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113 お姫様抱っこ

 全員の準備が整ったことを確認したキリカが先陣を切り、敵の前衛であるスケルトンソルジャーに攻撃を仕掛ける。


 二体のソルジャーがキリカを攻撃し、敵の後衛であるゴーストとウィスプもキリカをターゲットにして魔法を詠唱したことを確認してから、俺はキリカの横を抜けて前に出る。


 もちろん狙いはスケルトンコマンダーだ。


 キリカが敵からの集中攻撃に耐えている間に、アタッカーの俺たちは可能な限り早くスケルトンコマンダーを倒す必要がある。


 そのために全力でスケルトンコマンダーを攻撃しようと集中した、その瞬間――ヒヨリが大きな声で叫んだ。


「ハルカさん! 左からファングハイエナの五体リンクがこっちに来てるっす!」

「うわっ! やっぱり来ちゃったかぁ」

「え、何?」


 状況が理解出来ない俺は誰かに説明を求める。答えてくれたのはシャルさんだった。


「ファングハイエナというのは、元々それ単体の群れでは大した脅威ではありません。ただ広い感知範囲を持ちながら常に広範囲を徘徊しているのが厄介で、こうして戦闘中に横から乱入してくることがここではよく起きたりするのです」


 シャルさんは冷静にそう説明してくれる。


 それは他者の獲物を横からかすめ取ろうとする、ハイエナのずる賢いイメージを確かによく表していた。


 シャルさんは続けてハルカに尋ねる。


「ハルカさん、どうしますか? 私がハイエナを止めますか?」

「あー……いや、それじゃあキリカが持たないか」


 そういえばシャルさんは睡眠薬を【投擲】して一時的にモンスターを無力化することが出来る。


 しかしそれも確実に当たるものではないし、それを実行しようとするとシャルさんはヒーラーとしての役割を放棄することになるため、格上のモンスターから集中攻撃を受けているキリカが耐えられないとハルカは判断したようだ。


「とりあえずお兄ちゃんは全力でコマンダーを攻撃! ヒヨリとマコトは【レッグショット】と【アイスファング】でハイエナを一発足止めをしたらコマンダー狙いでお願い!」

「了解っす!」


 何にせよ俺たちはスケルトンコマンダーを倒してファイターやゴースト、ウィスプにかかっているバフを消さないことにはキリカを助けられない。


 理想はファングハイエナがマコトに襲い掛かる前にコマンダーを倒すことだけど、さすがにそこまで上手くはいかないか。


 そんなことを考えながら、俺は【アタックチャージ】を発動しつつ、コマンダーの正面から【石突き】を放ってスタンさせる。


「【ヘヴィアロー】!」

「【アシッド】!」


 同時に敵の防御力を下げるデバフをヒヨリとシャルさんが入れてくれた。シャルさんはキリカのヒールもしなければならないので、普段と違って【アシッド】だけで精一杯な様子だ。


「【ファイアボール】!」


 そこにマコトの高火力の魔法が刺さる。しかしコマンダーはやはり強いようで、あまり大きなダメージを与えられたとは言い難い。


「【パワースラスト】!」


 コマンダーの死角に回り込んだ俺は、【奇襲】を発動させた【パワースラスト】で攻撃する。俺の中では現状最強の一撃だが、それでもまだコマンダーの体力は半分ほど残っていた。


 【奇襲】は同じ対象には一度しか発動しないので、残りの半分は地道に攻撃していく必要がある。


「まずいな……」


 コマンダーはまだしばらく倒せそうにない。しかし足の速いファングハイエナはもうかなり距離を詰めてきていた。


 先ほどと同じように、ファングハイエナに狙われているのはマコトだ。


 さっきであればマコトが狙われてもハルカとシャルさんがしっかりとヒールで支えていたので何とか耐えられたが、今は二人ともキリカにヒールをするので精一杯だ。


 このままではマコトが倒されてしまう。それでも今の状況で俺に出来ることは何もなかった。


「……マコト! 俺のところまで来てくれ!」

「えっ、わ、分かりました!」


 なので俺は状況を変えるためにそんな指示を出す。それは一つの賭けだった。


 マコトは魔法を唱えるのに足を止めて詠唱しなければならないので、当然動けばマコトは攻撃が出来なくなる。


 それだけコマンダーを倒す時間は遅れることになるのだけど、それはもう仕方がない。


 俺たちはいつだって出来ないことを出来ないと認めた上で、今持っているものを使って戦うしかないのだ。


 俺はスケルトンコマンダーを攻撃しながらタイミングを計る。ヒヨリの攻撃もスケルトンコマンダーにダメージを与えているが、さすがに俺やマコトほどの攻撃力はなかった。


 そうして少しの時間待つと、俺の隣までマコトがやってくる。


「チトセさん、来ました!」

「ああ、ありがとう」

「というかお兄ちゃん、何するつもりなの?」


 ハルカの疑問はもっともだった。そもそも遠距離から攻撃出来るマコトが前線に出る必要は本来全くない。


 むしろ距離が近くなった分、敵から狙われやすくなって危険になるだけだ。


「ちょっとだけ待ってくれ……【ペネトレイト】!」


 マコトに向かって走るファングハイエナが一直線に並んでいたので、俺はそれを全部貫くように範囲攻撃アビリティを発動した。ダメージは三割程度。まあ充分か。


 直後にコマンダーの剣が振られたので、俺はそれを横に回避してからマコトに言った。


「それじゃあマコト、俺にしっかりしがみついてくれ」

「えっ、そ、そんなの無理です! 出来ないです!」

「いや、こないだキリカがハルカを抱えてたから、ゲーム内でも問題なく出来るはずだって」

「そうですけど、そうじゃなくて……」

「ああ、なるほどねー! それじゃあマコト、時間ないからお兄ちゃんの言う通りにしよっか」

「むー……ハルカ、後で覚えててよ」


 そんなことを言いながら、マコトはしぶしぶといった感じで俺の首に手をかけ、俺の左腕に腰かけるようにした。


 いわゆるお姫様抱っこの体勢だ。ちなみにマコトは上半身を起こして重心を安定させてくれるので、片腕でも抱きかかえることが簡単だった。


 実を言うと昔からロマンチストだったマコトは、子供の頃にお姫様抱っこをされる練習をしていた時期があるので、お姫様抱っこをされることに関しては誰よりも上手い。


 ちなみにこれはその練習に付き合った俺とハルカしか知らない秘密だったりする。


 凄く久々だけど、やっぱりマコトの安定感が凄い。それにやっぱりゲームのステータスの影響もあるのか、あまり重さを感じなかった。


 まあそうでもなければキリカがハルカを軽々と抱えるのは無理があるし当然か。


 なんてことを考えているとコマンダーの剣が俺に向かって振り下ろされる。俺はマコトを抱きかかえながら何とかバックステップで回避した。


「意外と何とかなるもんだな」

「いや、普通は無理だと思うっすよ、それ」


 ヒヨリは少し呆れたような声でそう言った。


 そういえば俺は野球の練習で、チームメイトをお姫様抱っこしながら全力ダッシュなどもしてきた経験があるので、この体勢で動くことにも多少は慣れているのが有利に働いているかも知れない。


 体感として素早さは結構落ちている感じがするけど、これなら何とか行けそうな気がした。


「それじゃあマコトはそのまま範囲攻撃魔法を唱えてくれ」

「……分かりました」


 マコトは少し不機嫌そうに返事をすると、すぐに【ファイアバースト】の詠唱を開始する。


 そうして俺はマコトを左腕で抱きかかえたまま、右手にデモンズスピアを構えた。


 スケルトンコマンダーと五体のファングハイエナが俺とマコトを狙っているが、俺はこれを全て回避しながら、スケルトンコマンダーを攻撃していく必要がある。


 それが難しいことは理解していた。けれど不思議と失敗を恐れる感情は湧いてこない。


 ――困難に挑戦し、成し遂げる。


 俺の心に湧いてくるのはどこか懐かしい、そうした明確な意思だけだった。


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