを与え、ようやく俺たちはコマンダーを倒すことに成功した。
すると指揮官であるコマンダーによって強化されていたスケルトンソルジャーとゴースト、ウィスプのステータスはすぐに元に戻ったようだ。
「よし、それじゃあお兄ちゃんとヒヨリはキリカと一緒にソルジャーをお願い。マコトは私と一緒にゴーストからね」
ハルカはどこか安堵した様子でそんな風に指示を出した。
残っているのも格上のモンスターではあったが、コマンダーを倒して難所を越えたこともあって、特に苦戦することもなく戦闘は終了する。
「今回は本当に危なかったわね」
「キリカが完璧な防御アビリティの使い方をしつつ、盾でのブロッキングもほぼ全て成功させてたのにぎりぎり足りなかったもんね」
「キリカさんがゴーストの魔法を一発避けられたのが幸運でした」
話を聞く限り、俺たちが前の方で色々とやっていた間にも、ヒーラーとタンクは相当ぎりぎりの戦いを強いられていたようだった。
「お兄ちゃんとマコトもナイスだったよ」
「別に私は何もやってないけどね……」
「俺もボコボコに被弾してたからなぁ……」
「とはいっても、このパーティー構成だと範囲攻撃が出来るのはお二人だけっすから、コマンダーを削りつつファングハイエナを手早く処理する方法は確かにあれしかない感じっすよね」
「まあさすがにお兄ちゃんがそこまで考えてたとは思わないけどねー」
ハルカの言う通り俺に深い考えがあったわけではなく、単にマコトを守りながらコマンダーを攻撃するにはどうすればいいかとっさに考えた結果があれだった。
一応なんとかなったから良かったけど、全てが上手くいったとは言い難い。最初に格好つけたわりにはかなり泥臭い結果になってしまったし。
「というか、普通はああいう場合ってどう対処するんだ? 特に基本的な四人パーティーだと、手詰まりになりそうだけど」
「んー、もう少しレベルと装備が整ってる前提だけど、普通だったらファングハイエナは無視してコマンダーに全力だね。魔法使いが一定時間詠唱妨害を受けなくなるアビリティを覚えてたら攻撃に専念できるし、タンクもアビリティ使ってコマンダーに攻撃しに行く感じだね」
「……なるほど」
つまり全てはレベルと装備が足りていないのが原因みたいだ。
というか根本的な疑問だけど、どうして俺たちはこんなに無理してまで、このツアーのクエストを最優先で攻略しているんだろうか?
ふと気になったけど、あまりにも今さらすぎて訊きづらい。
「とりあえずこのまま急いでまっすぐ突っ切るよ。奥までいけばファングハイエナの生息域は抜けられるから」
ハルカがそう言ったので俺たちは全力で古戦場を駆け抜ける。そうして奥のエリアまで行くと、そこでは運よく敵とはあまり遭遇せずに進むことが出来た。
そして――。
・未開拓エリアの情報収集 3/3
ついに俺たちは未開拓エリアツアーのクエストの目的を達成する。
目の前の開けた荒野に立っているエリアボスは、全身が黒い金属で出来た甲冑のモンスターだった。